第2章 サバイバル授業開始!

第30話 喜んでもらえるのがうれしい!

 夏の特別サバイバル教室が始まって一週間。

 絵里奈は、毎朝、目覚ましが鳴る前に目が覚めるようになった。

 前は目が覚めてからもベッドのなかでグズグズしていたけれど、今は違う。

 急いで行かなくちゃ。サバイバル教室のみんなが待ってる。

 そう思うと、一瞬でパキッと目が覚める。

 いつも前の夜のうちに、持って行くものの準備もしておく。うわばきに筆記用具、ハンカチ、ティッシュ、辞書……。お弁当は、お母さんが用意してくれる。


 朝食を食べ終えると、お母さんが保冷バッグをさしだした。

「今日も暑いから、保冷剤とつめたいおしぼりもいれておいたわ」

「ありがとう、あ! 忘れてた。お母さん、タオルちょうだい!」

「また?」

 お母さんがけげんな顔をする。

「新しいのがいるの。ボランティアで使うの!」

「そうなの。じゃあ、いただきもののタオルを出しましょうね」

 お母さんが箱から出してくれた、きれいなタオルをカバンに入れる。

 家の玄関を出た絵里奈は空を見上げた。真っ青に晴れ上がった空。まだ朝なのに、もう手がちりちり焼けそうに暑い。駅までの道を歩くだけで、汗ばむ陽気だ。


 サバイバル教室に着いた絵里奈は、礼王に声をかけた。

「礼王くん、今日も早いね」

「うん!」

 カバンからタオルを取り出して渡す。

「はい、タオル持ってきたよ」

 礼王くんは、タオルを受け取ると、さするようにして手ざわりを確かめていたかと思うと、いきなり鼻にあてて、においをかぎはじめた。

「え、なんかにおう? それ、新品なんだけど」

 学校で言われていた陰口を思いだして、声がこわばってしまう。


 タオルから、顔を話した礼王くんは、目を大きく見開いた。

「絵里奈のタオル、いいにおいがする!」

 礼王くんの言葉に安心した瞬間、力が抜けて、その分、腹が立ってきた。

「犬みたいにくんくんしないでよ!」

 タオルを取り上げようとすると、礼王くんが、ひょいと逃げた。

「おれのだもん! 返さない!」

 追いかけっこをしていると、真名子先生がやってきた。

「おはよう! 今日もおまえら、元気がありあまってるな!」

「ゲンキー!」

 礼王くんが、逃げながらこたえる。

 真名子先生が、手を打った。

「よし! 今日のサバイバルは一汗かいてからにしよう! みんな、外走るぞ!」

 みんな、「えー」と言いながら、ぞろぞろ先生の後について、教室を出た。


 セミの大合唱の下、真名子先生を先頭に七人ならんで、文化センターのまわりを三周走った。文化センターにもどってきたたときはもうみんな、汗だくだ。

 礼王くんは、絵里奈があげたタオルで、顔をごしごしふいている。もってきたタオルがさっそく役に立った。

 桃太くんのタオルはびっしょりだ。絵里奈は、桃太くんに声をかけた。

「タオルを水でぬらしてしぼってふくと、気持ちいいよ」

 桃太くんが返事する前に、礼王くんが、割って入ってきた。

「おれもー!」

 みんなで手洗い場で、タオルをぬらしてしぼってきた。

「気持ちいー!」

 礼王くんは、思ったことをなんでも口にする。


 タオルを持ってきてよかった。

 真名子先生いわく、サバイバルに一番大事なのは体力。サバイバル教室では、文化センターのホールで体育の授業をする。みんながタオルで汗をふいてたのに、礼王くんだけが自分のTシャツのすそで、あせをぬぐっていたのが気になっていた。

 絵里奈の家には、まだ使っていない新しいタオルが何枚もある。こんなことで喜んでもらえるなら、ぜんぶ持ってきたっていい。


 桃太くんは、一回でふききれなくて、もう一度、手洗い場に、タオルをぬらしに行った。

「明日はあたし、桃太くんのタオルも持ってきてあげるね」

 桃太くんが、小さな丸い目を見開いた。少しだけ首をかしげる。

「あの、えっと」

 絵里奈は、桃太くんの言葉を待った。うつむいた桃太が顔を上げた。

「えっと、絵里奈さんは、ボランティアなんだよね」

「うん。そう」

 桃太くんと目が合った。鼻の頭に汗をかいている。


「じゃあ、……不登校じゃないの?」

 桃太くんの質問に、絵里奈はすぐに答えられなかった。

「今は夏休みだから、ね。だからボランティアで」

 絵里奈の答になっていない答に、桃太くんは、また少し首をかしげた。絵里奈は、桃太くんの手をぎゅっと強く引いた。

「さあ、行こう。はじまっちゃうよ」

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