第12話 もう一人の俺

 学校が終わった後、菜奈がいきなり家に押しかけてきた。有無を言わさず、ただいま帰りましたと言いながら玄関から堂々と。


 菜奈だから、ただいまも間違ってないけど、正確にはお邪魔しますだよ……。


「コタ、大事な話があるの」


「どの処刑方法で俺が死ぬかってこと?」


「何で死ぬこと前提なのよ」


 そうして、俺の部屋のベッドに腰を下ろして、いつもの菜奈の顔で話し始めた。わだかまっていた気まずさが嘘みたいに消えてて、急にどうしちゃったのか。


「えっと、その……菜奈に、嫌われちゃったって思って」


 でも、こうして菜奈は話し合いに来てくれた。だったら、俺もちゃんと話し合いたい。色々、菜奈のことで悩んでたのはこっちも一緒だし。


「……ふーん。冗談なら、もっと笑えるものにして」


「そんなこと、ない?」


「私がコタを嫌いになることなんて、永遠にありえないから。わかりなさいよ、バカ」


 和也に相談するほど、怖くて悩んでいたこと。

 菜奈に嫌われた、かもしれない。

 そんな内容を、菜奈は鼻で笑って……ううん、ちょっと怒りながら否定してくれた。バカなこと考えないでって、一蹴しながら。


 ……菜奈に嫌われてない! よかったぁ!!


「うぅ……」


「な、何で泣きそうになるのよ!」


「だって、ずっと不安だったから。

 あれのせいで、もう絶交だって言われたら、俺……」


 不安だった、菜奈に嫌われたんじゃないかって思うと、それだけで頭がいっぱいになった。だから、違うっていってくれて、本当に安心した。


 変にネガティブになっちゃうし、菜奈に破門去勢されちゃうんじゃないか、なんて考えちゃうし。俺、男の子のままでいて良いんだ!


「泣かないの、男の子でしょ!」


「べ、別に泣いてないよ!」


「ポロポロ涙こぼして、何言ってるの。

 ほら、拭いてあげるから」


 ハンカチを持った菜奈に、顔をゴシゴシされる。お陰で、直ぐに涙は止まってくれた。

 ……なんか子供みたいなこと、しちゃったな。


「急にごめん」


「私がコタを嫌いになるなんて、そんなあり得ない妄想、二度としないで」


「うん……」


 怒ってる風でいて、安心させてくれる。

 菜奈は、本当にいつだって優しくいてくれる。

 だから、お姉ちゃんだって名乗ってるのかもしれないけど。俺、今はすごく頼りないし。


「落ち込まないで、私の話を聞いて」


「……そう言えば、何の話をしにきたの?」


 しょんぼりしそうなところで、軌道修正される。

 そう言えば、菜奈は俺に大事な話? をしにきたんだった。


「コタ、お願いがあるの」


「良いよ」


「……話が早いわね」


「今の俺は、菜奈嫌われてないってわかって安心してるから、何か頼み事があれば何だって聞いてあげたい。菜奈に、何かしてあげたいんだ」


 正直に、包み隠さず思っていることを伝えると、菜奈はちょっと赤くなって照れてくれた。そんな菜奈も、やっぱり可愛い。


「そ、そう、なら単刀直入に言うわ」


 菜奈は、何故かにっこりと笑って。


「──コタ、服を脱ぎなさい」


 俺、やっぱり去勢、されちゃうのかな?




 去勢される恐怖に震えながら全裸になった俺は、いつの間にかお風呂場へと連れ込まれていた。


「な、菜奈、何で脱いでるの!?」


「コタがエッチな気持ちにならないためよ」


 しかも、支離滅裂なことを言いながら、菜奈が服を脱いでいる。完全に、有無を言わさない体制だ。


 た、確かに俺、菜奈じゃなくてスパッツにエッチな気持ちを抱いたって言ったけど、言ったけどさ!


「待って菜奈、違うんだ!」


「違うって、何が?」


「とにかく違うから!」


 訳もわからないまま、違うと連呼する。スパッツもエロだけど、一番エッチな目で見てるのは菜奈のことなんだ。それが真実で、違うんだの正体。


 でも、そんなこと、ここで絶対に口にするわけにはいかないから。前の気まずさと比較にならないくらい、菜奈と距離が出来ちゃう。


 そんなの、到底許せそうに無かったから。


「菜奈、流石に恥ずかしい……」


 違うの他に何とか絞り出せたのは、僅かながらの誠実さ。菜奈に嫌われたくない、だから程々にしてくださいという懇願でもあった。


「俺、言ったよね、菜奈は可愛いって。

 あれ、嘘じゃないから……」


 照れを必死に押さえつけて伝えたのは、全人類普遍の事実だった。菜奈は可愛い、誰がどう見ても。だから、このまま一緒にお風呂なんて……マズイ。


 そういった意味を込めて、何とか口にできた言葉に、菜奈はモゾモゾとして。あ、動いたらタオルから裸、見えちゃうよ!


「ふーん、ふーーん」


 気が付いてとアイコンタクトを送ると、菜奈はツンと口を尖らせながら、俺の方へと近づいてきた。……なんで?


