第47話 ケンカになっちゃった

 そのあとで、文化センターのホールに向かった。

 いつもこのホールで昼間、体力作り作戦……追いかけっこや、おにごっこ、ドッジボールをする。見なれた体育館なのに。

 夜のホールは、なんだか、違う場所みたいだ。


 真名子先生が用具室を指さす。

「さあ! ふとんしくぞ!」

 みんなで用具室に行って、マットを出した。桃太くんはひとりで二枚かかえて、笑さんとタケシくんはふたりで一枚の両端を持って運ぶ。


 オサミさんが、みんなが運んだマットを、並べ直している。

 丸く、花びらみたいに放射線状に。絵里奈は思わず感心した。

「そっか、こんなに広いんだもん、いいよね」

 マットがふとん。折りたたんだタオルがまくら。こうすればみんな、頭をつきあわせて眠れる。あとはひとり一枚のタオルケット。

 これで寝る準備はできた。


 先生がパンパンと手を叩いた。

「よし! 寝る前にアレをしなくちゃな。と、まずは着替えないと」

 それぞれ、用具室で、順番に着替えた。

 絵里奈は前に買ってもらって一度もきていなかったパジャマを着た。チェックのシャツとショートパンツだ。笑さんは、水玉のパジャマで、オサミさんは、Tシャツと短パン。

 男子もそれぞれ、寝る服に着替えた。

 なぜか真名子先生は、さっきまで着ていたのと同じ白いTシャツと緑色の3本線のジャージだ。

「先生、着替えないの?」

 絵里奈がたずねると、先生は、Tシャツの首回りをひっぱって見せた。

「何言ってるんだ。これ見ろよ。さっきと違うだろ。首が伸びたTシャツをパジャマにしてるんだ」

 よく見ると、ジャージも、少し色があせている。


「ビンボーくさい」

 真名子先生から離れたところで、大牙くんが小声でつぶやいたのが聞こえてしまった。

「そんな言い方ないじゃない」

 絵里奈の言葉に、大牙が、にらみかえしてきた。

「本当のこと言って何が悪いんだよ」

「悪いよ! 悪口じゃん」

「ああそうですか、はいわかりました」

 口先だけであやまって、わざとおこらせようとしているみたいだ。絵里奈は深呼吸した。


 視線を感じて振り向くと、笑さんとタケシくんが心配そうな顔で立っていた。

 いつのまにか、絵里奈と大牙くんのまわりにみんなが集まってきている。絵里奈は、大丈夫と目で伝えて、大牙くんに向き直った。

「あたしに言いたいことがあるなら言って」


「別に」

 大牙くんは顔をそむけた。

「お願い。悪いところがあったら直すから。あたし、ここに来て本当に思ったの。今までは自分がしてあげたいって思うばかりだった。だけどここで、みんなと先生に教えてもらって、みんなの役に立ちたい、よろこんでもらいたいって本当に心から思ったの」

 大牙くんが絵里奈に目をむけた。その瞳には、怒りがくすぶっている。

「じゃあ、そうすればいいだろ。おれ以外に」

「大牙くんにもよろこんでほしいから」

「ほっといてくれ」

「でも!」

「うざいんだよ」


 大牙くんにそう言われたのは二度目だ。

 絵里奈は、ぐっとくちびるをかみしめた。本当はもう、引くべきときなのかもしれない。真名子先生が、離れろと言ったように。

 でも、ここで引いちゃだめだって思った。

 一歩前に出た。

「あたしのどこがどう、うざいのか教えてよ」


 大牙がふんと鼻で笑った。

「そういうとこだよ。なんで教えてもらうのに、上から目線なんだよ」

 絵里奈はガマンした。

「ごめんなさい。教えてください」

 頭も下げた。歩み寄れるだけ歩み寄ったつもりだ。それなのに……。

「おれのこと、バカにしてるだろ」

 大牙くんは、うたぐりぶかい目でにらみつけてくる。

「してない」

「あんたは、人を見下してるんだ」

 プチッと何かが切れる音がした。


「してないって言ってるじゃない! それよりあんたはどうなのよ。あたしのことだけじゃなく、サバイバル教室のみんなのこと、本当は心の中でバカにしてるんじゃないの」

 大牙くんの表情が変わった。

「ああ」その瞳に、燃えるような怒りがよぎる。

「ここにいるのはみんな、役立たずのクズばっかりだろ」

 頭にカッと血がのぼった。

「もう一回言ってみなさいよ! ゆるさないから!」

 思わず声を荒げた。


 にらみあう一触即発のふたりの間に、真名子先生が割って入った。絵里奈は、残念と思いながらも、どこかほっとしていた。

 ところが……真名子先生は、「ちがうちがう」と手をふった。

「おれは止めにきたんじゃない。いい機会だ。思いっきりやれ。お互いに言いたいことを言っとけ。腕力でやりあうのは認めないが、言葉でのバトルは、おれが許可する」

 心配顔の桃太くんがつぶやいた。

「ケンカはいけないんじゃ……」

「心配するな。フェアなバトルにする。おれがレフェリーになるからな」

 大牙も絵里奈も、ぽかんとして先生を見上げた。


 先生は、平然とした顔で桃太くんに説明し始めた。

「あのな、ケンカはいけないなんて、だれが言った? ケンカっていうのはな。対等な者同士にしかできないんだぞ。どちらかが強かったら、ただのイジメになっちまう。この教室のおまえらはみんな対等だからな。それに」

 先生は、手に、なぜか今日の夕食のカレーにつかったナベを持っている。

「どんなバトルにも禁止事項がある。目つぶしとか金的とかな。言葉のバトルでの禁止事項は、相手と相手の家族の肉体的な特徴をバカにすること。おまえのカーちゃん、でーべそ! とかな! 持って生まれた体の特徴は、本人にだってどうにもならないことだからな。それから、死ねと殺すは絶対ダメだ。一発退場! それに近い言葉はレッドカードとイエローカードを出す。さあ、向き合って!」

 真名子先生は、両手に持ったナベとふたを頭上にかかげて、叩き合わせた。

「試合開始!」

 カーンと明るくつきぬけた、戦いのゴングが鳴った。


 絵里奈はふたたび、大牙と向き直った。

 まさか、こんなことになるとは思ってもいなかった。

 でも、真名子先生が見ていてくれるなら、なんでも言える。そう思える、大きな安心感があった。


 絵里奈が先に口を開いた。

「大牙くんでしょ。爆破予告書いたの」

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