第7章 勝者は誰?

第48話 戦いのゴングがなりひびく!

 文化センターの体育館のまんなかで、絵里奈と大牙が向き合っている。

 イジメサバイバルのみんなと真名子先生がふたりをかこむ。


 絵里奈は大牙くんにつめよった。

「ずるいよ。合宿したくないなら、したくない理由をちゃんと言えばいいのに、爆破予告状で止めさせようとするなんて」

 大牙くんは、絵里奈の反応をうかがうようにたずねた。

「おれが書いたっていう証拠があるわけ?」

「証拠はないけど」


 口ごもった絵里奈に、大牙くんがせめこんできた。

「ほら、証拠もないのに、犯人よばわりだ。おれは、いつもそういうあつかいを受けてきたんだよ。集金袋がなくなると、おれがうたがわれる。おれんちがビンボーだから。あんたんち、金持ちなんだろ。キャンプ代を出すって言ってくれたって、礼王がよろこんでいたよ」

 絵里奈はハッとした。大牙くんは、聞いていたのだ。キャンプのお金のこと。そのあと、文化センターでの合宿になったから結局、お金はかからないことになったけれど、言ってしまったことはとりもどせない。

 それに関しては、もう、あやまるしかない。


 絵里奈は深く頭を下げた。

「ごめんなさい。キャンプ代のこと、あたしが、まちがってた」

「知らないんだろ。ビンボー人のこと。知らないくせに、かわいそうだから助けてあげたいって、どんだけ上からなんだよ」

 大牙くんは鬼の首をとったかのように、絵里奈の痛いところをついてきた。

「野良猫のエサの話してただろ。こないだの授業で。おれたちビンボー人は、かわいそうな野良猫と同じなんだろう? 何様なんだよ。人のことをわかろうとするのが先じゃないのか。聞きもせずに、知ろうともせずに、なにが人のためだよ。あんたのそういうところがムカつくんだ」

 大牙の言葉が、絵里奈の心に刺さった。ひとつひとつ、もっともだった。


 レフェリーとして、禁止事項は注意すると言っていた真名子先生ももちろん、何も言わない。ナベを手に持ったまま、だまって立っている。

「ごめんなさい」

 うなだれてわびることしかできなかった。でも、分かってほしいと思った。

「こわかったの。聞くのが。聞いていいのかもわからなかったし」

 頭を上げて、大牙くんを見つめる。

「礼王くんは何を聞いてもいつも素直に答えてくれた。でも大牙くんには、聞いちゃいけないような気がしてた」

「言いたくないだろ。ビンボーな話なんて。それに、あんたのこと、信用してないし」

 大牙の言葉がとどめをさした。その通りだ。


「そうだよね。信頼されなきゃ、助けることなんてできないよね。あたし、思い上がってた。桃太くんや笑さん、クラスのみんなを助けることができたから、大牙くんのことも」

「おれは、ついでか」

「違うよ!」

 絵里奈は、大きく首をふった。


 大牙くんの瞳をじっと見つめる。はじめて会ったのは、こども食堂だった。明るくて無邪気な礼王くんと対照的に、大牙くんには、どこか暗い影があった。でも……。

「違うよ。最初からだよ。最初会ったときから」

 瞳の奥で、炎がもえあがったような気がした。

「サバイバル教室でボランティアすればいいって言ってくれたでしょ? あたし、あの言葉に救われたんだよ。大牙くんが先にあたしを助けてくれたの」

 絵里奈はもう一歩ふみこんだ。

「上からなんて思ってないよ。真名子先生も言ってたでしょ。このクラスのみんなは、対等だって。あたしだって、対等でいたいんだよ。だから、ずっと気になってた」

 大牙くんのほおがさっと赤くなった。同時に、絵里奈の胸の中でも、何かがあふれた。

「最初に会ったときから、ノートの字がきれいだなって思ってたから。爆破予告状の字を見てわかったんだ。大牙くんの字だって」


 大牙くんの表情から、いどむような光が消えた。

「そうだよ。おれが書いた」

 くちびるをゆがめて笑う。笑いながら、みんなを見まわした。

「不登校のサバイバル? なんだよそれ。おまえら、甘えてひきこもってるだけじゃないか! 学校に行かなくていいなら、おれだって休みたいよ。おれだって、行きたくないよ。泥棒よばわりされて! バカにされて! クラスのやつらから、白い目で見られて! ゲームも持ってないからだれとも遊べない。パソコンもないから、家で調べ物してくることもできない。参考書も買ってもらえない。それでも、学校行ってるんだよ、おれは! 行きたくないけど、休めるなら休みたいけど、必死になって、歯を食いしばって行ってるんだ。それなのに」


 大牙くんがみんなを指さす。

「ずるいのは、みんなのほうだ!」

 指さしながらさけぶ。

「甘えて、かわいがられて。ずるいだろ!」

 みんな、ショックを受けた顔をしている。

「みんなが合宿を楽しみにしてるのを見て、ぶっこわしてやりたくなったんだ」

 大牙くんは、肩を上下させて、大きな息をついている。


 大牙くんは、言葉でみんなと絵里奈を、たたきのめそうとしているのかもしれない。でも、絵里奈には、大牙くんの言葉は、大牙くん自身を傷つけているように見えた。

「大牙くん。どうしてそんなに必死に学校行ってるの?」

「どうしてって……当たり前だろ」

「あたしも、そうだったよ。学校に行くのがつらくて頭もお腹も痛くなって行けなくなっても、行かなくちゃいけないんだって思いこんでいたから。不登校は悪いことだって、子どもは必ず学校に行かなくちゃいけないんだって思いこんでいたから。でも」

 絵里奈は真名子先生に目を向けた。

 なべとふたを持った真名子先生がうなずく。


 絵里奈はお腹の底から力がわいてくるような気がした。

「真名子先生が教えてくれたんだよ。生きろって。学校に行くことは生きる目的じゃないよ。手段なんだよ。あたしはサバイバル教室の先生になりたいから、学校に戻る。行かなくちゃならないからじゃなくて、あたしの未来のために行くの。だけど大牙くんは、休むべきだよ。だって」

 サバイバル教室の授業で、全身に包帯をまいて心の傷を目に見えるようにする授業をした。そのとき大牙くんはまだいなかったけれど。

 大牙君は肩をいからせて、必死の表情でうったえている。


 今の大牙くんは、全身傷だらけに見える。それなのに、休むことも手当てすることも拒否して、さらに自分を痛めつけている。するどいナイフのような言葉で。

「見てられないよ」

「見なきゃいいだろ」

 絵里奈ははげしく首をふった。

「ちがうよ! 見てたいんだよ。心配なの」

 大牙くんはぷいと横を向いた。言われる前に絵里奈は自分から言った。

「うざいでしょ。うざくてもいい。あたしは、大牙くんのことを心配しつづけるから」

 大牙くんの横顔が、ほんのり赤らんだ。


 その瞬間、カンカンカンと高らかに終了の音が鳴り響いた。

 真名子先生が、ナベとふたを打ち付けていた。

 何がおきたのかわからないままでいた絵里奈の腕を、真名子先生がつかんで、持ち上げた。

「水野絵里奈の勝ち!」

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