第2章 自分の気持ちがわかりたい
第8話 愛コンタクト
土曜日のこと、俺は日課の背伸び体操(近所のおじいちゃんが教えてくれた。多分、これで背も伸びるはず)を終えて牛乳を一気飲みした後、今日はどうしようかと考えていた時のこと。
ピンポンが押されたので玄関に出ると、菜奈がすごく難しい顔をしながら出てきた俺の顔を睨みつけてきた。
……そっと扉を締めて、見なかったことにする。
だって菜奈、まだ幼馴染魔王様だって思ってたこと、根に持ってそうだったし。
──ピンポンピンポンピンポンッ
すると、さっきの比じゃないくらい、ピンポン連打をされてしまった。まるで、この家は連打しないと扉が開かない仕様なんです、なんて説明を受けたみたいに。
そんなゲーム性はないし、このままだとお母さんから菜奈を締め出したって理由で、俺だけがお説教を受ける羽目になりかねない。
仕方なく扉を開けると、門扉を超えて菜奈は眼の前に立っていた。
いきなり過ぎて、控えめに言っても怖すぎるよ!
「許して、菜奈……」
「久しぶりに妹にしてあげようかと思ったわ」
「本当に許してッ!」
(男としての)尊厳の危機を迎えつつ、菜奈を家に上げる。
ここ最近、晩ごはんを俺と菜奈の家で半々ずつで食べているから、勝って知ったる人の家みたいな調子で菜奈は迷うこと無くリビングに顔を出した。
「おばさん、おはようございます!」
「菜奈ちゃん、いらっしゃい。
……お母さんでいいのよ?」
「はい、お母さん」
「違うよね?」
菜奈を背に隠して、ナチュラルに娘に仕立て上げようとしてたお母さんを睨む。このままだと、俺はお姉ちゃんになった菜奈をエッチな目で見ている、最低な弟と化してしまうから。
同じ最低にしても、幼馴染をエッチな目で見る方が姉をエッチな目で見るより百倍マシだと思うし。
「コタちゃん、奈々ちゃんはウチの子よ?」
「他所の子だよ!!」
「コタ、なんでそんな悲しいこと言うのよ……」
「菜奈がお姉ちゃんだと、俺が困るからだよ!」
ハァハァと息を切らせながら言い切ると、お母さんが”まぁ”なんて呟いている。
なんだろ、妙に若々しい顔をにぱーっとさせて、変に嬉しそうにしてるけど。
「コタちゃんったら、そういうことなのね!」
「何がですか、お母さん」
「菜奈ちゃん、実は私……まだ、あなたのお母さんじゃなかったのよ」
「そ、そんな!?」
「そんな驚くこと?」
純然たる事実を前にして、菜奈は信じられないと言わんばかりに目を見開いていた。まるで、地球が回っていることを指摘された、近世の聖職者さんみたいに。
……いやいやいや、地球は回ってるし、地球は丸いし、菜奈は姉じゃなくて幼馴染だよ。
「お母さん……」
「ごめんなさい、菜々ちゃん。コタちゃんの心の準備ができるまで、私はおばさんでいるわ」
「……はい、おばさん」
残念なことに、俺は菜奈をお姉ちゃんとして迎える心の準備なんて出来そうにない。そう自然でお母さんに伝えると、お母さんはコクリと頷いてくれた。
やっぱり家族は以心伝心だし、心も通じ合うものだよね!
「大丈夫よ、菜奈ちゃん。コタちゃんが今、大学卒業するまで待っててくれってアイコンタクトしてくれたから。
私をお母さんと呼べるのは、それからね」
「本当ですか!」
「本当じゃないよ!?」
おかしい、お母さんとのアイコンタクトが成功していない。昨日は、"今日の晩御飯なに?"って送って、"成田離婚ですって、芸能人は気が早いわね"って目で会話を交わすことに成功したのにっ!
……あれ、元から会話噛み合ってない?
「どうしよう菜奈、お母さんとコミュニケーション不全に陥ったかもしれない!」
「え、そうなの?」
「あら、そんなことないわ。今日の晩御飯はグラタンよ」
「何で今更、昨日のアイコンタクトが伝わってるのっ! でも、グラタン好きだからありがとう!!」
「どういたしまして」
今日の晩御飯が楽しみになったけど、それはそれとして。これ以上お母さんと話してると、余計にこんがらがされる気がしたから。菜奈を連れて、2階の俺の部屋に逃げ込んだ。
お母さんワールドに連れて行かれたら最後、中々抜け出せなくておかしくなっちゃうんだよな……。
それにしても、納得がいかない。
俺のアイコンタクトってそんなに通じないかな? お父さんにするとちゃんと通じるし、全部"うぬ"って返事が返してくれるんたけど。
「菜奈、ちょっと良い?」
「な、なによ。急に……」
試しに、菜奈の目を覗き込みながら"ファミチキください"と念じる。すると、菜奈は段々と赤くなって、もじもじとし始めた。可愛い。
「……伝わった?」
「こ、コタが可愛いってこと?」
「可愛いのは菜奈だよ!」
全然伝わってなかった。
残念なことに俺のアイコンタクトは、菜奈には伝わらないし、公用語にするにはあまりに言葉が足りなさすぎた。
でも、菜奈が真っ赤になってふにゃふにゃ可愛すぎるから、全部チャラだけど。
「私が可愛いだなんて……。
コタってば、シスコン過ぎよ!」
「弟じゃないですが!」
「……妹になるつもりなの?」
「なるわけないがっ!」
本当にならないから、その驚愕してるのに期待が混ざった目で見ないで。
菜奈が厨二病の時、定期的に女装させられてお姉様ごっこさせられた記憶が、俺の中でも蘇りそうになるから。
あれ、俺、さっき……。
菜奈のこと、可愛いって言っちゃってた!?
