第11話 アイデンティティー・クライシス

前書き

今回は菜奈視点のお話です。

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「コタのバカ、エッチ、エロ弟幼馴染……」


 バタバタする、バタバタする、バタバタする。

 ベッドの上で、枕を抱き抱えて足をバタバタさせる。

 胸がうーってなって、心が落ち着かなくて──どこかが、切ない。


「何か、ヘン……」


 何かが変……何が?

 ──身体が。


「何なのよぉ……っ」


 コタのおバカな顔を想像すると、身体がソワソワする。

 すると勝手に頭が、あの日のコタの行為を……お寝ぼけさわさわしてきたことを思い出させる。


 コタの頭が私の大切な場所をスリスリしてきて、そんなシチュエーションに……勝手にドギマギして。すると、余計にあそことコタのことを意識しちゃって──気が付いたら私の身体、何かヘンになってた。


 あの日、アソコがすごくムズムズして、ずっとそれが溜まって、もうちょっとで何か……弾けちゃいそうになった時に、コタがムクって起き上がった。


 もう少しだったのに、コタはそれをやめちゃった。

 どうせなら、後もうちょっとだけ、してくれれば……。


「私、本当になんかヘンッ」


 違う、そんなのダメ。

 だって私は、知識としてそれが何かを知ってる。

 お姉ちゃんが受け入れちゃ、絶対ダメな行為だ。


 だってそれは……愛し合う恋人同士がすることだから。


 私はコタの幼馴染お姉ちゃん。

 小さい時にそう決めて、ずっとコタの側にいた。

 それが、私にとってコタの一番近くにいられる方法だったから。


 それなのに、ちょっと事故があったからって、コタを……エッチな目で見ちゃうなんて。私のお姉ちゃんは、そんな薄っぺらいものだったなんて、絶対に認めたくない。

 幾らコタが相手でも、エッチなことはしてあげられないのッ。


 ……本当に?


 ふと、変な考えが頭をよぎる。

 じゃあ、私は誰と付き合って、誰と結婚するんだろうって。


 そうして考えると、思い浮かぶのは、へにゃっていた顔で笑っているコタの顔。

 いつも一緒にいてくれて、可愛くて、最近はちょっと男の子で、それでもやっぱり一番な弟幼馴染。

 コタ以外なんて知らないし、コタ以外なんて考えられない。


 ……弟なのに?


 考えれば考えるほど、ドツボにハマってしまう。

 答えが見えない迷路を、ずっと迷っている気分。


 じゃあ、どうしよう……?


 ふち、パソコンに目をやった。

 掲示板で相談すれば、誰か答えをくれるの?


 ……ううん、そんなことない。

 だって、あそこの人たちは、自分で気付いてこそって言ってくれてたから。

 ちゃんと自分で考えなさいって、ヒントをくれてるから。


 気付くって、なにを?

 コタとの関係について?

 それとも……今、私が抱えてる矛盾について?


「コタは、何?」


 口にしてみて、ちょっと考えてみる。

 コタ、私の大事な大事な弟幼馴染。

 ずっと一緒にいるし、ずっと隣に居て欲しい子。

 ……そんな筈、男の子。


 なのに、何でだろう。

 それだけじゃ、ない気がする……。


「コタのクセに、どうしてコタはコタなのよ」


 ポスっと枕に顔を埋もれさせる。

 コタ、今も能天気な顔しながら、にへーって笑ってるのかな。

……私がこんなに悩んでるのに。


 頭に浮かんだコタの頬っぺたを、思いっきり引っ張った。モチモチお肌、よく伸びる。うん、コタのほっぺは赤ちゃんだ。餅つきできるし、ムニムニだってしたら気持ちいい。


 コタに次会った時は、まずは頬っぺたを伸ばそう、そうしよう。


 次、会った時……。

 そう言えば私、あの時からコタと上手くお話しできてなかった。


 あのことを思い出すと落ち着かなくて、コタが目の前にいると、どんな感じで接したら良いかわからなくなる。


 ちょっとシミュレーションしてみよう。

 例えば、そう。こんなのとか。



『菜奈お姉ちゃん、赤ちゃんってどこから来るの?』


『こ、コタ、急にどうしたの?

 その……赤ちゃんは、コウノトリが運んでくるんだけど』


『そうなんだ、ありがと!

 和也がさ、そろそろ俺の赤ちゃんが欲しいなって言ってて』


『は?』


『コウノトリをペットにしてみるよ!』


『ふざけないで、コタ!

 赤ちゃんは、女の人のお腹から生まれてくるの!

 コウノトリが運べるわけないでしょ!!』


『……そうかな?』


『そうなの!』


『じゃあ、俺が赤ちゃんを産むには?』


『産めるわけないでしょ!』


『そ、そんな!?

