第2話 明日天気になぁれ


「【ハカセ】はいるか?」


 ラガンは現在、拡張された騎士団駐屯地の中でも異彩を放つ場所・・に来ていた。

 無機質な金属で出来た扉をノックし、カメラに向かって声をかける。



「ハイハイ、やあ団長さん。何の用ですか?」


 しばらくすると、丸い瓶底メガネを掛け、白衣に身を包んだやせ細った青年が出てきた。


「【研究所ラボ】に来るとは珍しい」


 メガネの奥がキラリと光る。


「時には団員の慰労も、団長の仕事だという事だ。入っても構わないか?」


「そういう事ですか、構いませんよ」


 ハカセはラガンを扉の奥へと案内する。

 二人は様々な機械が無造作に置かれた隙間を歩き、廊下を奥へと歩いていく


「どうだ、何か不自由は無いか?」


「ええ、私も【ウルコ】ちゃんも特に不自由は無いです」


「そうか、必要なものがあれば言ってくれ、国に申請をしておく」


 やがてハカセが何個かある扉のひとつを開け、入って行く。ラガンもそれに続いた。


「ウルコちゃん、団長さんが来たよ」


「ああ」


 中では目隠しをした少女が、ゲームをしている最中だった。

 部屋の中には巨大なモニターが設置されており、世界地図が表示されている。


「ハカセ、ウルコ。お前達にはいつも苦労をかけるな」


「そう思うならもっと休みがほしいね」


「残念ながら世界は休んでくれないのでな」



 ハッハッハッと笑いながらラガンは目の前のモニターを見る。


「現在の様子はどうだ?」


「今の所問題は起きていませんね。まあ、積極的に問題を起こすような方達では無いですから」


 モニターが映し出すのは現在、駐屯地から離れ活動している団員達の様子である。

 問題を起こす団員達をみかね、ラガンがハカセにこういう物は作れないか、と依頼したものだ。


「まあ、問題を起こすような奴らはここに滞在させているからな...それでもアイツらしか解決出来ない事があれば向かわせざるをえないのだが」


「ニホンでしたっけ?彼らの出身地は。本当に真面目ですよね。ここにいる方達と違って」


 奇妙な事に世界のどこにも名前の無い。ニホン出身の者達が何人もこの騎士団に入団している。

 彼らは異なる世界から来たと言うが。よりぶっとんだ存在がゴロゴロしているためラガンは納得せざるを得なかった。


 だが、彼らは勤勉であった。歩く災害を超えて瞬間移動する滅亡のような連中とは違い、己の力が強力である事を知りながらも、理性で制御出来る存在だったのだ。


 ラガンは彼らに他の地の治安維持を任せていた。

 とりあえず問題が無さそうだ、と二人に向き直そうとした時。


 ビーーーッ


 警報音が鳴り響く。


「おや、何か問題発生のようです。場所は──」


 モニターに映し出された場所を確認してラガンはゲンナリとする。

 場所は駐屯地の近くの街、ブラックハートとホワイトルビーが巡回に出た場所だ。

 モニターに二人が言い争っている画面が映し出された。


「またアイツらか...アレン!すまないがブラックハートとホワイトルビーの巡回先で問題発生だ!向かってくれ」


 画面が切り替わり、アレンの顔が映し出される。


『団長!?研究所にいるなんて珍しいですね?了解しました!転送をお願いします!』


「頼む」


 ハカセに向かってラガンが告げると、頷きスイッチを押す。


 モニターに映し出されていた。アレンの姿が半透明になっていき。消えたかと思えば。

 言い争っていた二人の元にアレンが現れる。


『だから、いつもテメェは───げっ!アレン!』


『ふぅ、間に合ったようだね。二人とも──』


 これが現在のモニターの主な使用目的。


 モニターは、あくまで同席するものに見せるための物だが、ウルコは自身が持つ力【億里眼】により。過去と現在、そして不確定ではあるが未来と平行世界。あらゆる世界を見通す事が出来る。そして彼女の脳もその情報量に耐えられるよう特別な情報処理能力を有している。


