第21話 カミングアウトできるかどうか
ぼくは、みんなを順番に見渡した。この短い時間で、みんなとのつながりがものすごく強くなった気がする。
「ぼくもそう思う。今日は、そのことをみんなに相談しようと思ってたんだ。あの投稿を見たとき詩季さんが、学校に行ってない人をズルいと思ってるのかもって言ったよね」
詩季が、美遊に目を向けた。ぼくはあわてて首をふる。
「違う違う、美遊さんがそんなつもりじゃないって分かってるよ。でもね、実際にそう思ってる人はいると思うんだ。だって、ぼくらが何者なのか、みんな分からないんだから。誰がどう思うか分からない、それがインターネットの掲示板だよ。だから、美遊さんの投稿は、ぼくたちに、あらためて、掲示板を続ける覚悟を確認することになったと思う。美遊さんには、感謝してるんだ。ありがとう」
美遊が泣き笑いのような顔になった。ぼくは、うなずいて言葉を続けた。
「真名子先生が言う通り、顔も名前も住所も出せない。でも、自分がどんな人間なのか、正直になりたいと思うんだ。今ここで、みんなに言えたみたいに。赤レンジャーの紹介文はかっこつけすぎだった。赤レンジャーは、自分の弱さから友達を助けられなかったことを悔やんでるって、書き直そうと思う」
一番にこたえてくれたのは瑠子だった。
「あたしも。青レンジャーは、親にいらない子って言われて、誰にも甘えられなかったって」
美遊は、瑠子の手をにぎったまま口を開いた。
「あたしはね、ピンクレンジャーは、怖がりで弱虫で泣き虫」
力がうなずく。
「いいと思う。ぼくも書きかえるよ。ぼくは、暴力は見るのも聞くのも大嫌いってしようと思う」
空が、首をひねった。
「ぼくはどうしようかな。パーポゥーレンジャーは、勉強苦手で勉強嫌い、毎日遊んで暮らしたい」
みんな笑った。力も笑っている。
真名子先生も、満面の笑顔……なのに、目がうるんでる。
「先生……!」
「光太郎。おまえ、すごいな!」
先生が、ぼくの両手をつかんで、はげしくぶんぶん振った。
「すげーよ! 光太郎! ほんと、すげーよ!」
先生はくりかえした。ぼくも先生の手を強くにぎりかえした。
「先生のおかげです!」
「いや、おまえの力だ。ま、光太郎をスカウトしたおれの力でもある、というべきか」
真名子先生は、ニコッと笑って立ち上がった。
「なあ、みんな。人は弱い。弱い人間が、弱肉強食のこの世の中をサバイバルしていかなくちゃならないんだ。弱さを見せたら、やられる。だから弱さを隠して、強いフリをする。それは正しいサバイバルだ。だけどな。自分ひとりじゃ生き残れない。サバイバルには、仲間の力が、協力が必要だ」
先生が、両手を広げた。
「人はひとりじゃ生きられない。イジメ相談掲示板を作ったのは、それを伝えるためでもあるんだ。心を開けば必ず、力になってくれる人がいる。心を開くってどういうことだ? 弱さを認めることだ。自分の弱さも。人の弱さも。許し合うことができたら、最強の絆ができる」
すごくよくわかる。先生と目が合った。
「光太郎は、自分の弱さを認めて、みんなに謝ることができた。すごい勇気だよ。光太郎、お前は今、転校してしまった友達、優斗君にも謝りたいって思ってるだろう?」
「はい! できるなら今すぐにでも」
ぼくは、体を乗りだした。
すると先生は腕組みして首をふった。
「謝っちゃダメだ」
「ど、どうして?」
先生はぼくの目の前にしゃがんだ。先生の顔がまっすぐ目の前にある。
「光太郎。お前に忘れて欲しくないからだ。なあ、光太郎。優斗君が身に覚えのない間違いで怒られているとき、どんな気持ちだったと思う?」
ぼくは心臓がきゅっと痛くなって胸に手を当てた。
