第6話 初めてのわからせ

 俺を鳴海家に拉致した菜奈は、冷たい目でこっちを見下ろしていた。

 まるで、"今から女の子にしてあげるわ。そうしたら、ホモじゃなくてヘテロになれるわよ。良かったわね?"とでも言いたげな瞳だった。


 俺、今から去勢された挙句にTSして、和也の嫁にならなきゃいけないの!?


「待ってよ菜奈、去勢しないで!

 切ったら二度と生えて来ないんだ!!」


「そんなに高藤君の一物が大事なの?」


「大事! ……ん?」


 俺のじゃ、ない?

 もしかして、俺よりも和也にヘイトが向いちゃってる?


 そうだとしたら、あまりに申し訳ない。

 もし和也が失ってTSしちゃったら、嫁に迎えてあげないと行けないくらいには。


「菜奈、和也を女の子にして一体どうするつもりなの?」


「高藤君が男子なのがいけないの。

 切除すればきっと、人の彼女を取る女の子に変わるはずよ」


「な、なるほど!」


 流石は俺の幼馴染、考えていることが俺とそんなに変わらなかった。


「つまり和也を女の子にして、俺を異性愛者にしてくれようってことなんだね!」


「…………違うわ」


 世話焼きの菜奈が、俺の恋路(偽)を応援してくれてるんだと納得したところで、菜奈はどうしてだか首を振る。

 じゃあ、なんで和也をTSさせようとしてるんだろ?


 ……ま、まさか!?


「菜奈は角刈り系女子が好みだけど、そんな人は周りにいないから、身近な和也をTSさせて済ませようってこと!?」


 菜奈の深遠な計画、その一端を感じ取れた俺は戦慄を隠せなかった。

 他人のエロスを馬鹿にしてはいけないけど、ちょっとマニアック過ぎやしないかな?


「どんなレズなのよ、違うわよ!」


 違ったみたい。


「全く、コタはバカバカね。

 私がいないと本当にダメなんだから」


「……本当に新世代のレズビアンさんじゃないの?」


「どれだけ私をレズに仕立て上げたいのっ。

 違うわよっ!!」


 本当に違うみたい。


「やっぱりコタが好きなのって、女の子同士でイチャイチャすることなの?

 ……去勢、するつもり?」


「俺を去勢させて、去勢した和也と一緒に百合をすることが菜奈から逃げた罰になるのか?」


「ならないわよっ!」


 違う、そうじゃないわよ! って菜奈が息を切らしながら俺を睨んでいた。何で?


「なんでくっつく先が、どっちも去勢された高藤君なのよ。

 ……そんなに好きなの、高藤君のこと」


「べ、別にあんなやつのことなんか好きじゃないし!」


「ガチっぽい反応しないでっ」


 嘘でしょ、コタ……と呟いた菜奈のセリフが聞こえてきて、俺もどうしようかと頭を抱えた。


 シラを切り続けて菜奈からホモ扱いされるのはそれで良いが、このままだと俺も和也も去勢されてTS百合カップルとして学校からチャイムの鐘で祝福されかねない。


 和也が女子になってしまったら責任を取ると言ったけど、俺まで女子になるのなら菜奈のお嫁さんの方がまだ良かった。

 あと、いまさら女子になるのだって嫌だよ!