 目隠しはモニターと彼女を繋ぐアンテナの役割を果たしており、彼女が見ている世界を映し出している。

 そして問題が発生すれば、アレンを転送装置で送りこむという訳だ。


 アレンはとあるメンバー曰く、世界の中心に位置する人間らしく。彼が向かった先で解決出来ない問題は無いとの事。

 一部の団員はアレンの事を【主人公】と呼んでいる。


 そんなアレンを転送する事で問題の早期解決を測るのがこのシステム。


 通称【アレンシステム】である。


 考えついたのはウルコであるが、ラガンは最初に提示されたこのシステムに否定的であった。

 聞いた限りだと、アレンとウルコの負担が大きすぎるのである。


 だが、アレンは人を守るためならいくらでも身を尽くすと聞かず。ウルコに至っては片手間だから楽な仕事だと宣う始末。


 渋々了承したラガンは、結局このシステムを運用し出してからは、無い生活が考えられないほど頼りきっている。


 モニターでは無事に二人の喧嘩を収めるアレンが映し出されている。



 ラガンはホッと息を吐くのだった。








 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




 雨が降っている



 生まれた時から僕の"眼"には全てが見えていた。


 過去と現在そして未来と平行世界までも。無数に広がる枝分かれのような世界の全て・・が僕には見えていた。

 溢れるような膨大な情報を僕の頭は完璧に処理し、


 僕は自分の命を絶つ・・・・・・・事を決めた。


 退屈。


 僕を殺しかけたのはそれだ。


 全てが見えてしまう故に、何も期待が出来ない。

 無数の生き様、無数の死に様。

 その全てが既知に変わってしまった。


 平行世界の言葉を借りるとすれば、アニメの再放送である。


 何回見ても飽きないという言葉は嘘のようだ。

 全ての世界を67回見終えたところで飽きてしまった。


 だが、生後1ヶ月にして自殺を考えた時。まだ自分で動く事は出来ず。

 無数にいる両親のうちの二人に育てられ、自殺出来るくらいに育つまでは仕方なく生きてやる事にした。



 そして、最短でハイハイが出来るよう未来を誘導しながら7ヶ月が立った。

 今日は両親とのお出かけ。

 このお出かけ中、雨の中視界の悪くなった道で、通りすがりの馬車に運悪く轢かれて僕は死ぬ。

 未来は確定的な程に誘導されており、失敗も無い。


 近づいてくる馬車をボーッと眺めながら冥土の土産にもう一度全部の世界でも見るかと、思ったのだ。


 そう、見てしまったのだ。


 飽きてしまってからは誘導のためにしか見ていなかった未来と平行世界。


 無数に枝分かれをしていたはずのソレらは



 ある時期を境に、巨大な幹になっていた。


(えっ...)


 頭が真っ白になった。はじめての経験だった。


 その時期を境に収束していき、無数の枝が幹となり。

 その先の世界は絶えず変化をし続けていた。興味本意で覗き込んでみる。



 その世界では、僕は絶えず笑っていた。






 定まらない世界か──



 こんなものがあるのなら──



 死にたくなかったな──



 ガシャーンッ!!

 ヒヒーンッ!!



「おい!大丈夫か!」



 失敗した。


 失敗させてくれた。


 確定していた未来を。




 王国最強の英雄は、心配そうに僕の顔を覗き込み



「良かった!無事だな!」



 笑顔を浮かべた。




 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「どうしたウルコそんなに笑って。ハッ!?まさか、疲労が溜まっておかしくなったか!?アレンシステム無しでアイツらを抑えられる気がせんぞ!いっそ全員をこの場に...いやしかし」


「アハハッ!心配しなくてもなんでもないよ。

 ただ、楽しみなだけさ」


「何がだ?」





「明日の天気が」





「ん?天気なんて、ハカセの機械で分かるだろう?」


「アハハハハハッ」


「本当におかしくなってしまったのかウルコ!?ハカセ!?どうしたらいい!?」




 ああ



 明日も晴れるといいな

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