第7話 幼馴染暗黒四天王

「どうしよう和也。菜奈はもしかしたら、異世界転生してきた魔王の生まれ変わりかもしれない……」


「お前は何を言ってるんだ」


 菜奈が魔王だということを分からされてしまった翌日、俺はことの次第をお昼休みに和也へぶちまけてしまっていた。


 もしかすると、二人だけの秘密だったのかもしれないけど、俺だけで抱えるにはあまりにも大きな問題だったから。


 なので、昨日の話をして。

 フンフンと頷いていた和也は、聞き終えてから一言。


「幼馴染からは逃げられないんだろ、おめでとさん」


「何もめでたくないよっ!

 このまま俺が、幼馴染暗黒四天王として和也の前に立ち塞がってもいいの!?」


「他の四天王誰だよ」


「全部俺だよ!!」


 幼馴染暗黒四天王。

 それは菜奈の幼馴染である俺が、それぞれの形態で現れる闇堕ちした姿。


 闇堕ちして、厨二病に目覚めた俺。

 妹堕ちして、女装して現れる男の娘な俺。

 ホモ堕ちして、アヘアヘビデオレターを送ってくる俺。

 エロ堕ちして、エッチな単語を口走り続ける俺。


「そんな俺が相手になるんだよっ。恐ろしくないの!?」


「絶対弱い」


「弱くないがっ」


 恐怖という感情がないのか、和也に鼻で笑われた。

 人の心、ないのかな?


「俺は、怖いよ……。厨二病に目覚めたり、女装したり、ホモになったり、エロを解き放っている自分の姿が」


 想像するだけで、震えが止まらなくなるし。この恐怖を、和也はわからないっていうの?


「見るに耐えないからか?」


「そうだよ!」


 そうなったら最後、俺が社会的に抹殺されてしまい、今後は暗黒引きこもり四天王として暮らしていくしかなくなってしまう。


 かくも恐るべき未来、俺が破滅している世界線がそこにはあった。


「そんなの嫌だよ!」


「なるな、そんなもん」


「俺だってなりたくないっ」


 恐怖のあまり半泣きで縋り付くと、和也は無茶苦茶ウザそうにしながらも一緒に考え始めてくれた。 

 やっぱり和也は親友だよ!!




「で、結局のところ、何をどうすれば解決なんだ?」


「幼馴染暗黒四天王なんかになりたくないっ」


「もう一度言うが、ならなくていいだろ」


「何言ってるの、和也。菜奈が魔王だったら、俺が味方してあげないといけないでしょ!!」


「何なんだよ、お前は!」


 当然のことを言ったのに、和也は突如としてキレそうになっていた。

 ……今更、幼馴染暗黒四天王の恐ろしさに気がついて、恐怖してるのかな?


「イチャイチャするなら、本人とやってろ!

 なんでまず俺に惚気に来るんだよっ!!」


「真剣なお悩み相談だよ!」


 違った。何でか和也は、俺が菜々とラブラブカップルだと思い込んでいるみたいだ。

 デートどころかお出かけしかした事ないのに、何をどう勘違いしちゃってるんだろうか。


「……真剣に、幼馴染暗黒四天王になりたくないのか?」


「真剣に、幼馴染暗黒四天王になりたくないよ!」


 けど、やっぱり和也はどこまでも良いやつだった。俺の言うことを面倒そうにだけど聞いてくれて、はぁ、とため息一つ。

 それから、億劫そうに立ち上がった。


「和也?」


「ちょっと待ってろ」


 悩んでくれ過ぎて、トイレに行きたくなってしまったのか。そのまま和也は、しばらく帰ってこなかった。大きい方、なのかな?




 そして、10分くらいして戻ってきた和也は、ちょっとスッキリした顔をしていた。


 そっか、不機嫌そうだったのは、大きいの我慢しながら相談に乗ってくれてたからだったんだ!


「ごめん、和也。苦しかったよね……」


「悩みの程度に対して、深刻な顔で謝んなよ」


「だって……感じる便意は、何事にも変え難かったと思うから」


「便所に行ってたんじゃねーよ」


 便所じゃ、ない?

 ……そんな、まさか。


「和也、嘘だよね?」


「何で便所にこだわんだよ、ちげーって」


 便所に拘らない、そんな和也はもしかするとワイルドなのかもしれなかった。


 ──でもっ、そんなの。

 ──許されないことだからっ。


「和也、今すぐ先生に自主しようっ。

 ウンコ我慢しすぎて、トイレ以外のところでしちゃったって」


「何でそうなる!?」


「大丈夫、恥ずかしがらないで。和也は男前だから、野生に還りすぎてトイレの使い方を忘れちゃったって言えば、先生もわかってくれる!」


「それで分かるのは、俺がウキウキ猿になりながら外でウンコしたってことじゃねぇかっ。殺すぞ!」


「……してないの?」


「するわけないだろっ」


「……じゃあ、10分何してたの?」


「こいつに全部、事情を説明してたんだよ」


 和也が人差し指で、ピッと指した方角。そこには──信じられないバカを見る目をして俺を見ている菜奈の姿があった。


「どういうこと!?」


「小太郎、本当にお前がバカすぎるから、全部鳴海にゲロってきたぞ」


「なんてことをっ!」


 俺が幼馴染暗黒四天王になりたくない、そんな事情を菜奈に全てぶちまけてきた。和也の行為は、明らかに裏切りでしかなかった。


 菜奈がそんな事実を知ったら、俺が菜奈を嫌いになったとか邪推されるだろ!

