第24話 自分で生きていくってどういうことか

 一瞬の沈黙を破ったのは、大きな拍手だった。空の後ろに座っていた、お父さんとお母さんが、満面の笑みで拍手している。

 美遊の後ろのおばあちゃんが祈るようにして手を合わせた。

 瑠子のお父さんも拍手している。

 詩季のお母さんの拍手に、お父さんは肩をすくめた。

 ぼくの後ろからも拍手が聞こえた。お母さんだ。お母さんが、ぼくたちのことを、認めてくれた。お腹の中から、温かい思いがこみあげてきた。


 真名子先生は、満面の笑顔で、すごくうれしそうだ。

「みんな最高だな! 最高で最強の大人になれるぞ! もう今からめちゃめちゃ楽しみだよ! どんな大人になるのか、ちょっとだけ聞いてみようかな。なあ、空」

 聞かれるのを待っていたみたいに、モデルみたいなポーズ立ちした空が首をかしげる。

「んー、カメラマンもいいけどさ、レーシングドライバーもいいなって思ってるんだよね。まずは免許取るよ。アメリカでは16才で取れるからさ」

 空の後ろにいた、空のお母さんが腰を浮かせた。

「空……一緒にアメリカに行ってくれるのね。よかった……」

 胸がズキッとした。このサバイバル教室のみんなとずっと一緒にいられるわけじゃないんだ。

 空は、みんなに向かって、チャッと2本指を立てた。

「いつまでも逃げちゃいられないよな。アメリカがおれのこと待ってるからさ」

 覚悟を決めた瞳。

 詩季が、ぼくの気持ちを代弁してくれた。

「カッコいいじゃん、空! 負けてらんないな、あたしも」

「へえ、じゃあ詩季もアメリカ行く?」

「いつか行くかもね。あたし、世界で活躍するデザイナーになるから」

 真名子先生が目をかがやかせた。

「おお! 詩季の未来が、バージョンアップしてるな!」

 詩季はちらっと後ろの親たちに目を向けた。

「あたし、服飾デザインの高校に行くからね」

 詩季のお母さんとお父さんは顔を見合わせた。自分の進路を貫くためには、まず親を説得しなくちゃならない。

 これは結構大きなハードルかもしれない。親は最大の協力者で、最大の壁にもなりえる。

「ぼく……」力がうつむいたまま口を開いた。

「ぼく体を動かすのが嫌いなわけじゃないんだ。でも自分がやるより、人のサポートをしたい。だから……スポーツで体を壊した人を助けられたらいいなって。そういうのって仕事になるの? 何を勉強すればいいの? 真名子先生」

「大学にスポーツ学部っていうのがあるよ。体の仕組みを学んで、整体師になったり、保健体育の先生になる人もいるよ」

 ぼくの背中で力のお母さんが、「そうよ! そうよ!」と声を上げた。力の顔がパッと明るくなった。

 真名子先生がうなずく。

「道はひとつじゃない。どんどん変わっていっていい。なあ、光太郎」

 先生と目が合った。


 ぼくが何を考えていたのか、先生には見えてるみたいだ。

「はい。ぼく、将来なりたいもの、前と変わりました。ぼくは……真名子先生みたいな、先生になりたいです。こんなぼくが、もし、なれたらだけど」

 優斗にはまだ謝れていないし、これから先も謝れるときが来るかどうか分からない。今でも優斗のことを思うと、胸が苦しい。でもだからこそ、一生ずっと、優斗を傷つけてしまったことを忘れない。

「なれるよ!」

 一番に言ってくれたのは瑠子だった。瑠子は笑みを浮かべていた。

「光太郎君なら、きっといい先生になれると思う。そしてわたしも前と変わったんです。わたし、将来の職業はまだ今は決めたくないんです。でも、18才に、成人になったとき、またみんなに会いたい。会えるようなわたしでいたい。どこで何をしていても、自信を持ってみんなに会いにいける、そういうわたしでいたい」

