第23話 保護者の究極の役割

「あなたたち保護者は、子どもよりも先に死にます。先に死ぬんです。これは呪いじゃありません。祝福です。自分の育てた子が、自分より長生きするのは、子どもを育てる者にとって、最大の喜びです。だからこそ、自分が死んだあと、子どもが生きていけるように、そのためにどうすればいいか、それだけを考えてください。保護者の役割は、究極のところ、それだけです」


 そして、黒板を指さして、ぼくらに語りかけた。

「じゃあ、ここからは裏テーマを本テーマとしよう。自分で生きていくってどういうことなのか」

 空が手を上げた。

「仕事をすることだと思う。18才以下は成人じゃないけど、働いて自分で稼いだお金で暮らしていたら、大人って気がする」

 となりで詩季がぼそっとつぶやいた。

「仕事しないで、人が稼いだお金で暮らしている大人もいるけど」

 瑠子が首をかしげた。

「お金を稼ぐことだけが仕事とは限らないわよね。家事や育児、介護も大事だし、障害があったり、年を取って働けなくなっても、その人なりの役割があると思うし」

 美遊が嬉しそうにうなずいた。

「うちのおばあちゃんも仕事はしてないけど、編み物もできるし、ミシンでバッグでもなんでも作っちゃうし、ご飯のおかずをおすそわけしたり、近所の人からも頼りにされてるの」


「あ! だからか」

 力が体を浮かせた。すわりなおして、言葉を探している。

「あ、ええと、その、美遊さんのおばあちゃんの、なんていうか、人に必要とされるのっていいなって思って。自分で生きていくっていう話と逆になっちゃうかもしれないけど、人の役に立てるのって嬉しいし。だから、ぼく、あの、イジメ相談掲示板、すごくうれしかったんだ。ぼくたちが誰かの役に立てるって思ったから。ぼくたちはまだ子どもだけど、ぼくらが誰かを頼ったり助けてもらってるだけじゃなく、ぼくらが誰かを助けることができるんだって、はじめて思えたから……なんか、違う話になっちゃってごめん」

 ぼくは大きく首をふった。

「全然! 力君! 大事なことだよ! 自分で生きるって、逆に、自分ひとりで生きるんじゃないって知ることなのかもしれないよ」

 詩季と目が合った。

「まあ、あたしだってこの耳は大人になって治るか分かんないし、ポンコツなのは、人のこと言えないし」

「違う違う、ポンコツじゃないよ。詩季さんは」ぼくは思わず立ち上がった。

「病院に行けばいいんだよ。病気の時は。編み物できないなら、美遊さんのおばあちゃんに習えばいいんだ。空君はアメリカのことを教えてくれるし、瑠子さんは勉強を教えてくれる。力君はいつも大事なことに気づかせてくれる。ぼくたちは、たくさんの人に頼って、助けられて生きていくんだ」

「大人になってもそれでいいの?」

 詩季の言葉に、ぼくは大きく手を広げた。


「いいんだよ! 逆! そうでなくちゃいけないんだ。だって、小さい子は、親だけが頼りだけど、だんだんと親以外の人に頼れるようになってくる。先生や友達や、大人になったらもっとたくさんの人に、病院のお医者さんに、レストランのシェフに、バスの運転手さんに、文化センターの受付の人に、たくさんたくさんの人に、助けられて生きていくんだ。大人って、自分の力で生きてる人のことじゃないんだよ! 自分の力がどんなにちっぽけか、知ってる人のことだよ。周りの人にどんなに助けてもらってるか、知ってる人のことだよ」

 空が立ち上がった。

「じゃ、おれも大人になりかけてるんだな。ここに来たばっかりのころは、人の話を終わりまで聞けなかったけど、今はちゃんと聞けてるからね。いろんな人に助けてもらってるってこと分かってるからね」

 詩季も立ち上がって肩をすくめた。

「空君が大人になりかけなら、あたしはかなり大人に近いんじゃない? いろんな人のおかげで生きてるから。それにしては、クールな絵も描けるし、なかなかイケてると思うのよ。ま、瑠子には負けるけど」

 瑠子がはじかれたように立ち上がった。

「そんなことないよ。でも、あたしも少しは大人になってきたって思う。美遊のおかげだよ」

「あたし? あたしは、こんなだけど、でもこんなだから、みんなが助けてくれるの嬉しい」

 力も立ち上がっていた。

「ぼくはまだひとりの力では生きていけないけど、でも。ぼくを支えてくれるのは、親だけじゃないんだ」

「……親だけじゃない」

 重なったみんなの声は、もしかしたら自立宣言だったのかもしれない。


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