第1章 ボランティア開始!
第27話 こども食堂で出会った兄弟
7月21日、夏休み初日。水野絵里奈は、プリントした地図を手に、「こども食堂」の入口の前に立った。商店街の中にある小さなお店は、まだ開店前みたいだ。
心臓がドキドキする。
心を決めて、がらりと戸を開ける。
「こんにちはー! あの、ボランティア募集のお知らせを見て来ました!」
中には、黄色いTシャツを着た、小学校低学年の男の子がひとりいるだけだった。イスに座って、テーブルの上でブロック遊びをしている。
男の子が、ブロックを手に、絵里奈にかかげて見せた。
「すげーだろ! はやぶさはすっげー早いんだ」
ごろりとした白いブロックの固まり……。
「それ、鳥?」
すると男の子は、フンと鼻をならして、絵里奈を見返した。
「バカじゃねーの。はやぶさって新幹線じゃん!」
「あ、ごめん」
絵里奈は店の中を見回した。夕食の時間にはまだだいぶ早い。
「お店の子?」
「ちげーよ。おれは留守番」
絵里奈は、男の子をあらためてながめた。服装や髪型はふつう。でも……この子も、ここに食べに来ている「お客さん」なのかもしれない。
気持ちをあらためて、こしをかがめて、笑顔で話しかける。
「そっか。留守番えらいね。ぼくは、一年生かな?」
「ぼくでも一年生でもねーよ! おれは神田礼王(れお)! 3年生!」
礼王くんが背伸びしてにらみつけてきた。絵里奈は素直にあやまった。
「ごめんなさい」
すると礼王くんは、ニコッと笑った。
「いいってことよ。おまえは?」
「あたしは、水野絵里奈。6年生」
「そっか、絵里奈か!」
子犬みたいな人なつっこい礼王くんの笑顔に、絵里奈もつい、気安い口調になった。
「お店の人に留守番してって、たのまれたの?」
「ううん。ヒマだから、留守番してやってるんだ」
ブロックはずいぶん古そうだ。お店のおもちゃを借りて遊んでいるのだろうか。
「ゲームとかしないの?」
礼王くんはブロックを付けたり外したりしている。あまり手先は器用じゃなさそうだ。
「おれ、持ってねーし」
絵里奈は、ハッとした。ゲームを買ってもらえない子もいるんだ。
礼王くんが顔を上げた。無邪気な顔で聞いてくる。
「あのさ、ボランティアって何?」
「あ、うん。お店のお手伝いだよ。あたし、人の役に立ちたいんだ。こまってる人を助けたいの」
すると礼王くんが、パッと顔をかがやかせた。
「マナコと同じだ」
「マナコ?」
「マナコはいつも言うんだ。こまってる人がいたら助けてやれって!」
言いながら、礼王くんはイスの上に立ち上がって手を大きくひろげた。
「マナコは、すっげー、すっげー、強くてかっけーんだぞ!」
絵里奈は、ぽかんと礼王くんを見上げた。
「マナコ……さん? お店の人?」
「ちげーよ! 知らねーの? イジメサバイバルのマナコ!」
ますます首をかしげた絵里奈の後ろで、お店の戸が、開く音がした。
ふりむくと、買い物袋を手に持った数人のおばさんたちが、のれんをかきわけて入ってきた。その後ろに、絵里奈と同じくらいの年の男子が一人いる。
イスの上に立った礼王くんが男子によびかけた。
「大牙(たいが)!」
大牙くんは、ちらと絵里奈を見て、小声で礼王くんをたしなめた。
「名前で呼ぶなよ。お兄ちゃんって呼べって言ってるだろ」
「大牙は大牙じゃん!」
大牙くんが礼王くんをにらみつけた。
「帰るぞ」
「やだ! マナコが来るまで待つ!」
兄弟なのになんとなく雰囲気がちがうのは、大牙くんが暗い紺の上着で、礼王くんが明るい黄色のTシャツを着てるせいだろうか。
ひとりのおばさんが絵里奈に目を向けた。
「あなたははじめての子ね。ちょっと待っててね。すぐできるから」
絵里奈はあわてて、首をふった。
「あ、あの! あたしお客じゃなくて。ボランティアに来たんです! 水野絵里奈って言います。小学校六年生です」
おばさんの顔がくもった。
「あらそうだったの。でも、ボランティアはもう足りてるから……」
絵里奈はぎゅっとこぶしをにぎりしめた。ここでも、あたしは必要じゃないんだ……そう思った瞬間。
礼王くんがイスから飛び降りた。
絵里奈をかばうように、おばさんたちの前に立つ。
「やらせてやれよ! こいつ、いいやつだよ! だって、マナコとおんなじだもん!」
礼王が振り向く。あっけらかんとした笑顔だ。
「な! 絵里奈!」
おばさんたちは、だまったまま、顔を見合わせている。
沈黙をやぶるように、お店の戸がいきおいよく開いた。
背の高い男の人が、体をかがめて「ちわーす!」と入ってきた。
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