第4話 エルシア
ラガンは現在、団員の一人【ポラリネ】と共に研究室に呼ばれていた。
「団長。早速だがポラリネと一緒に【エルシア】に向かってくれ。シンドウが呼んでいる」
「シンドウが?」
『済まないのう。団長』
モニターに映し出されたのは現在エルシア国に常駐しているシンドウハヤトの顔。
シンドウは【神童】と呼ばれる力で、ありとあらゆる物事に対する学習、成長速度が向上している。
そのせいで見た目こそ幼い少年だが、精神年齢は団でもトップクラスの老獪な翁になってしまっている。
元20代のニホンジンとは言え、たった7年で老人の精神になるほどの力は凄まじく。
余程の事がなければ彼が困ることなどないとラガンは考えていた。
「珍しいな、シンドウが助力を頼むなんて」
『どうにもワシでは対応出来そうに無いことがあっての』
「分かった、直ぐに向かおう。そっちについたら詳しい話を頼む」
『了解じゃ』
シンドウからの通信が途絶える。
「そう言うわけだ。人選はシンドウに頼まれて僕が決めた」
「お前が決めたなら大丈夫だろう。ポラリネは人前に出していいのか?」
「魔法の研鑽なために必要な容姿とでも言っておけ、エルシアならそれで大丈夫だ」
ポラリネはエルフだ。おとぎ話にしか出てこないような存在だったが、実在していた事にひどく驚いたのを覚えている。
ポラリネは尖った長い耳をぴょこんと動かし無表情のままこちらを見た。
「初任務ですか、頑張ります」
「頼りにしてるぞ、俺は魔法はからっきしだからな」
「じゃあ送るよ二人とも。行ってらっしゃい」
ハカセがモニター室のスイッチを押すと、視界が歪む。
(何回やっても慣れんなこの感覚は)
しばらく経つと周囲の景色は完全に変わる。どこかの部屋の中に跳んだようだ。
「よう来てくれたのう二人とも。座ってくれ、早速話をしよう」
部屋の扉が開き、シンドウが入ってくる。手には人数分のコーヒーを載せたトレイを持っている。
シンドウはコーヒーをよく飲んでいる。
曰く『この体は直ぐに眠くなる』との事。
「二人に頼みたい事、それは─」
シンドウが他者を頼るなぞ余程の事だ、ラガンは少し緊張しながら次の言葉を待つ。
「学校に行って欲しいのじゃ」
「は?」
「ふむ...」
目を白黒させるラガン。
少し考える素振りを見せるポラリネ。
「学校とはどういう事だ?」
たまらずラガンは尋ねる。言外に学校に何かあるのかと意味を込めて。
「ワシの今の任務が、エルシア国に留学に来ている【フィリア】第3王女の護衛である事は団長も勿論知っておろう?」
「ああ、国王陛下から頼まれてお前を推薦したのは俺だからな」
「それで護衛をしていたのじゃが、『ひー坊』から連絡があっての。心配だから学校の中でも護衛をしてくれと」
「ひー坊?まさか【ヒース】第1王子の事か!?」
なんて事を─と次期国王候補をあだ名で呼ぶ部下に愕然とするラガン
「まあ、そこはどうでもよい。じゃが学校に護衛に行くにあたって問題が発生した」
腕を顔の前で組み、神妙に呟くシンドウ。
「まさか、学校に何かあるのか?」
学校への刺客の潜入、それもシンドウが対応出来ない程の存在を予感し、ラガンの顔に冷や汗が浮かぶ。
「年齢」
ポラリネが呟き、ラガンがそちらを向く。
シンドウの表情は影がさして見えない。
「年齢制限で追い出された...違いますか?」
「...」
何も言わぬシンドウ。静寂が場を支配するが、しばらくすると口を開いた。
「ワシは学校に生徒として潜入しようとした。同じクラスにでもなれば護衛しやすいじゃろうと考えて」
「...想定外じゃった。王国では飛び級制度があったからのう」
「門前払い...ガキに教える魔法はないと...」
よく見るとプルプルと震えている。
「30超えたおっさん捕まえてガキだと!?
突然先程の落ち着いた様子から豹変するシンドウ
「落ち着けシンドウ、力が解けているぞ」
「ハッ!?ゴホン──という訳でワシの代わりに学校へ潜入して欲しい」
シンドウハヤト。
神童の能力を持ち、大抵の技能・知識を凄まじい速度で習得出来る男。
能力が解けると、精神年齢が戻りポンコツになるのがたまにキズ。
ラガンとポラリネは冷めた目線でシンドウを見るのであった。
〜〜〜〜〜
「しかし、学校に潜入するとしてポラリネは分かるが何故俺なんだ?」
ラガンはおっさんだ。シンドウの元の精神年齢よりもおっさんだ。とても学生として潜入出来る見た目では無い。
「団長は学生としてでは無く、職員としての潜入だ。丁度体術の教師の募集が出ている。団長なら簡単に合格出来るだろう」
「身分はどうする?明かすわけにもいくまい」
「ラグスタルからエルシアに入国する団員はワシだけと伝えられておるからな。新たな団員を入国させたとなれば、またエルシア国王が『帰ってくれ』と泣き出すかもしれん」
もはや恐怖の対象としてしか見られていない騎士団の評価にラガンも泣き出したくなる。
「ウルコが団長とポラリネを呼んだのもそれが理由じゃろう、他の団員だと恐らく問題を起こしてたんじゃろうな」
未来が見えなくてもラガンにはそれが理解出来た。
王女の護衛が必要だが、問題を起こしては国を追い出される可能性が高い。空いている者ならば、ラガンとポラリネはベストな人選だ。
「偽の身分はハカセに頼んで用意しておる。明日から頼んだぞ二人とも」
その後、齟齬がないように自分の偽りの立場を共有し、その日は駐屯地に帰る事にした。帰る間際、ポラリネがラガンに話しかける。
「団長、ちょっと話が」
「なんだ?」
「学校で私の魔法はどこまで見せて良いのでしょうか」
「あまり目立っては護衛どころでは無くなる。学生のレベルに合わせておけ」
「分かりました」
無表情で分かりにくいが、どこか不満げな表情を浮かべるポラリネ。
ラガンは初任務にしてはやりごたえがないと感じているのだろう─と思い、提案をする。
「護衛が終われば何か褒美をやろう、俺から国へ打診してやる」
「...!ではアレンとの任務を「それは無理だ」─何故ですか!?」
「俺は馬に蹴られても平気だが、団員に蹴られたら死んでしまうからな」
ポラリネ含め、アレンに乙女心を抱いている団員は何人かいる。当の本人が興味が無さそうなため、今の所小競り合い以外の問題は起きていないが。
抜けがけを許したら、大戦争が起きる。勿論それを許したラガンに火の粉が降りかかることは未来が見えない者でも分かるというもの。
触らぬ神に祟りなし。ラガンは異常な団員達に囲まれるようになって、常日頃からそれを心がけていた。
「それでは──ぬか喜びさせられた私に蹴られる覚悟はありますか?」
『詰んでいた』
強化魔法を重ねた蹴りでボロボロになったラガンは、帰還した後に慌てて駆け寄ってきたアレンにそう言った。
ウルコはやはりこうなったかと爆笑していた。
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