サルビア

高那りょう

第0話~最終話 「大切を探す旅」

 ある日、母に言われた。


「人生というのは大切を探す旅。いい? これからあなたはこの一度しかない人生で『大切』がどこにあるのか。その答えを探すのよ」


 なぜそんなことをするのか。その問いに母は答える。


「大切なものはいつも当たり前の中に紛れ込んでいて、見つけるのが難しい。でも大切の居場所を見つけたとき、それがあなたの人生に大きな救いを与えると同時に生きてきた意味を教えてくれる。いずれ分かるはずよ」


そのとき、僕はまだ子供だったというのもあって、その言葉の意味が分からなかった。でも大事なことというのだけは理解できた。



 たしか、母が亡くなったのはそれから何日か経ったときだった。


母の顔を見ると、幸せそうな表情をしていた。母は大切を見つけられたのだろうか。


僕の心の中には、あの時の母の言葉が刻まれている。




母が亡くなって数年後。僕はそこそこの会社に就職し、結婚もした。


 のぞむことは特にない。もう十分に幸せだ。だからこれ以上の幸せは望まない。




結婚してから六年。


 大きな変化が訪れた。


子供も生まれ幸せな毎日を送っていた。しかしある日突然、妻が病気で急死した。僕の視界は一気に真っ暗になった。


 切ないなんて言葉じゃ足りない。生きる意味を見失った。悲しくて寂しくて絶望した。


いつも朝早くに起きて三人分のごはんを作ってくれていた君が。


幼稚園の帰り道に息子と楽しそうに話をしていた君が。


もうどこにもいないのだ。


 はたして、この先どうなるのだろうか。僕にはもう生きる理由がない。


するとしだいに視界が滲んできて、ふと下を向くと床が濡れていた。このとき自分が泣いていることに気がついた。


それに対して近くにいる息子は、涙ひとつ流していなかった。




妻が亡くなって数年後。僕はすべてを捨て、ただひたすら生きていた。やることは仕事くらいだ。


すると鞄に入れておいた大事な書類がないことに気がついた。


 どこにあるのか。そう思って家の中を探していると、書類を持った息子がこっちにやっていきて「はい、どうぞ」と言って渡してくれた。


僕は「……ありがとう」というお礼を言い、その後に告げた。


「お父さん、今日忙しくて迎えに行けないんだ。だから幼稚園が終わったら一人で家に帰るんだぞ」


その言葉に息子は不満げに「分かった……」と返事をした。


これが大きな過ちだったなんて、僕は思ってもいなかった。




 ことばが見つからない。僕はただ黙っていることしかできなかった。


目線の先には目を閉じたまま動かない息子がいる。


会社で作業をしていたときに警察から連絡があり、幼稚園の帰り道で車に引かれたと言われた。


どうしてこうなった……。なんでこんなことになってしまったんだ……。


僕は泣き続けた。声を上げて泣いた。分かっているんだ。息子がこうなった理由。


それは言い逃れなんてできない。


『全部僕のせいだ』


妻が死んでから生きる意味を失ったと思い込み、すべてを捨てた。でも子供という存在だけはいつも側にいて離れることがなかった。


そのときは息子に対して何も思わなかったのだろう。子育てはしていたけれど、すべてが手抜きで今思うとひどいものだ。


よく『大切なものは失ってから初めてその大切さを知る』とか言う。でも失ってからじゃ遅いんだ。失う前の段階で、その存在がいかにありがたいものかに気づかないといけない。


だから母は僕が子供の時に言ったんだ。大切を探せと。


僕はその言葉を意味をようやく理解した。




 にヶ月後、息子が退院した。医者いわく、助かったのは奇跡だそうだ。本当に感謝してもしきれない。息子が病院から出てきたとき、僕は思わず抱きしめて泣いてしまった。やっと気づけたんだ。大切な存在に。




 あれから数日後、僕は息子を連れて妻の墓場に行った。


そしてお参りをした後、息子に伝えなければならないことを話す。それは僕の決意であり息子との約束でもある。


「今まで本当にごめん。お父さん、お母さんが死んじゃってからおかしくなってたよな。君のことを放ったらかしにしてさ……。あの時だって、お父さんが迎えに行ってれば車に轢かれるなんてこと無かったかもしれない。自覚が足りなかった。僕はお前の父親で、ずっとそばにいなければならないんだって。父親失格だよな……」


息子は僕の話を真剣に聞いてくれていた。


「だからそれに気づけた今、約束したいんだ。これからはずっとそばに居る。何かあったら守るし、辛いことがあったら相談してもいい。したいことがあったら何でも言っていい。たくさん思い出を作ろう。今さらかもしれない。過ぎ去った過去は戻ってこない。だからその分、未来を明るいものにしたいんだ」


