第10話 イけない事故

「むぅ」


「菜奈、本当にごめんね……」


 それは、登校中の通学路でのこと。

 毎朝一緒に学校に行くという約束をした俺たちは、いつものように落ち合って学校を目指していた。


 そんな中で、菜奈の様子が何かおかしかった。

 具体的にいうと、ずっと何かに悩んでるような顔をしてる。俺も気まずくて、いつもにない雰囲気になってしまっていた。


「……」


「……」


 何とも言えない沈黙が続き、むぅ、とまた菜奈は首を捻った。

 そして、一言。


「……私、お姉ちゃん、よね?」


「違うけど?」


 どうにも、姉とは何かという哲学で悩んでるみたいだった。あんなことがあったから、姉という関係性だと妙な感じがしてしまうのかもしれない。


「違わないわ、誰が何と言おうと私はお姉ちゃん……のはず、なの」


 どうにも自信なさげで、いつもみたいに言い切らない。幼馴染の姉としての自身が、確かに菜奈の中で揺らいでいた。


「そういえば、今日は手、繋がないの?」


 そんな雰囲気の中で、何とか捻り出したのはそんな疑問だった。

 こうして朝の登校時に、みんなの見てない間は手を繋いでいたから。けど、今日は全然そんな素振りを見せない。


 むしろ、俺と接触しそうになると、少し逡巡してから諦める。いつもなら、強引に抱きしめたり触ってくるのに。


 多分、我慢してるんだ、そういう触れ合いを。

 あの公園であったこと、本気で気にしてるんだってわかってしまう。


 これが意味するところ、それはつまり……。

 ──そういう、ことなの?




「和也、どうしよう!

 菜奈に嫌われたかもしれない!!」


「ねーよ」


 学校に到着してすぐ、登校してきた和也を引っ捕まえて相談したことはそれだった。


 けど、和也はにべもなく失笑して突っ伏しようとする。俺の相談よりも、少しの睡眠欲を満たす方が大事だっていうみたいに。


 し、親友の危機だっていうのにっ!!


「和也、起きないと耳元で囁くよ。

 朝、和也がTSしてたシチュで話し倒して、和也の股間を探しに行くサーガを語り始めるから。

 因みにだけど、サーガと探すで韻を踏んだんだ。俺、ラッパーになれるかな?」


「……うるせぇ、しばくぞ」


 むくりと、和也は鬱陶しそうに起きてくれた。

 そんな和也は、どこまでも頼もしかった。


「……昼にしろ、時間がない」


 けど、それだけ言って再び和也は伏せってしまった。

 ……流石に授業サボってとは言えないから、仕方ない。


 こうして、俺は昼まで悶々と和也に焦らされ続けることになった。お昼になってすぐ、和也を引っ捕まえて恒例の中庭に連行したのは当然の行動だった。





「今日はパンのつもりだったんだが?」


「学食なんかに行ってる暇ないし、俺のお弁当半分こするので我慢して」


「箸一膳しかねーだろうが」


「あーんしてあげるから」


「いらねぇ」


 そう言うと、和也は手掴みで唐揚げを摘んでいた(ちゃんと手は洗ってるよ!)。

 確かに、俺なんかにあーんされても嬉しくないだろうし、こっちの方が理に適っていた。


「で、何だっけか。

 お前が鳴海に寝込みを襲われて、パパになった話だったか?」


「そんな素敵なこと、されてないがっ!」


 和也は人の話を全然聞いてなかった。唐揚げうめーななんて言って、全く興味すら示してない。


 ふんだっ、残念だったね和也。その唐揚げはお母さんが作ったものじゃなくて、俺が食べたくて揚げた唐揚げだよ。


「それで?」


「俺が菜奈に嫌われたかもって話!」


 和也はラップに包まれたおにぎりを食べながら、一言。


「ねーよ」


 朝と全くおんなじ返しをして、紫蘇ふりかけのおにぎりを貪っていた。


 酷すぎる、許せないから次から和也にあげるおにぎり、全部梅を混入させてやるっ。

 酸っぱくて悶絶してしまえばいいんだ!


