第7章 ぼくらの未来
第22話 大人ってなんだろう
授業参観の朝、ぼくらは教室で机とイスを移動していた。
みんなで丸く並べたイスを、空が数える。
「……4、5、6、7。ディベートフォーメーション、オッケー」
ぼくらと真名子先生の7人。
すると真名子先生が、さらにイスを運んできた。
「この外側をかこむように、イスを置くんだ」
みんなの視線を受けて、真名子先生がうなずく。
「そうだよ。保護者席だ」
ぼくらのディベートを、すぐ後ろでお母さんたちが見る。なんだかまだ現実感がなくて、足元がふわふわする。
美遊が小さな声でつぶやいた。
「ほんとに来るのかな」
瑠子が首をかしげた。
「うちは来れるか分からない。来れたら来るって言ってたから」
そう言って首をかしげた瑠子の背中で、教室のドアをノックする音がした。
真名子先生がドアを開くと、スーツを着たおじさんが立っていた。
「娘がいつもお世話になっております」
頭を下げた真面目そうなおじさんに、瑠子が驚き顔でつぶやいた。
「パパ……」
それから美遊のおばあちゃん、力のお母さん、詩季と空はお父さんとお母さんが来た。
「こうちゃん……!」
お母さんが、汗をふきながら入ってきた。ぼくは、とっさに下を向いてしまった。
「さあ、保護者の皆さん、子ども達の後ろに座ってください」
思った以上に近い。ぼくのすぐ後ろで、お母さんが、力のお母さんと「暑いですねえ」「ほんとにねえ」と話している。背中から見られていると思うと、なんだかむずむずする。顔が見えなくてよかった。
みんなが座ると、真名子先生が黒板の前に立った。
「皆さん、ようこそいらっしゃいました! 皆さんのお子さん達は、このサバイバル教室で、このわずかの間に、ものすごく成長しています。家で一緒に過ごしていたら気づかないかもしれません。今日はお子さん達の成長を見ていってください」
これからいったい何が始まるんだろうという、親たちの緊張感が伝わってくる。背中から、ぐーっと高まってくるこの感じ、嫌いじゃない。
真名子先生が、白い歯を見せて、ニカッと笑う。
「ワクワクするなあ! 光太郎!」
声をかけられて、ぼくは自分も笑みを浮かべてたことに気づいた。
「今日のテーマは何ですか?」
先生がうなずく。
「テーマは、『大人』だ!」
おお〜っと、みんなのためいきみたいな声。先生が、いつもの、いたずらっ子みたいな笑みで、みんなを見回した。
「今日ここには、みんなにとって、一番身近な大人がいるよな。でももしかして……、こんな大人にだけはなりたくないって思うこともあるかもしれないな」
いきなりの爆弾投下だ! 背中からの視線に、ヒヤッとした。みんなのあわて顔に、先生は、ますます嬉しそうだ。
「なりたい大人って何だ? なりたくない大人って? そもそも大人って何なんだろうな。今日はみんなの思う、大人について教えてくれ。そして、保護者の皆様に。この教室でのディベートは、正解はありません。いろんな意見があります。違う考え方があります。それを知ること、そして自分の意見を筋道立てて人に伝わるように話すことが、ディベートの授業での学びです」
そうだ、正解はないんだ。ぼくは一番に手をあげた。
「光太郎!」
「はい! 大人って、自分の力で生きてる人だと思います!」
サバイバル教室で教わった、生きる力。学校に行っても行かなくても、どっちでもいい。生き抜いていくことができるなら!
するといきなり向かいの席の瑠子が手を上げた。
「じゃあ、障害があって自分の力だけでは生きられない人は?」
「そ、それは……」
となりに顔を向けると、詩季がうなずいた。
「光太郎君が理科で教えてくれたじゃん。昆虫はサナギから成虫になるのと、脱皮して大きくなって成虫になるのがいるって。人間は、脱皮はしないけど、大きくなったら大人でしょ。だから」
詩季は、背中にちらっと目を向けて続けた。
「体は大人でも、自分の力で生きられない大人もいると思うな」
詩季の後ろにいる、詩季そっくりのお母さんと、長い髪をしばってピアスをしたオシャレなお父さんが、顔を見合わせた。詩季は誰のことを言っているんだろう。
美遊がもじもじしている。目が合った。何か言いたそうだ。
「美遊さんはどう思う?」
声をかけると、美遊はホッとした顔でこたえた。
「子どもを守ってくれて、助けてくれるのが大人だと思う」そして早口で付け加えた。「あたしはそういう大人に助けてもらったから」
美遊の後ろに座る、美遊のおばあちゃんが、泣きそうな顔で微笑んだ。美遊によく似てる。
ぼくはあらためてみんなを見回した。
「そうだね。いろんな大人がいるよね。まずは、すべての大人に共通していることから考えていくのがいいかもしれない。成人は18才からだから、18才になれば大人だよね?」
瑠子がうなずいた。
「法的に大人ってことよね。法的に大人になる年齢って国によって違うのよね。空君がいたアメリカはどうだった?」
「アメリカは18才が多いけど、州によって違うんだ。19才が成人の州もあるよ」
瑠子がまとめる。
「何才から大人っていうのは、法律っていうみんなで決めた約束事ね。それともうひとつ、さっき詩季さんが言った生物としての大人。光太郎君はそういう意味で言ったのよね」
「うん。でも、障害があったらっていう瑠子さんの言葉、すごく大事だって思ったよ。大人だって、病気になれば病院に行くし、ご飯を食べにレストランに行くし、いろんな人の力を借りて、助けてもらって生きてる。自分で言っといてなんだけど、自分で生きるってどういうことだろうって、あらためて思った」
みんな顔を見合わせる。
自然に、真名子先生にみんなの視線が集中した。
真名子先生は、ニヤリと笑った。
すっくと立ち上がると、黒板に向かう。
チョークで黒板に大きな字で書く。
━━自分で生きる
「きみたちは本当にすごいな。今日の裏テーマに、すぐ気づいたね。このサバイバル教室で学んできたことのすべてが、この『自分で生きる』っていう言葉にこめられている」
チョークを置いて、手を払う。
「さて。保護者の皆さん。皆さんは、お子さんの学校のこと、これからのこと、いろいろ悩んでいると思います。しかし、学校だのなんだのそんなことは重要じゃない。大事なことは」
先生が、すうっと息をすいこんだ。
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