第28話 お前が必要なんだ!

 礼王くんが男の人に飛びついた。

「マナコ!」

「れ〜お〜!」

 緑色のジャージズボンに、白いTシャツのその男の人は、礼王くんの頭をぐしゃぐしゃっとなでて、横抱きにした。

 礼王くんが、はしゃいで手足をふりまわす。おばさんが、顔をしかめた。

「お店の中でさわいじゃダメよ。マナコ先生」


「マナコ……先生?」

 つぶやいた絵里奈に、マナコ先生が、目を向けた。

「ああ。フリースクールで教えてる。イジメに負けないためのサバイバルをな。えっとチラシがあったはず」

 ポケットから、しわしわのチラシを取り出して、絵里奈にさしだした。

 チラシには、大きく『イジメサバイバル』と書かれていた。イジメられたりして不登校になってしまった子どもたちが通うフリースクール、サバイバル教室。男の人の顔写真の下に、担任、真名子 極(まなこ きわみ)と書いてあった。


「マナコって名字なんだ」

 真名子先生は、うなずいて、白い歯を見せて笑った。

「ああ。もうちょっと待ってろよ。ここのメシはうまいぞ!」

「違います!」

 絵里奈は首をふった。

「あたしはお客じゃなくて、ボランティアに来たんです。でもいらないって」

 すると奥のイスにすわっていた大牙くんが、ぼそっとつぶやいた。

「サバイバル教室でボランティアすれば」

 真名子先生の足にからみついていた礼王くんが、パッと顔をかがやかせた。

「そうだよ! 絵里奈! 真名子んとこで、こまってる人を助けたらいいじゃん!」


 絵里奈は、受け取ったチラシに目をもどした。フリースクールでのボランティアもありかもしれない。不登校の子に勉強を教えてあげたり、一緒に遊んであげたり……。

 視線を感じて、顔を上げると、真名子先生と目が合った。

 心の裏側まで見通すような強いまなざし。

「イジメについて、どう思う?」


 とつぜんの質問に、こたえられないでいると、いきなりグイッとふみこんできた。

「もし、おまえがイジメられてるなら……」

「イジメられてません!」

 自分でもびっくりするくらい大きな声で否定していた。


 マナコだかナマコだか知らないけれど、失礼だ。絵里奈は声を荒げた。

「なんであたしがイジメられなくちゃならないの?! イジメられるようなこと、したっていうの? あたし、何にも悪いことしてないのに? なんであたしが」

「そっか、じゃあ」

 真名子先生は表情を変えないまま、片方のまゆをきゅっと上げた。

「イジメられてる子たちを、手助けするってのはどうだ?」

「どう……って」


 絵里奈の腕を礼王が引っ張った。

「絵里奈! そうしろよ!」

 真名子先生がお店のおばさんに気安く声をかけた。

「なあ、おばちゃん。ボランティア足りてるなら、この子、うちに来てもらってもいいだろ」

「それがいいわ!」

 おばさんたちも手を叩いて賛成するし、礼王くんはすっかりその気だ。絵里奈は、テーブルに座っている大牙くんにちらと目を向けた。テーブルの上に教科書とノートを広げて、勉強をしている。

「ふたりともイジメサバイバルの生徒なの?」


 大牙くんに聞いたのに、礼王くんが答えた。

「ううん。ちげーよ」

「ふうん」

 絵里奈は、真名子先生を見上げた。

 両手に持ったじゃがいもで、お手玉をしていた真名子先生は、おばさんに「食べ物で遊ぶんじゃないよ」と怒られている。

 こんな失礼で、バカみたいな先生の手伝いなんてしたくない……。


 真名子先生が、絵里奈の視線に気づいた。

「サバイバル教室の子たちを助けてやってくれよ。おれは、学校に行けなくなっちまった子たちが力強く生きていくためのサバイバルを教えてる。だけど、それだけじゃダメなんだ。助けてくれる同年代の仲間が必要なんだよ。絵里奈、おまえの力が必要なんだ」


 わたしが必要……。真名子先生の言葉に、ぎゅっと心をつかまれたような気がした。

 ここに必要としてくれる人がいるなら。

「たのむ。助けてやってくれ」

 そこまで言われたらことわれない。

「どうしてもっていうなら……行ってもいいけど」

 絵里奈がこたえると、真名子先生が、大きくうなずいた。

「よーし! 今日はおれがおごるぜ! なんでも好きなもん食っていいぞ!」

 両手をひろげた真名子先生の背中を、お店のおばさんが、ばしっと叩いた。

「子どもはタダだよ!」

「だよな!」

 真名子先生とおばさんが顔を見合わせて笑う。礼王くんがはしゃぐ。絵里奈も一緒になって笑っていた。

 今夜の献立はハンバーグとポテトサラダ。せっかくだからと絵里奈も、ポテトサラダ作りを手伝った。お客は、大牙と礼王、それから近所に住んでいるという親子が3組もきて、にぎやかだった。


 帰り道、絵里奈は、なんだか、ふわふわした地面を歩いているような気がした。真名子先生の言葉が、頭の中に何度もくりかえし聞こえてくる。

 おまえが必要なんだ。

 助けてやってくれ。

 そんなこと、初めて言われた。

 思わずスキップしそうになったとき、最後まで言葉をかわさなかった、大牙くんの顔が思いうかんだ。

 学校のクラスの子たちと重なる……冷ややかな表情。

 絵里奈は、ぶるぶるっと首をふった。

 真名子先生は、「おまえが必要だ」って言ってくれた。

 それに大牙くんはサバイバル教室の生徒じゃない。

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