「深刻な悩みだよ!」


「理由がねーだろ」


「あるよ!」


「言ってみろ」


 促されて、あの日にあったことを語り始めた。お出かけの最中の、あの出来事を。


 …………

 ……


「つまり、お前がスパッツがエロいって性癖を開示しちまった挙句に気絶したから、嫌われたってことか?」


「うん、それもあるよ。

 何か菜奈、ブチギレてたし」


「それも?」


 訝しげな和也に、俺は重々しく頷いた。


「その後、近くの公園で目を覚ましたら、菜奈が膝枕してくれてたんだ」


「……で?」


 心なしか、和也の声が低くなった。

 多分、惚気やがってって思ってるんだ。

 その後のことがなければ、俺もそう思ってと思う。

 けど、困ったことに、それだけでは終わらなかったから。


「俺、その時、寝ぼけて菜奈のお股へ顔をスリスリしちゃったんだ……」


「ガチの問題行動やめろ」


 そう、寝起きですごい柔らかくて、いい匂いで、幸せだったから。もっとと思って、本能の俺が勝手に行動してしまっていた。



『……ん?』


『コタ、起きた?』


『んなゃ……』


『ふふっ、寝ぼけちゃってるんだ。

 コタってば、やっぱりまだお子様なんだから』


『柔らかくて、いい匂い、する……』


『ふふっ、スリスリしてる。子猫みたいね』


『もっと……』


『あっ、ちょっと、待ちなさいコタ!

 顔、動かしちゃダメ!!

 ズレてる、ズレてあそこに顔が埋もれるから!!!』


『菜奈の、匂い……すき』


『んなっ!?』


『んー』


『あんっ、ちょ、待ちなさい!

 冗談じゃ済まないわよ!!』


『菜奈……』


『や、ヤダっ、なに、これ……っ。

 ピリピリして、へ、変な感じ、するっ』


『……すきー』


『!? コタに好きって言われて、ビリってしたっ。

 私のあそこ、なんかっ、へんっ!!』


『ずっと、ここに、いる……』


『からだ、敏感にっ!

 コタ、私、へんになりそうっ!』


『菜奈の赤ちゃんに、おれ、なる……』


『んーーーーっ!?

 産めないっ、まだ学生のうちから産めないのよコタ!』


『もっと甘え、させて……』


『っ、っ、コタ、がっ。

 やめてっていってるのに、やめないコタが悪いんだから!!』



 よく覚えてないけど、菜奈に甘える夢を見てたら、急に膝枕してた菜奈が俺の顔を思いっきり押さえつけてきてたんだ。


 びっくりして目を覚ますと、俺は菜奈のお股に顔を突っ込んでいた。しかも寝てる間に涎が出ちゃってたみたいで、菜奈のスパッツを薄らと汚しちゃってたし。


 慌てて頭を飛び起きて、謝ったら菜奈に生まれてこれまでで一番強く睨みつけられて。


『ね、寝相が悪くてごめん!』


『コタのバカッ、バカバカバカッ!』


 それだけ言い残して、菜々は走り去っていってしまった。夕方には晩御飯を家に食べにきてくれたけど、菜奈も俺も喋れなくて。


 お母さんが一人で"グラタンのお乳は母からしか取れないの、父絞りは出来るのにねー"ってカスみたいな下ネタを飛ばしてたくらいだった。


 菜奈、お母さんは料理が上手だけど、ギャグのセンスが終わってるんだ。うちの娘になろうとするの、絶対に諦めた方がいいよ。



「それで和也、俺はやっぱり……死ぬべきなのかな?」


 思い返してみると、どう足掻いても言い訳ができなかった。女の子のお股にスリスリして許される道理なんて、一つもないから。


 控えめに言っても、今の俺はヘンタイでしか無かった。

 ──菜奈に嫌われても仕方ない、そんなヘンタイなんだ。


 和也は、そんな俺を一瞥して。


「で、エロかったか?」


「はい」


 真実を偽りなく肯定した俺に、和也は箸を奪って弁当を丸々掻き込んでいった。そして、両手を合わせて。


「ごちそうさまでした」


「お粗末様でした?」


 俺の弁当の9割を食べた和也は、中々に太々しかった。半分こって言ったのに……。

 食い意地が悪い、略して意地悪なのかもしれない。


「ま、なるようになるだろ、諦めんな」


 でも、慰めてくれたから、やっぱり親友だった。

 本当、どうにかなってくれないかな……。

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