第9話 好きな人が性癖

 俺たちは無事にお出かけすることに成功して、勃起する絶望の未来を回避することに成功した。危機一髪すぎる。

 ありがとう和也、フォーエバー和也。


 そういう訳で、どこかに出かける必要があるんだけど……。


「菜奈、どこか行きたい所ある?」


 おっきするのを避けるためのお出かけだったから、本当に何の考えもなかった。

 だから菜奈に話を振ったんだけど、ちょっと呆れ顔をされてしまう。なして?


「コタが行きたい所あるから、出かけようって言ったんじゃないの?」


「イキたくないから言ったというか、うん……きょ、今日はいい天気、だから?」


「なにそれ、コタったら本当に私が居ないとダメダメなんだから」


 危ない追求、正直に菜奈がエッチすぎるだなんて言えない。

 咄嗟に出てきたお天気会話デッキで、ギリギリ切り抜ける。


 ふぅ、口が滑って、菜奈のスカートからチラ見できるスパッツがエッチだって口走らなくてよかった。

 スカートが風とか歩いて揺れる中で、本当に黒色のスパッツがチラチラ見えてつい見ちゃうんだよね。でも、そんな無防備な菜奈の誘惑にも絶対に屈さないから。


 俺は菜奈のエッチさになんて、絶対に負けない!


「きゃっ!?」


 そんな決意を固めた直後、強めの風が吹き抜けていく。

 ふわりと、眼の前で蕾が開くように──スカートの後ろ側が思いっきり浮き上がった。


「…………わぁ」


 思わず、感嘆の声が出ちゃう。

 だって、だってだよ。

 さっきからチラチラ見えてたスパッツが、後ろから丸々全部見えちゃったんだから!


 菜奈のお尻の形が分かる、ピッタリと張り付いていた黒の線形。そこだけ注目してって切り取られたみたいに、綺麗な形、してた……。


 けど、そんな俺の視線に気付いた菜奈は……。


「わぁ、じゃないわよエッチ!

 スパッツ穿いてたから大丈夫だったけど、それでもジロジロ見るの禁止!」


 ギュウって、ほっぺたを抓ってきた。顔は赤くて、目は吊り上がってる。

 ……もしかしなくても、怒ってる?


「ご、ごめん!」


「次ジロジロしたら、コタにもスカート穿かせて、女の子に気持ちわからせるから」


「それは嫌だよっ!」


 あまりにも残酷な宣告、しかも菜奈は本気だと分かる。……過去にやられたことがあるから。


「そんなことしたら、俺がパンチラするだろっ!

 そんなの、一体誰が得するんだよ!!」


「だったら、コタもスパッツ穿きなさいよ!」


「スパッツの方が100倍エッチでしょっ!!」


 このままでは、男子としての尊厳を破壊される。それを避けるための、考えてる余裕なく必死の弁明をした。

 だって、高校生にもなって幼馴染に妹になんてされたくなさすぎたから。


 ──最中、ピタッと菜奈の声が止まった。

 菜奈の目が泳いでて、おかしなくらいに動きがカクついてる。


「菜奈、どうしちゃったの?」


 問い掛けてみると、菜奈はカクカクした動きのままで俺を見て、次に自分のスカートを見て、また俺を見遣って、その動きを繰り返した。


「……電波障害?」


「受信なんてしてないわよ!!」


 ちょっとした推察に、菜奈は突如として噴火した。そのまま、ツカツカと俺の方まで近づいてきて。


 ガシッと、肩を掴まれてしまった。

 ……なんで?


「コタ、正直に答えなさい」


「うん」


 何か鬼気迫るものを感じて頷くと、とても真剣な眼差しで問いかけてきた。とても重大で、重要なことを尋ねるみたいに。


「──コタ、パンツとスパッツ、どっちがエッチだと思う?」


「スパッツ」


 真剣さに飲まれて、迷うことなく答えた瞬間……菜奈は肩を掴んだまま揺さぶり始めた。結構な勢いで、勢いに任せて。


 って、しまった!?


「誘導尋問!?」


「違うわよっ。

 バカバカ、コタのバカ!!」


 顔が熱くなる、とんでもないことを口走った自覚があったから。


 俺はなんてことをっ!

 こんなの、菜奈のことエッチな目で見てるって自白してるじゃんか!!


「菜奈、違うんだ。聞いてっ!」


「何が違うのよっ」


「菜奈をエッチな目で見たんじゃなくて──俺、スパッツフェチなんだ!」


 このままだと菜奈を性的な目で見た事がバレて、嫌われて二度と菜奈と話せなくなる。そんな悲しい未来を避けるため、嘘を口した。


 スパッツは確かに目を引くけど、それは菜奈が穿いてくれないと単なる布だから。

 ……スパッツがパンツよりエッチだった思い始めたのも、菜奈が穿いてたからだし。


「そんなのダメッ、コタの変態!!」


「俺は変態じゃないよっ!」


「嘘つき!!」


 けど、菜奈は嘘の告解をしても、止まってくれなかった。余計に、ユサユサされるのを強くされる。


 ……おかしい、"もう、私をエッチな目で見てると思ってビックリしたわ。思春期も程々にね"、みたいな感じに和解するプランが崩れてる。


 あっ、マズイ。

 揺さぶられすぎて、頭がふらふらしてきた。

 このままだと、三半規管が壊れる!