 なんてこと、してくれるんだよ!!


「違うから、菜奈!

 これは和也の陰謀なんだ!」


「……何が違うの?」


「俺は菜奈を裏切らないし、ちゃんと幼馴染暗黒四天王するよ!」


 ハッキリと忠誠を誓う言葉を口にすると、菜奈はしばらく黙り込んで。和也はひっそりと、裁判を受けてる俺を尻目に、この場を後にしていた。


 う、裏切り者!!


「ねぇ、コタ、ちょっと良いかしら……?」


 全然ちょっとって雰囲気じゃないまま、菜奈は魔王様な笑みを浮かべていた。全然良くないから、一歩下がるとその分だけ詰めてくる。


 そうして、下がって詰められてを繰り返しているうちに、いつの間にか校舎の壁際まで追い詰められてしまっていた。


 ……俺、死ぬのか?


「さ、最後は痛みのない様に……」


「なんで私がコタに酷いことする前提なのよっ、違うわ。聞きたいことがあるだけ」


「聞きたい、こと?」


 何だろう、俺に四天王の位は高すぎたってことなのかな?


「──昨日、コタは何が分かったって言うの?」


「え、菜奈が異世界幼馴染魔王様で、冥王だってこと……」


 ハッキリ誤解のないように告げると、菜奈はガシリと俺の肩を掴んで。そのまま、ゆっくりと揺さぶり始めた。


 ちょっとずつ、揺さぶるスピードが上がってきてるっ。


「な、菜奈?」


 このままだと、赤ちゃん体験型スペクタクルアトラクションとして売り出せるくらい、超高速で揺さぶり続けられてしまう。


 そんな恐怖から、菜奈を落ち着かせるために声をかけて。

 ──菜奈は一向にやめる気配をみせないまま、ブチ切れ始めたのだった。


「異世界幼馴染魔王様って何よ!

 バカにしてるでしょ、ううん、コタがバカすぎるのねっ」


「バガじゃないよ!」


 俺の必死の声なんて聞こえてないみたいに、菜奈はユサユサするのを早めていく。

 さ、三半規管がおかしくなる〜っ。


「昨日わかってくれたって言ってたから、嬉しかったのに! 何にもわかってないじゃないっ、私は異世界幼馴染魔王なんかじゃないわよ!!」


「じゃあ俺は、幼馴染暗黒四天王じゃないってこと!?」


「一人で四天王なんて、おかしいでしょ!」


「確かに!」


 菜奈に論破されて、俺は目が覚めた。

 何で俺、一人で四天王になろうって思ってしまったんだろう。彼の戦国時代にあった龍造寺四天王ですら、五人で四天王を名乗ってたのに。


 でも、分かって安心できたよ!


「菜奈、ありがとう!

 俺は幼馴染暗黒四天王なんかに、絶対にならないから!!」


「そんなのどうでもいいから、今度こそわかりなさい!」


 どうでもいいって言われた。

 今日はそれでいっぱい悩んでたのに!


「何をわかれって言うのさ!」


 俺の叫びに、揺さぶられるのが小さくなって。菜奈の顔が……寂しそうなものに変わっていく。そんな菜奈の顔を見たら、いてもたってもいられなくて。


「菜奈、なんかわからないけどごめん」


「何かわからないまま、謝まらないで。ちゃんとわかりなさいよ……」


 思わずごめんと伝えたら、菜奈は謝罪を受け取るのを拒否して。

 代わりに、わかってと口にしたのは……。


「コタは弟で、幼馴染で、大切で、可愛くて、バカで、ほっとけないの」


 訥々と、菜奈の中の俺が語られていく。

 恥ずかしくて、むず痒くて、ソワソワして……嬉しい。

 そんな言葉たちを口にして、そして。


「だから、離れようとしちゃダメ、絶対よ。そんな寂しいの、ダメなんだから……」


 菜奈に、ぎゅーっと抱き締められた。

 柔らかさと匂いが、ふんわりと伝わってくる。


 いつもの俺だったら、こんなことされたらエッチな気持ちになったかもしれない。

 ……でも、今は菜奈がこんな顔、してるから。


「幼馴染からは逃げられないって、そういう意味だったんだ」


「そうよ、馬鹿コタ。

 ……わかって、くれた?」


「うん、わかった」


 菜奈は、俺と距離ができることを、本当に嫌がってくれてたんだ。だから、一生懸命に色々してくれていた。それがわかったから。


「意地悪なこと、しちゃってた?」


「そうよ……。コタのクセに、お姉ちゃんに逆らっちゃダメ」


「ご、ごめん」


 だって、エッチな気持ちが……なんてことは、絶対に口にできない。でも、菜奈の気持ちを無碍にするなんてこと、絶対にできないから、


「明日から、一緒に登校するよ」


「一緒にご飯は?」


「……ば、晩御飯だけなら」


「なら、一緒にお風呂は?」


「それは流石に無理!」


 コタのクセにナマイキなんだから、って呟きが何だか心地良い。もしかすると、俺自身も菜奈から離れたいなんて思ってなかったのかもしれない。


「……今は、これだけで許してあげる」


「うん」


 その言葉に頷いたら、菜奈は俺の頭を撫でてくれた。何だか落ち着く、ちょっと昔を思い出せた時間だった。






 この仲直り? の後から、誰も見てないところで菜奈が頭撫でたり、ギュッしようとしてくるようになったんだけど、どうすればいいんだろう……。

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