 じゃあ俺は、一体どうすればッ』


『代わりに私がコタの、その……赤ちゃん、産んであげるから。それでいいじゃない』


『じゃあ、残された和也は?』


『地面と子作りして、土から赤ちゃん作るから大丈夫よ』


『無農薬で?』


『無農薬子作りよ』


『オーガニックだね、自然派パパさんじゃん。

 ……この場合、和也はママかパパ、どっちなのかな?』


『間を取って、マパで良いわよ?』


『語呂悪いし、マッパで良くないかな?』


『良いわよ』


『じゃあ和也も、自然派マッパさんになれたし安心だね!

 それじゃあ菜奈お姉ちゃん……ううん、菜奈。俺、不束者だけど……よろしくお願いします!』



「よろしく……って、違うわよ!」


 油断した。頭の中のコタが私のこと好き過ぎて、勝手に結婚した上に赤ちゃん作ろうとしてきた。本当にコタはエッチだ。


 こんなの、ダメに決まってる。

 だって私は、コタのお姉ちゃんなんだから!


 これはダメ、次のシミュレーションしないと。

 このままだと、次にコタに会った時、"野菜と赤ちゃんは無農薬に限るわよね"なんて話し掛けかねない。


「……赤ちゃんに無農薬って何よ、バカにしないでコタッ!!」


 頭の悪すぎるコタを脳裏の端に監禁して、次のシミュレーションを開始する。今度はまともに、バカバカにならないようにしながら。



『何よコタ。放課後に呼び出したと思ったら、壁ドンなんかして……』


『菜奈お姉ちゃん、俺、気づいたんだ』


『な、何によ』


『俺、実は……シスコンだったんだ』


『そうなの……私も実はブラコンだから、私たち気が合うわね?』


『うん、だからまた、一緒にお風呂、入りたくて……』


『それで壁ドンしたの?

 ……全く、コタは本当にしょうがないわね!』


『実はこの前、エッチな寝惚け方しちゃったのも、菜奈お姉ちゃんとお風呂に入りたかったからなんだ』


『そうだったのね、本当にしょうがない幼馴染弟なんだから!』


『それで……良いかな?』


『良いに決まってるわ、今すぐお風呂に入るわよ!』


『わーい!』


『エッチな気持ちになっちゃ、ダメなんだからね!』


『うん、俺、エッチな気持ちになるのはスパッツにだけだから安心して欲しいな』


『……なんて?』


『菜奈の裸じゃエッチな気持ちにならないから、安心して!』


『ふ、ふざけないで!

 私がスパッツより、エッチじゃないって言うつもりなの!!』


『? スパッツを穿いた菜奈はエッチだよ』


『じゃあ、スパッツを穿いたままお風呂に入ってやるわよ!』


『っ!? そんなことされたら、菜奈を世界で一番エッチな女の子としてみちゃうでしょ!』


『コタのエッチ!』


『俺はエッチだよ!』


『しょうがないわね……スパッツ穿いたまま、お風呂に入ってあげるわ』


『菜奈お姉ちゃん、大好き!』


『私も大好きよ、コタ』



「スパッツ穿いたままお風呂は、流石におかしいじゃないッ!」


 惜しかった、途中で余計なノイズが入ってしまった。

 何で私、エッチなコタを受け入れる流れになってたんだろう。


 ……コタがエッチでも、私は許してあげられるって思ってる?


「でも、確かに……。

 コタがエッチになっても、別に……」


 エッチなコタでも、私にとっては可愛い弟には違いない。……エッチな弟を受け入れるのって、お姉ちゃんとしてどうなの?


 コタにエッチなことされて、私は大丈夫なの?


 自問自答を、一旦中止する。

 ……だって、嫌じゃないって思っちゃったから。

 これ以上考えると、お姉ちゃんの私がおかしくなるから。


「……コタのくせに、お姉ちゃんをここまで悩ませるなんてナマイキ」


 首を振って、変な考えを頭から追い出す。

 これ以上考えるのはやめて、私は結論を出した。


 コタがバカすぎて、幾らシミュレーションしても、バカバカな結論しか出ないことを。


「でも、さっきの……」


 けど、数多のバカバカの中にも、きらりと光る物もあった。


「お風呂、コタとお風呂……」


 それは、コタが恥ずかしがって、一緒に入らなくなったお風呂。それに付随して、お泊まり会も無くなってしまった。


 それで距離が出来たから、コタと変な距離感になってるんだ。それを考えると、やっぱり一緒にお風呂に入って仲を深めて、気まずさごと水に流してしまう必要性がある。


 さっきのシミュレーション、コタがバカバカ過ぎたせいで、気まずさを感じるのが馬鹿みたいに思えてきたし。


「そうよ。コタに、またわからせてあげなきゃ」


 私は決意した。彼の無知暴虐な弟幼馴染をわからせる必要があるんだと!


「待ってなさい、コタ。

 色々悩ませられた分と、気まずくてお話しできなかった分も含めて、全部全部お返しするからッ」

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