そして深呼吸をし、言う。


「僕さ、お父さんになってもいいかな……? 今まで酷いことしちゃってたダメ人間だけど、君のお父さんになってもいいのかな……?」


そして息子は口を開く。


「僕のこと、名前で、呼んで?」


その言葉にハッとした。息子のことを名前で呼んであげない父親がここにいたことに。僕は本当に酷い人間なんだな……。


でも、全部今日で終わりだ。ここから変えていこう。


「優斗」


「……うん」


「僕、優斗のお父さんになってもいいかな……?」


「……うん」


「ずっと、ずっと一緒にいても、いいかな……?」


「うん」


「お父さん、優斗のこと愛してもいいかな」


「うん‼」


優斗の返事はまっすぐで、純粋で、愛おしい。


僕は無意識に優斗の抱きしめる。


「優斗‼ 今まで酷いことをしてごめんな。辛かったよな。悲しかったよな。ダメな父親だったよな。でも、その分これからを大事にして生きていくから。優斗のために生きていくから。言わせてくれ‼ 優斗、愛してる‼」


これまでのことを心から反省し、僕は変わるんだ。これからは優斗のために、生きていくんだ。


すると優斗が言う。


「お父さん、さっき辛かったら相談していいって言った……」


息子の言葉に僕は頷く。


「僕、辛かった。お母さんがいなくなっちゃってから会いたくても会えなくて、寂しくて泣きたかった。でもお父さんがすごく悲しそうにしてたから、僕だけはしっかりしなくちゃって思って……泣くのずっと我慢してしてたの」


そうか、あの時辛かったのは僕だけじゃなかったんだ。なのに僕が情けないせいで、息子に我慢をさせてしまっていた……。これじゃあ息子の方がよっぽど大人じゃないか。


「だからね、今まで泣けなかった分、今……」


その言葉を聞き、僕は優しく息子に言う。


「今まで辛い思いをさせて本当にごめんな。思う存分、泣いていいんだぞ……」


するとまぶたから大量の涙が溢れ出すと同時に、息子の泣き叫ぶ声が遥か遠く、空の上にまで響いた。


もう二度と、優斗をこんな風に泣かせない。そう心に誓った。


そして僕は息子のことをもう一度、優しく抱きしめた。




 りんごが大好物。そんな息子のために今日はとびっきり美味しいりんごケーキを用意した。そしてテーブルにそのケーキと妻の写真を置いた。


 またこんな風に息子の誕生日を祝えることがなりより嬉しい。前までは誕生日すら、ろく祝ってあげていなかったから、今年からは盛大に祝ってあげるんだ。


 すう年前、母に言われた言葉。「大切がどこにあるのか」今なら答えられる。


僕にとっての大切はすぐ近くにあった。ずっと前からそこにあったこと、その大切さに気づけず酷いことをしていたこと。


それに気づいた今、僕は心を入れ替えて『大切』をなにより大事にしている。今まで何もしてあげられなかった分、これからを明るく楽しいものにしてあげるんだ。


僕は『大切』を心から愛している。


 かい物から帰ってきた息子が「ただいま〜」と言う声を聞くと共に、僕は玄関に向かった。そして大きさ声で祝う。


「誕生日おめでとう!!」








ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。この作品は僕の『大切』を見つける旅であり、人生そのものです。


さて、実は皆様に一つの質問を用意しています。その質問の答えは人それぞれであり、もしかしたらまだ答えが見つかっていないなんて人もいるかもしれません。ですが大丈夫ですよ。これから答えを探せばいいんですから。


それで肝心の質問はなんなんだって話ですよね。皆さん、この作品を読んでいて不思議に思ったことがありませんでしたか? 例えば普通漢字で書くような部分が「ひらがな」になっていたりとか……


しかもそれは字下げをした最初の文字だけです。


勘の良い方はもう分かったかもしれません。そうです。その部分こそ、僕が皆さんにする質問となっているのです。


一応例を紹介しましょうか。例えば……




 すごろくを息子とやった。

ものすごく楽しそうだ。僕は息子の喜んでいる表情が見れて嬉しい。

️ きづけば息子は寝てしまっていた。

僕は風邪をひかないようにと毛布をかけた。



この場合『す』と『き』を繋げて『すき』という言葉が出来上がります。


このように字下げをした最初の一文字を繋げていってください。そうしたらきっと質問が浮かび上がってくるはずですよ。


この小説で字下げをしたのは全部で十五回。つまり十五文字の質問です。


そして最初にも言いましたが質問の答えは人それぞれで、まだ答えが見つかっていない方もいるでしょう。その場合は残りの人生で答えを探せばいいんです。



それでは最後にメッセージを添えて、お別れとしましょう。



「僕は皆さんが人生を歩んでいく中で、この質問の答えを見つけられることを心から願っています」

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サルビア 高那りょう @takana_ryo

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