第3話 三か月
私が退社にかかった時間です。
辞めたい、眠れない、出社しようとすると、会社の数百メートル手前で動悸が止まらなくなり、喉が詰まる。涙が迫り上がってきて呼吸ができなくなる。
そういうときは見知った顔に見つからないように路地に周りこみ座り込み落ち着くまでそのままじっとしています。
心療内科にかよって通院して、診断書ももらいました。
処方された薬は、効果は抜群で、。
半面、副作用で頭がぼんやりした。昼間ミスが増えました。
でもクビにしてくれなかった。ただ小言が増えただけでしたね。
『またかよ、勘弁してくれよ!』
『俺はおしえたよね!なんで確認しないの?!』
『このままだとクレームが来るかもしれないね!』
『あーあ!今日も優秀だね!』
先輩からのシンプルな罵声も重なれば心が折れるもので。
『失敗するくらいなら確実に確認してやれ、ゆっくりでいいんだよ』
と
『相変わらず遅いね、さっさとやらないとクレームだよ』
という矛盾する言葉を毎日交互に聞かされ続けた私は、完全に混乱し、自分のやる全てが間違っているのではないかと思うようになりました。
ミスは増えた。作業は遅くなった。
集中しようとしても書面の上を目が滑って文字が読めない。
『ねぇ、常識的に考えて、急に辞めて人数的に回ると思う?』
心が折れまくっていた私は。上司からの引き留めを拒むエネルギーも残っていなかった。冷静に考えれば新人が一人いなくなって回らなくなる会社なんてないのですが、その時は、なんだか重大な責任を負っているように思いこんでいました。
恨んではいない。
センパイは基本的には優しいです。休憩時間には一緒にお弁当を食べてくれるし。
飲みにも誘ってくれる。
たまに大きな声を出したり。ものをたたきつけたり、キーボードをガシャンガシャンタイピングしたり、誰かが失敗すると何か早口で嫌味を言ったり、そういう人っているでしょう。きっと普通の人なんです。
カニバリズム、という言葉を知ったのはその時期でした。
簡単に言えば食人。狭義では、文化、風習に準じた食人で、埋葬の一種ですね。
その理由は様々、食べる、という行為を通して故人の力を手に入れる、とか、悼むとか、記憶に残す、など。日本にも名残はあり骨噛などがある。
たぶん私がちょっと違ったのは
それをするために能動的に精肉をしてしまったことかもしれません。
でもちゃんと注意はしました。
つくれぽも見たし、一番人気のレシピをつかったし、死後硬直があるから、少し肉を寝かせて一番柔らかくなるタイミングで調理した。
近所迷惑になるといけないから、ちゃんと確認してゴミの日は守ったし、においにも気をつかって小分けにしたし、燻製にしたり、あまりは近所のワンちゃんのおやつにしたり、コンポストも利用して無駄にならないように気をつけました。
私も先輩も不健康すぎた。きっと真面目すぎた。
だから、ご馳走した。ちゃんと確認して、ご自慢の、健康な子供を一緒に食べた。
『なんだか睡眠導入剤が効かない気がするんですよね、
頭がぼんやりするし、会社の嫌な先輩とご飯を食べる夢を見るんです』
心療内科で主治医の先生に言うと
『そういうこともありますよ、個人差ありますからね。睡眠導入剤は人によっては悪夢を見たり金縛りに遭う人もいるんですよね。
でも慣れますから、ひらきなおることも必要ですよ。』
『それで』
『ご飯、美味しかったですか?辛かった?』
『美味しかった、と思います。』
『それはよかった。その調子です。』
少し健康になった。きっとセンパイも元気になりますね。
生姜焼き ねんど @nendo0123
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