「…………ごめん菜奈、実は俺ホモじゃなかったんだ」


 結局、手立てを考えられずに俺は白旗を上げてしまっていた。多分、あの時にどうして嘘を吐いたのかって聞かれる。そしたら、正直に答えるしかないのかな。

 菜奈をエッチな目で見てしまってて、それをバレない様にホモのフリをしましたって。


 こんなこと言ったら絶対避けられるし、ずっと仲良かった菜奈に嫌われるのがイヤすぎる。でも、他にロクな言い訳を思いつかないし……。


 考えれば考えるほどに動悸が感じられて、背筋に冷たい汗が流れていく。まるで、有罪判決を待っている被告人。俺はこのまま、エロスの罪で断頭台送りにされるんだっ。


 思わず俯いて、来るだろう質問に怯えながら俯いて。

 そんな絶望の中で、菜奈は……。


「良かったぁ」


 どうしてだか安心した声で、そんなことを呟いていた。


「良かった?」


 恐る恐る顔を上げると、そこには安堵している顔の菜奈が居て。


「……怒ってないの?」


「怒られたかった?」


「怒られたくなさ過ぎて怖がってた」


「そうなのね、悪かったわコタ。でも、しょうのない嘘を吐いたのが一番悪いんだから」


 冗談は笑えるものにしなさいよって、頭を軽くコツンとされる。ごめんなさいと謝りつつ、何が怒ってるのかわからない不思議な感じがする。

 いつもだったら、ここから追求が始まるはずだから。


「……ごめんなさい」


 取り敢えず、素直に謝れた。

 自分が意味不明な嘘を吐いて、困らせていたと認められたから。今日の菜奈は変なこと言わない気がして、安心できたというのもある。多分、今日の食卓に、エロ本が並ぶことはなさそうな感じ。


「謝れたわね、偉い偉い」


 しかも、今日はお姉さんモードに入ってるのか、頭まで撫でてくる。中学一年生くらいまでしか、頭を撫でられた記憶なんてないのに。

 ……あれ、いつもより子供扱いされてる?


「菜奈、急にどうしたの」


「どうしたって何が?」


「その、子供扱いされてるなって」


 いつもは、少し抗議すると菜奈は一旦手が止まる。でも、今日はそうじゃないみたいだ。


「子供扱いじゃないわ」


 そんなこと言いつつ、まだ頭を撫でられた。昔に戻ったみたいで、頭が混乱する。

 俺、菜奈と身長差が1cmくらいになったよな? ちゃんと成長して、もう高校生のはずだけど……。


 菜奈は、どうしてだかニコニコしていた。


「そうかな?」


「そうよ、これは幼馴染扱いだもの」


「幼馴染、扱い?」


 よくわからないことを口走られて、考えてみたけど全然わからなかった。頭を撫でられることと、幼馴染であることに何か関係性ってあるんだろうか。時々、菜奈のことが分からなくなる時がある。今がそうだった。


「分からない?」


「うん」


「そう──わからせてあげるわ」


 菜奈は、どうしてだか座っていた俺を膝の上に乗せて、後ろから抱きしめた。更に意味が分からなかった。なぜに?


 ……待って、菜奈の身体が柔らかいんだけど!?

 背中に何か当たってる気がする、何が当たってるの!?


「菜奈、待って!

 これ照れるから、恥ずかしいから離して!」


「わかった?」


「何が!?」


「わからないのね」


 何故かお腹に手を回されて、ギュウっと抱きしめられていた。本当に意味がわからない、わからないままに堕ちそうなんだけど!!


「コタの心臓、ドキドキしてる。後ろからでも、ちゃんとわかるのね……」


 ぎゃーわーっ! 不味いまずいマズイっ。

 このままだと俺の気持ちが、菜奈にエッチな気持ちを抱いてることがバレるっ。それだけは、それだけは阻止しないと!!


「わからないけど参った! 降参するから!! 許して菜奈!!!」


 でも、暴れて菜奈が怪我とかしたら嫌で、俺にできることといえば、素直に白旗を振り回すことだけだった。


 このままだと、封印されている下の俺が起きる。それだけは、絶対に許されない起立だったから。


「……要するに、わかったのね」


「そうかもしれない!!」


 そう言うと菜奈は、耳元でこそっと呟く。


「良かった」


 そう言って、菜奈は俺を解放しなかった。

 菜奈のバニラにも似た匂いが、体温が、凛とした声が俺の五感を蹂躙していく。


 もしかすると俺は許されてなくて、菜奈に堕とされる罰を受けてしまってるのかもしれなかった。


「コタ、正解はね……」


 そんな中で、優しく菜奈は耳元で囁いた。


「──幼馴染からは逃げられない、よ」


 ……俺の幼馴染は、魔王様か何かなのかな?


 でも、逃げられないのは事実で。

 俺は抵抗するのを諦めてしまった、これが流されて身体を許すってことなのかな。

 今、こうして抱きしめられてることは、実質エッチしてしまっているのと同義かもしれなかった。


「わかってくれて、嬉しいわ」


 ここ最近聞けていなかった、菜奈のとても弾んだ声が俺の耳に入ってきて……俺は、強張っていた身体の力が抜けてしまっていた。

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