「あたしも!」

 美遊が手を上げた。

「おれも! アメリカからかけつけるよ」

 空がうなずく。

 力も詩季も。

 真名子先生が、ニカッと白い歯を見せて笑った。

「よーし! 18才になったら、集まろう! それまで、みんなサバイバルしていくんだぞ! この世の中をたくましく、しぶとく生き抜くんだ。そして自分のためにサバイバルを学べば、人を助けることにもなる。ということで、最後にアレやるか!」


 保護者参観の日に、みんなで作った何かがあるといいなって言う話から、パネルを作ることになった。先生がA4のイラストボードを6枚用意してくれた。結局ギリギリになってしまって、それぞれ宿題で一文字ずつ書いてくることになっていた。


 みんな、カバンから、ボードを取り出した。ちらっと見えた詩季のボードはカラフルに絵も描いてあってすごそうだ。ぼくはただ字を書いただけだけど。でも、とにかく文字が読めれば大丈夫。

 瑠子が一番端に立った。

「並んでから、いっせーのせで、出しましょう」

 瑠子、美遊、空、力、詩季、そしてぼくの順。

 保護者に向かって、一列に並ぶ。

 みんなで目配せする。

「いっせーのせ!」

 ボードを、頭上にかかげる。

「イ・ジ・メ・救・助・隊」

 となるはずだったのに……。


 空君のお父さんが首をかしげた。

「たい、じめ、救助隊……とは?」

 ぎょっとして、振り向いて自分たちのボードを見ると……。

「隊・ジ・メ・救・助・隊」

 きゅっと心臓が縮まる。間違えたのは、ぼくだ。6人で「イジメ救助隊」という文字を、一文字ずつ書くことになって、右端に並んだぼくは「隊」だと思った。

 逆だった。反対側から見たら、ぼくは「イ」だったんだ。

 大事な場面で間違えてしまった。せっかくみんなで決めるところだったのに……。荒引先生のヒステリックなどなり声が脳裏によみがえって、思わず体をちぢこめたとき……。

「光太郎君、大丈夫だって」

 詩季が声をかけてくれた。

「気にすんなよ」

 と空君。

 真名子先生も、……笑顔だ。

「大丈夫、言ったろ。失敗していいって。子どものうちに、できるだけたくさん失敗して、何度でも立ち直ってこい」

 その瞬間、お腹の底から、温かい思いがわきあがってきた。

 そして、ひらめいた。


「ごめん! みんなもう一回並んで! 瑠子さんも来て」

 カバンの中からペンを取り出そうとしていた瑠子を呼び寄せる。さっきと同じ順で、みんなに並んでもらう。

「ボードを上げて!」

 ぼくの言葉で、「ジ・メ・救・助・隊」とボードが並んだ。詩季が描いた「ジ」は鳥や花やいろんな生き物でカラフルに描かれている。

 ぼくは、右手を高く上げ、左手をななめ下に真っ直ぐ伸ばして叫んだ。

「イ!」


 空君のお父さんが、ポンと手をたたいた。

「人文字か!」

 みんながぼくを見た。

 瑠子がボードを持った手をゆらゆらさせた。

「光太郎君! 逆! 右手が下で、左手が上!」

「あ! そっか! そうだった!」

 あらためて、左手を天高く上げて、右手をななめ下に伸ばす。

「イ!」

 となりの詩季が笑いながら続ける。

「ジ!」

 次は力。

「メ!」

 空も。

「きゅう!」

 美遊。

「じょ」

 そして瑠子。

「たい!」

 大きな拍手がおこった。


 ぼくは、ちょっとだけ、涙ぐんでいたのを見られたくなくて、バカみたいに口を開けて、上を向いて笑っていた。

 真名子先生は、何度も何度もうなずいていた。

 これからもこんな瞬間が何度もあるはずだ。

 生きている限り。ぼくらは間違うし、迷うし、悩み苦しむ。

 でも、最高にすばらしい瞬間がある。

 18才になって会うとき、みんなはどんなになっているだろう。想像するだけで、楽しみすぎる。

 未来が来るのが楽しみだ!

 それまで、サバイバルして、生きていこう!

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