「待って菜奈、間違えた!」
「間違いって、何が?」
しまった、本当にしまった!
このままだと、菜奈のことをすごく可愛いって思ってる事がバレちゃって、俺が美少女すぎる菜奈をえっちな目で見てることも芋蔓式でバレてしまうっ。
そうなったら最後、俺は信貴山城でエロ本、"甘々幼馴染お姉ちゃんに甘やかされながら、トロトロに溶かされちゃった!"を抱えて爆死するしかなくなる。
パソコンのハードディスクを和也に託して、菜奈に嫌われないために爆散して現代の松永久秀になるしかないんだけどっ!
「違うんだよ、菜奈!
菜奈は確かに可愛いけど、それは美人さんに美人っていうような、オーロラを見て綺麗だなって言うみたいな、そんな可愛いだから!」
そう、誰がどう見ても菜奈は美少女だから。
俺が菜奈を一番可愛いって思ってて、胸がキュンキュンしまくってて世界一萌えてエッチだって思ってる事実を隠し通せることだって出来るはずなんだ!
菜奈はとっても美少女だから!!
「だから菜奈は──もごっ」
事実として可愛い、主観的でなく客観的で。
それを伝えるために更に続けようとしたところを、菜奈に口を塞がれて言えなくなる。
……菜奈の手が俺の口に当てられてるのって、何かソワソワする。結構大胆なことされてて、変な気分になりそう!
「コタ、黙って!」
けど、恥ずかしいのはお互い様みたいだ。菜奈まで、顔を真っ赤にしてプルプルしてたから。
……恥ずかしいなら、離したほうが良いよ。喋れないので目で訴えると、菜奈は顔色をピンク色から赤に余計に近くして。
「ウルウルしたつぶらな瞳で見ないで!
私が究極のブラコンに覚醒しちゃったら、どうするつもりなのよっ!!」
「んーっ!」
菜奈は姉じゃないと伝えたいのに、俺の口は未だに塞がれたままだ。だから、必死で菜奈を見つめる他にない。すると、菜奈のプルプル具合が増してきて。
「コタなのにっ、お姉ちゃんを変な気持ちにさせちゃダメでしょ!!!」
「わっ!?」
突如としてキレ始めた菜奈に解放されて、俺はその場で尻餅をついた。口を塞がれてたから息が荒くなっちゃって、菜奈も叫んだからか肩で息をしてる。
ちょっとの沈黙。
俺たちの息だけが、確かに聞こえる時間。
そこでマジマジと菜奈を見つめて、やっぱりって思う。
──やっぱりエッチだ!
長くてサラサラしてて、梳いてみたくなる髪。
吊り目気味だけど、笑ってる時は柔らかくなっている目。
スリムだけど、薄着になると意識しちゃう胸の部分。
足の膝まで隠してる黒のニーソに、オシャレして短くなってるスカートから見えちゃうスパッツ。
──全部が全部、エッチだった。
「ごめん菜奈、ちょっと席外していい?」
「っ、勝手にすれば!」
何故だかプンプンしたままの菜奈を置いて、俺はトイレへと駆け込んだ。勿論、おしっこでもうんこでもない。
菜奈に聞かれない場所で、相談するためだ。
携帯で迷わずに連絡先を選択し、発信する。
数度の呼び出し音の後、応答してくれたのは当然和也だった。
『何だよ、こんな朝っぱらから。
俺、今から部活なんだが?』
「聞いて和也。俺、菜奈と部屋に二人きりになっちゃって!
このままじゃ間違って勃起しちゃうかもしれないんだけど、どうにかならないかな!」
『知るか、死ね!』
電話がブチ切られたので、リダイヤルする。
10秒くらいしてから、また和也は応答してくれた。
「聞いて和也。俺、菜奈と部屋に二人きりになっちゃって!
このままじゃ間違って勃起しちゃうかもしれないんだけど、どうにかならないかな!」
『何で一言一句違わずに繰り返すんだよ、懲りろよ』
「和也しか相談できる相手がいないんだ!」
『ウゼーッ』
そう言いつつも、和也は耳を傾けてくれる。
間違いなく、俺の一番の親友だった。
「それで和也、どうすればいいと思う?」
『部屋とかいう密室にいるから、変な気分になるんだ。出ろ、部屋から』
「それだよ!」
指摘されたことは単純だったけど、でも和也の言う通りだった。
部屋で二人っきりだから、菜奈のことしか見えなくなるんだ。
だったら、言われた通りに今日は菜奈と出掛けるのが正解なんだと思う。
「和也ありがとう、今度マック奢るから!」
『ビッグマックだからな』
「ついでにシャカシャカポテトもつけるよ!」
『マックシェイク寄越せ』
「仕方ないなぁ」
仕方ないから、シャカシャカポテトをシェイクして渡すことにした。
炭酸の飲み物はシェイクすると許してくれないだろうから、楽しくシャカポテするんだ。
『おう、じゃあな』
「うん、またね!」
電話を切り、早速部屋へと戻った。
一刻も早く、エッチな目で菜奈を見ないで住む場所にいかないと。
流石に俺も、外で菜奈を見ておっきくなる変態じゃないはずだから!
「菜奈、出かけよう!」
扉を勢いよく開けて、勃起しないための旅路へと菜奈を誘った。
エクソダス、しよう!
「……コタが、甲斐性を見せてくれた?」
俺を迎えてくれた菜奈は、鋭い目をまん丸にしながら驚いてくれてた。
……気になって股間を確かめたけど、俺の俺が伸長してた訳じゃなかったよ!
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