「苦しかった、と思います……。ぼくのこと、友達だと思ってくれてたとしたら、なおさら。友達に裏切られた、悲しくて、悔しくて、怒ってたと思う……」
「そうだな。そのとき優斗君がそう感じたその事実は、何をしても、謝っても、消えない」
「はい」
「お前が今、謝りたい、本当に自分が悪かったって思ってる気持ちは本物だ。それは認める。謝って許してくれたら、嬉しいよな。仲直りできたら最高だ。このクラスのみんなは、光太郎の告白を受け入れてくれた。許してくれた。それだけの関係性を作れたからだ。でも、優斗君に謝るのはまだ早い」
先生の言葉が、ぼくの胸につきささった。でも、これはぼくが、耐えなければならない痛みだった。
「いつか謝れるときがくる。そのときまで、いや、謝ることができて、許してもらえても、ずっとずっと、この痛みを覚えておくんだ。その痛みが赤レンジャーの心臓になる」
「はい!」
先生の言葉で、あらためて、サバイバル教室のみんなと、心が近くなったように感じた理由がわかった。
先生は、みんなの前をぐるっと回って、イスに座った。
「みんな、心が軽くなったろう?」
全員がうなずいたのを見て、先生が続けた。
「秘密っていうのはな、重いんだよ。みんな多分、五キロくらい軽くなってるはずだぜ」
冗談のあとで、真顔になった。
「でもな、その重みは消えたんじゃないんだよ。聞いてくれた人が、半分持ってくれたんだよ。今、みんなは、胸の奥でずっしり重かった荷物を、人に半分あずけて軽くなった。その代わりに相手の重いのを、半分受け取ったわけだ。自分の重みじゃないけれど、手放すわけにはいかないぜ。今ここで聞いたこと、勝手にほかの人に話せるか?」
全員が即座に首をふった。
「だよな。自分の秘密を打ち明ける……カミングアウトっていうんだが、それはな、相手に重い荷物を半分持ってもらうってことなんだよ。だから、誰にでもしていいわけじゃない。光太郎もみんなもこのサバイバル教室にきて、春からずっと一緒にすごして少しずつ少しずつ関係性を作ってきたから、言えたんだ。これからもし、誰かにカミングアウトするときには、重い荷物を持ってもらえるかどうか、相手との関係性をよくよく考えなくちゃいけないよ」
「この教室の仲間だから……」
ぼくのつぶやきに、先生がほほえんだ。
「ああ。この先みんなは、友達や家族や恋人、誰に何をどこまで言えるか、ひとつひとつ自分で考えていくんだ。難しいだろ? でもな、この教室では、いっぱい失敗していい。何があっても、おれがカバーしてやる。ほかの人に言えないようなことは、おれに言えばいい。おれなら、どんなことでも受け止めてやるからな。筋肉だけじゃないんだぜ?」
先生が腕を曲げた。力こぶが、ぐぐっと盛り上がる。その腕で、先生は自分の胸を指さした。
「心も、しっかりきたえてあるからな! みんなもおれをみならって、心と身体をしっかり、きたえていこうな! ということで」
先生は、力に目を向けた。
「力。親とのこと、みんなに話してくれてありがとうな。力だけじゃなく、みんなにとってもすごく大事なことだからな。毎日生きていくためにも、これから進路を決めるのにも、親と話し合っていかなくちゃならない。みんなの一番身近にいて一番大きな力になってくれて、人によっては最悪の敵にもなりえる、それが親だ。サバイバルの第一目標は、親を味方にすることだ!」
先生が立ち上がって、黒板に向かった。チョークで、大きな文字を書いていく。
━━授業参観
「はじめての授業参観を行う! 来週の日曜日! きみらがどんなに成長したかを、保護者に見てもらう」
黒板の前に立つ先生の向こうに、果てしなく広がっていく未来の光景が、一瞬見えたような気がした。
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