第29話 サバイバル教室でボランティア!
絵里奈は、家に帰ってすぐお母さんに、真名子先生にもらったチラシを見せた。ボランティアに行くと話したら、お母さんも喜んでくれた。
次の朝。目覚ましがなる前に目が覚めた。
玄関が開いて閉まる音がした。お父さんが会社に出かけていった音だ。お父さんは朝早くて夜遅いから、このごろ、ほとんど顔を合わせていない。
朝食を食べ終えた絵里奈に、お母さんがハンカチで包んだお弁当箱をさしだした。
「お昼に、食べてね、あと水筒も。ボランティア、がんばってね」
絵里奈は、お母さんの手からお弁当と水筒を受け取った。
「うん。ありがとう。行ってくるね」
フリースクール「サバイバル教室」は、電車で三十分。五年生のときからずっと通っている英会話教室より近い。
地下鉄の駅について、ホームを右手に向かう。改札口はふたつあって、こっちが近い。
改札を出て階段を上がる。
もう少しで階段を上がりきるというところで、何かが足元に転がってきた。
小さなケシゴムだ。ひろって、上を見上げる。
階段を上がったところに、男子がしゃがみこんでいた。カバンをひっくり返して、何か探しているみたいだ。
迷惑そうな顔で、サラリーマンが、男子をよけて通っていく。
絵里奈は、ケシゴムを手に、階段をかけあがった。
カバンの中身がぶちまけられている。絵里奈は、転がっていこうとする、ゴムボールを追いかけてひろって戻った。
「はい、これ」
男子は、絵里奈の声に気づかないのか、カバンの中をさぐって、まだ何か探している。
「どうしたの? 何かなくなっちゃったの?」
しゃがみこんで声をかけると、男子が顔を上げた。体は、絵里奈より一回り以上大きいけれど、Tシャツに短パン、まん丸い顔で、おさなく見える。
おずおずと口を開く。
「……地図が」
「地図? どこに行きたいの? 調べてあげようか?」
男子は、大きな体つきににあわない、小さなささやくような声でこたえた。
「サバイバル教室」
もしかして……と思った通りの答に、絵里奈は、体の奥から力がわいてくるのを感じた。
「大丈夫! あたしが連れて行ってあげる」
男子の顔に、赤みがさした。けれど、絵里奈のことをまだ警戒しているように見える。
絵里奈は落ちているノートやクリップやうわばきを、ひとつひとつ集めて、男子のカバンの中に入れてやった。
その間、男子は、すわりこんだままだ。
「さ、行こう! すぐ近くだから」
絵里奈が立ち上がると、男子もつられるように立ち上がった。絵里奈より頭一つ大きい。
絵里奈は、男子のカバンに付いた葉っぱを払ってやった。
先に立って歩くと、男子はおとなしくついてきた。
街路樹の日陰が、歩道に、白と黒の模様を描いている。
となりを歩く男子は、どことなく不安そうな顔だ。そういえば名乗っていなかった。
「あたしはね、サバイバル教室のボランティアなの。水野絵里奈、六年生。よろしくね」
男子は、小さくうなずいた。
「君、名前は?」
「青木桃太(ももた)。おれも……6年」
「あー、同じ年だったんだね」
桃太くんが、はずかしそうな笑顔を見せた。
きのうのうちに、道を調べておいて良かった。さっそくボランティアができた。
絵里奈は、桃太を案内しながら、サバイバル教室がある、文化センターの一室に向かった。
サバイバル教室のサイトを見て、予習しておいたから知ってる。今、サバイバル教室に通っている3人は絵里奈と同じ6年生。そして、桃太くんのように、今日から夏の特別教室に参加する子もいる。
教室は、文化センターの2階の突き当たりで、「サバイバル教室」とプレートが張ってある。
開けはなしのドアから、絵里奈は一歩ふみこんで頭を下げた。
「おはようございます!」
絵里奈のあいさつに、教室にいた子どもたち、3人の目が一せいに、絵里奈に集中した。 おとなしそうな女子ふたりと、小柄な男子ひとり。
見わたした一瞬に、この子たちをお世話するんだ……と、絵里奈は気持ちを引きしめた。
