第6章 合宿!

第46話 おやつは別腹!

 絵里奈たちは、サバイバル教室のある、文化センターの調理室にいた。

 調理室の時計は、夕方の5時。いつもなら、とっくに家に帰っている時間だ。


 大牙くんが、にんじんの皮を器用にくるくるとむいていく。

 うずうずしながら見ていた礼王くんが手を出した。

「おれもやるー!」

「だめだ」

 そっけなくことわられた礼王くんがかわいそうで、絵里奈は思わず口をはさんだ。

「やらせてみればいいじゃない」


 大牙くんが、絵里奈の指先をじろりとにらんだ。さっきタマネギを切っていて、ほんのちょっとだけ指を切ってしまったのだ。バンソウコウもはったし、もう痛くない。

「あ、あたしだって、練習すれば上手になるし」

 絵里奈の言葉に、大牙くんがこめかみをぴくりとさせた。


 にらみあうふたりの間に、タケシくんがとりなすように入ってくれた。

「ほら、礼王くんはピーラーを使うといいよ」

「ピーラー?」

「皮むき器だよ。こうやってつかうんだよ。一緒にジャガイモの皮むきしようか」

 タケシくんが礼王に、皮のむき方を教えている後ろで、桃太くんがタマネギを切りながら、涙をぬぐっている。

 桃太くんは、涙を流しながらもうれしそうだ。

「文化センターでキャンプできるなんて思わなかったよね」

「大丈夫? タマネギ切るの、やっぱりあたしがやろうか?」

 絵里奈の言葉に、桃太くんは、首をふった。

「ううん、大丈夫。絵里奈さんはサラダよろしく」

 桃太くんはちゃんとことわれるようになってる。それがうれしい。


 笑さんと一緒に、バンバンジーサラダ作りにとりかかる。

「じゃあ、あたしはもやしをゆでるね」

 と、もやしの袋をざるにあけたところで、鍋を戸棚から出そうとした笑さんとぶつかった。

 絵里奈の手からざるがすべりおちる。

「わっ!」

 もやしが床にぶちまけられてしまった。

 礼王くんが「わああ」と言いながら飛んできた。

 笑さんは、もやしを見下ろしたまま、凍り付いている。


「ごめんね、大丈夫?」

 肩に手をかけると、笑さんがビクッと身体をふるわせた。

「ご、ごめん、なさい、ぶつかって」

 絵里奈は、笑さんにまっすぐに向き直って、にっこりと笑ってみせた。

「大丈夫だから、ね。大丈夫」


 絵里奈はしゃがんでもやしをひろいはじめた。すぐに笑さんもしゃがんだ。礼王くんもいっしょにひろってくれた。

 7人分のバンバンジーに使うはずだったもやし2袋がぜんぶこぼれてしまった。

 笑さんが泣きそうになっている。

「大丈夫だからね。今日はもやしなしのバンバンジーにしようよ。そのほうがおいしいよ」


 ひろいながら、絵里奈は、オサミさんに声をかけた。

「先生にパソコン借りて調べてもらえるかな。もやしなしのバンバンジーのレシピ」

 オサミさんが、手早く調べてくれた。

 キャベツの千切りがもやしの代わりに使えるということがわかった。

「笑さん、よかったね」

 笑さんは、また、泣きそうな顔になった……でもよく見たらそれは泣き顔じゃなくて、一生懸命、微笑んでいるのだった。

「絵里奈さん、ありがとう」


 絵里奈も、笑顔を返した。

「初めて笑さんの笑みを見たよ」

 絵里奈は、笑さんの正面に向き直った。

「笑さん、ありがとう」

「……どうして?」

「あたしね。だれかの力になりたいの。お手伝いしたいの。だから、お手伝いさせてくれてありがとうって言いたかったんだ」

 笑さんが首をふる。絵里奈は先回りして言った。

「ヘンだよね。うん。でもここでは、ヘンでも変わっててもいいんだって、真名子先生が言ってくれたから」

 笑さんが、今度ははっきりと笑顔を見せてくれた。


「さあ、続きを作っちゃお」

 絵里奈はうでまくりした。

 さっきから、大牙くんがひややかな目をむけてきていることには気づいてる。でも、気にしないことに決めた。

 普段から料理をしているという笑さんは、作るそばから調理器具を洗って片付けてくれたし、桃太くんはひたすら20分間、こがさずにタマネギをいためるという地味で暑い作業を、いやがりもせずに完璧にこなしてくれた。


 そのあいだずっと、真名子先生は別のテーブルで何か作っていたみたいだ。

 7時には、調理場のテーブルの上に、真名子先生の分も入れて、八人分の夕食がそろった。カレーとバンバンジーサラダ、たまねぎのスープ、一部、ちょっとしたトラブルはあったけれど、無事完成した。


 席につくなり、スプーンを持って食べ始めようとする礼王くんを、絵里奈がたしなめた。

「いただきます、しよう」

 みんなですわって、大きな声で「いただきます!」をした。

 礼王くんがごはんつぶをほっぺたにつけたまま、満面の笑顔で笑う。

「うんめえ〜!」

 礼王くんのコップがカラになると、タケシくんが、すっと席を立った。水の入ったピッチャーを持ってきて、みんなのコップに水をついでくれた。

「うん、ありがとう」

 タケシくんはさりげなく気をつかってくれる。

 そんなみんなを、真名子先生は、ニコニコしながら見ている。


 早くもカレーを食べ終えた礼王くんがスプーンをかかげた。

「おかわりぃー!」

 席を立とうとするタケシくんを、真名子先生がたしなめた。

「ほら、礼王、自分でよそえ。自分で食べられるだけ入れるんだぞ」

 注意されたのに、礼王くんは結局、おかわりを入れすぎて、最後は、お腹がパンパンになった。


 まるくふくれたお腹を出して、そっくりかえってイスによりかかっている礼王くんに、絵里奈はぷっとふきだしてしまった。

「残せば良かったのに」

「だって、みんなで作ったバーベキューだもん」

 バーベキューじゃなく、カレーだけれど、礼王くんの言いたいことはわかる。

 ふつうのカレーなのに、こんなにおいしかったのは、みんなで一緒に作ったからだ。コンビニ弁当は残せても、みんなで作ったカレーは、一口だって残せない。


 真名子先生がそわそわと調理台のほうを見ている。

「先生、まだ何かあるんですか?」

 絵里奈が聞くと、先生は、苦笑した。

「でもなあ、もうみんなお腹いっぱいだろう? いちおうデザートにプリンをつくっといたんだが」

「食べたい!」

 みんなできれいにハモった。デザートは別腹だ。

 プリンまで完食して、みんなで片付けをした。

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