「コタの、エッチ」


 裸の菜奈に、耳元で囁かれてビクッとする。しかも、ほぼゼロ距離だったから、菜奈の肌に接触しちゃうし。


 あ、熱くて柔らかい……。

 こ、こんなの、頭おかしくなるっ!


「菜奈、俺おかしくなる!」


「ダメよ、コタ。ちゃんと弟して」


「弟はお姉ちゃんと、お風呂になんて入らないよ!」


「バカね、弟はお姉ちゃんとお風呂に入るし、お姉ちゃんは弟をお風呂に入れる義務があるの」


 非常にマズいことに、菜奈はお姉ちゃん欲が暴走して、無敵の人と化していた。お風呂の椅子に座らされて、そのまま俺の頭をゴシゴシ洗い始めた。


 ……どうしよう、普通の意味で気持ちいいや。


「どう、コタ?」


「気持ちいい、です」


「ふふ、毎日イマジナリーコタ相手に、髪を洗う練習をしてた甲斐があったわ!」


 ……イマジナリーコタって何?

 聞いてみたい気もするけど、聞いちゃいけないと本能が訴えてきたので口を噤む。なんか闇が深そうだし。


「じゃあ、流すわよ」


「はーい」


 シャワーでシャンプーを流されて、ちょっとスッキリ。泡と一緒に、邪念も流されていった気がする。


 もしかしたら、大丈夫なのかも?

 何事も起こらないまま、戻れる?

 ……なんかいける気がしてきた!


 俺は菜奈に嫌われずに、この天国みたいな地獄から帰還できるんだ、俺! だって、まだ俺の愛棒は耐えてるんだから!


「それじゃあ、次は身体を洗うから」


「ドンとこいだよ!」


「やっと弟だって認めたのね」


「認めてないけど!」


 後は、菜奈にタオルで背中をゴシゴシ擦られて帰還するのみ。もうこれ、流石に勝ち確だね!


「いっぱい泡立てて……よし」


 心の中でガハハと笑っている中、菜奈はそっと背中を洗い始めた。サワサワと背中を撫でながら、擦ってくれている感触がする。


 想像してるよりこそばゆくて、ずっと優しい肌触り。まるで、背中を撫でてくれてる気がしてくる。

 ……あれ、なんか違くない?


「な、菜奈?」


「何?」


「もしかしなくても、手で洗ってる?」


「当たり前でしょ、コタの肌はモチモチ赤ちゃんなんだから」


 何言ってるのかわかんない言葉を発しながら、菜奈は背中に泡を塗り広げていって。触られる度に、菜奈に直に触られてるって思うと、背中ぎ跳ねてしまう。


「コタ、暴れないの」


「ちがっ、タオル、使って!」


「ダメ、傷付いちゃう」


 そんな訳ないのに、菜奈は俺の肌を赤ちゃん並みに慎重に扱っていた。


 ……そう言えば、昔からこうだった覚えがある。あの時は気にして無かったけど、今にして思うと相当まずいよ!


「それじゃあ、次は前ね」


「前!?」


 背中だけでも十分不味かったのに、菜奈はとち狂って前まで洗おうとしていた。本当に待ってよ!


「前は、冗談じゃ済まないから!」


「……私がそう言ってた時、コタはやめてくれなかったわ」


 必死に止めようとしてるのに、菜奈はどうしてか、余計に意固地になって。そのまま、俺の前を洗い始めた。


「ちょっ!?」


「相変わらず、あんまり筋肉がないわね」


「余計なお世話、だよ!」


「筋肉モリモリのコタは嫌だから、このままでいて」


 そんなことを言いながら、菜々の手は、お腹、脇、肩、腕と洗っていって。こそばゆくて、ドキドキして、変になりそうな中で、菜奈は──。


「ねぇ、知ってる?」


「な、何?

 洗うの、やめてくれる?」


「──成長期の男の子の乳首は、女の子と一緒らしいわ」


「は、え? ──っ」


 信じられないことに、菜奈が俺の乳首を突いていた。

 だ、男子のそんなところ触って、一体何なんだよぉ!


「へ、変なことするな!」


「あの時いっぱいされたお返しだから、我慢して」


 卑怯なことに、菜奈は俺のしたセクハラを盾に身体を、俺の胸辺りを思いっきり触っていた。


 本当に何でこんなことをっ。

 何なんだよ、これ!?


「えい」


「っ──」


 急に乳首を優しくつねられて、身体がビクッと跳ね上がった。

 痛いのに、なんか……なんか変な感じ、する……。


 何だこれ、何なんだよっ!


「え……コ、タ?」


 けど、そんな邪痴淫虐の限りを尽くしていた菜奈の手が、やっと止まってくれた。


 もう、やめてくれたの?


「コタ、それ……」


 代わりに、何か震え声で菜奈は俺に問いかけてきた。


「菜奈、な、に……」


 何かなって聞こうとしたところで、気がついてしまった。

 ──俺、勃起してる、直角45度くらいに。


「あっ、あっ、あっ」


 声にならない、そんな混乱に包まれていく。

 だってこんなの、明らかに交通事故じゃんか!


「こ、コタも、男の子なのね……」


 菜奈の慰めるような声が、余計に終わりの始まりを感じさせてくる。


「うわああああーーっ!?」


 もう終わりだよ。

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