その前に……と、振り向くと、着いてきていたはずの桃太くんがいない。
だれもいない廊下をきょろきょろしていると、階段から、声が聞こえてきた。
階段を、桃太くんとならんで歩いてきたのは、真名子先生だった。
真名子先生は、絵里奈に気づくと、「おお!」と片手を上げた。
絵里奈が駆け寄る。
「あたしが桃太くんを連れてきたんです! 駅で地図をなくしちゃってて」
「そっか、ありがとな」
真名子先生の横で、桃太くんは、大きな身体を小さくちぢこませていた。もしかして、今の一瞬に、逃げようとしたのかもしれない。
絵里奈は、桃太くんに優しく語りかけた。
「大丈夫。緊張しちゃったのかな? あたしが一緒についていてあげるからね」
桃太くんは、くしゅっと顔をゆがませた。
「おれ、おれ……」
「大丈夫だから。ね。まずは教室に入ってみようね」
絵里奈は一生懸命はげました。
「おれ……お昼ご飯、買うの忘れた」
桃太くんはほとんどべそをかいている。
真名子先生が桃太くんの肩に手をおいた。
「あとで一緒に買いに行こうな」
絵里奈は、真名子先生を見上げた。
「あたしが一緒に行きます!」
真名子先生と目が合う。真名子先生は、絵里奈をじっと見つめて、ニコッと笑った。
「うん。じゃあ、たのむ」
「はい!」
それでようやく教室に入ることができた。
絵里奈は、桃太くんと一緒に、一番後ろの長机の席にすわった。
真名子先生が、教卓に立った。
「よーし! みんなそろったな!」
ぐるりとみんなを見まわす。
はーい、と声が上がる。絵里奈は、教室の生徒たちを順番にながめた。おとなしそうだけど、特別問題があるようには見えない。桃太くんもふくめて、どこにでもいそうな、普通の小学生たちだ。
でもこの子たちはみんな、イジメられて不登校になった子たちなのだ。
あたしが力になってあげなくちゃ……と絵里奈は思った。
真名子先生は、夏の特別教室について説明したあと、桃太くんと絵里奈に、立つようにうながした。
「新しい仲間を紹介するぞ。名前とこれまで通っていた学校を言ってくれ」
桃太くんは、もじもじしながら、うつむいている。絵里奈は桃太くんに小声で「大丈夫、あたしが先に言うからね」とことわってから、
「水野絵里奈、一番小学校6年生です。この教室のお手伝いをするために、ボランティアとして来ました! よろしくお願いします」
と頭を下げた。
みんな、よくわかっていないのか、顔を見合わせている。絵里奈は「次、桃太くんだよ」
と声をかけた。
「青木桃太、小田小学校6年」
桃太くんが、小さな早口で、名前をなのったとき、教室のドアが急に開いた。
そこにはなぜか、礼王くんが立っていた。
礼王は、絵里奈を見つけると、指さして大きな声でさけんだ。
「いたー! 絵里奈—!」
「礼王くん? どうしたの?」
礼王くんは、ニコニコしながら教室の中に入ってきた。
「え、ちょっと」
絵里奈と桃太くんの間の席に、割りこむようにしてすわった。
そしてみんなを見まわすと宣言した。
「おれも、サバイバル教室に通うから」
真名子先生が、頭をかいた。
「おいおい、ちゃんとお母さんに言ってきたのか?」
礼王くんが大きくうなずく。
「母ちゃんが帰ってきたら言う!」
「きのうの夜は?」
「おれと大牙だけ」
真名子先生の顔が一瞬、くもった。
「そっか。わかった」
絵里奈と桃太くんだけでなく、みんな、ぽかんとしている。
真名子先生が、教卓に戻った。真名子先生は、ぽりぽりと鼻を手でかいた。
「というわけで、夏の特別教室は、この6人で行うことにする!」
そして、ニッと白い歯を見せて笑った。
絵里奈は教室をぐるりと見まわした。
6年生が4人と、3年生が1人。
これからこの5人を自分が世話することになるんだ、と絵里奈は思った。
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