「な、菜奈、ごめん。でもやめて!

 このままだと、頭にヒヨコが回り始めるっ。

 脳内でひよこクラブの購読が始まるっ」


「ひよこクラブ!?

 赤ちゃんには紙オムツよりもスパッツの方が良いとかいう記事を寄稿するつもりなのっ」


 ダメだ、完全に正気を失ってしまってる。もしかすると菜奈は、スパッツをエッチな目で見るのを許さない過激派なのかもしれなかった。


 あっ。


「きゅぅ」


「と、とにかくそんなのダメなんだからっ!

 私よりスパッツの方が好きだなんて、そんなのっ。…………コタ? きゃっ!?」


 バタンと、菜奈の方へ倒れ込んでしまったのを最後に、頭のグルグルする感覚に耐えられなくて、意識がプツンとなってしまった。


 ごめんね、菜奈。

 来世では菜奈じゃなくて、パンツでエッチな気持ちになれる立派な男子として生まれてくるから。

 だからどうか、嫌いにならないでください……。




「か、完全に目が回っちゃってる……」


 急にコタが倒れて、咄嗟にそれを受け止めた。

 ちょっと重い、小学生の頃なら楽々におんぶだってできたのに。


 ……そういえば、もう身長差だって1cmくらいしか無くなってたっけ。


「コタの癖に、こんなにデカくなるなんて、ナマイキ」


 弟のくせに、お姉ちゃんにこんなに意地悪して。

 ダメなのよ、そんなの……。


 倒れちゃったコタを見つめると、やっぱりかわいい。小さい男の子みたいな見た目もだけど、それだけじゃない。


 バカだけど素直で、天然だけど楽しくて、一緒に居ると私も素直になれて……私のことを一番考えててくれてる、そんなコタがかわいい。


 だから、弟って呼んでいた。

 だから、ずっと一緒にいられるって思ってた。


 ──けど、もしかして。

 ──それだけじゃ、ない?


 コタはかわいい、それは間違いない。

 けれど、今は昔のコタとは少し違った。


 大きくなった身長。

 抱きしめると分かる、広くなった背中。

 エッチな本を隠し持つようになったこと。

 ドキドキすると照れて、りんごみたいになっちゃうところ。


 全部、昔には無かったコタだ。


「もしかして……」


 そこまで考えると、流石の私も分かってしまった。コタは成長してて、ずっと子供のままじゃないんだってことを。それから……。


「こ、コタが、女の子を誘惑する悪い身体になりつつあるのね……」


 最近、私が変になっちゃう理由は、きっとそれなのだ。──コタは多分、世界一エッチな男の子の才能を秘めている。


 だから、ずっと弟として接してきた私も、なんか変な気持ちになってしまうんだ。女の子をおかしくしちゃう変なフェロモンが、コタから漏れ出ている。


 間違いない、これが一連の真相だった。

 あの掲示板で示唆されてたことは、そういうことだったのね。


「コタの、クセに……」


 勝手に、男の子から男の人になろうなんてズルい。コタなのに、触ると前までと違うなんて……そんなの反則に決まってる。


「お姉ちゃんを誘惑なんて、そんなのダメなんだから……」


 コタの顔を覗き込むと、そこには無防備な唇があって。……だからこれは、出来心だった。


 ツンと、コタの唇を突く。ナマイキなコタをわからせるために。けど、そこはまだ赤ちゃんみたいにプルプルさだった。


 まだ男の人になってない、コタの男の子の部分だ。

 ……なのに、どうしてだろう。


「ドキドキ、する」


 ここはまだ、子供のままなのに。

 そう考えると、答えがまた分からなくなりそうだった。


 そういえば、さっきのスカートが捲れた時。

 コタにじぃっと、スカートの中を見られたあの瞬間も、なんかドキドキした。


 それは、何で?


「……わかんない」


 もしかしたら、わかっちゃダメって思ったのかも。だって私は、コタの幼馴染お姉ちゃんだから。


 腕の中のコタを見つめる。

 おめめがグルグルしたまま、頭がひよこクラブに染まってしまってる幼馴染を。


「……やっぱり、かわいい」


 何か言いたい気持ちもあったけど、コタのかわいい顔を見たらどうでもよくなっちゃった。


 はぁ、とため息一つして、私は近くの公園へとコタをおんぶして運んだ。重かったけど、弟のためならお姉ちゃんは無敵なので平気だった。


「でも、デートは失敗しちゃったわね、コタ。

 本当、まだまだ子供なんだから」


 コタに語り聞かせるみたいに、自分に言い聞かせるように呟いて。私は昔みたいに、コタの頭を撫で続けた。


 それだけで、やっぱり幸せだった。




 ……でも、そんな幸せも長く続かなかった。

 コタが起きた時、とんでもないことをしでかしてくれたから。

 本当に困ってしまう。どうすればいいか、わからなくなりそうなことを。


 コタのバカ、本当にバカ……。

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