第20話 みんなからの告白

 不思議と美遊に対する怒りはなかった。それどころか、サバイバル教室に入ってから、なんとなく距離を感じていた美遊と、今、この瞬間、一番近くで分かり合えた気がした。


「美遊さん、美遊さん、大丈夫だよ。大丈夫だから」

 ぼくが声をかけると、美遊はますますはげしく泣いた。

「ごめんなさい。本当にごめんなさい」

「泣かないで」

「こ、光太郎君のことじゃないの……ただ、掲示板が終わればって、それだけで、あたし」

 ハッとした。

「そっか、ごめん、ぼくもごめんね。気づいてあげられなくて。怖かったんだよね。最初から美遊さん、不安そうにしてたのに。無理させちゃったんだね。仲間なのに、おいてけぼりにしてごめん」

 ぼくの言葉に、美遊は涙でぐちゃぐちゃの顔を上げた。

「光太郎君、ごめん、ごめんね」

「大丈夫だよ。今度は、ひとりで悩まないで、言ってほしい。どんなことでも聞くよ。無理しないでほしいんだ。仲間だもんな」

 そっとみんなの顔を見回す。


 詩季がうなずいた。

「そう! 無理はいけないんだよ、ね?」

 分かってくれた! 

 空も力もうんうん、とうなずいている。

 瑠子の

「あたしたち仲間だもの」

 という言葉に、美遊の目からまた涙がこぼれた。


 美遊がしゃくりあげながらも、少し落ちついたところで、瑠子が美遊の手をしっかり握った。

「美遊ちゃん、あたしもみんなにあやまりたいの。怖いから手を握っててくれる?」

 美遊が、目を大きく見開いた。ぼくも驚いた。瑠子が、誰かに頼るのを見るのは初めてだ。瑠子の気持ちの変化を、すごくうれしく心強く思った。


 瑠子が、うつむきながら、ためらいながら口を開いた。

「あたしも、あやまらなくちゃいけないの。青レンジャーとして、弱い人を助けるって言ってたけど、助けたいって思いながら、助けたくないっていう気持ちもあった。うらやましかったの。助けてって言える人が。だって、あたしはずっと言えなかったから」


 瑠子は、親に、いらない子だと言われていたことを話した。飛び降りようと思ったとき、ぼくに電話してくれたことも、屋上で話したことも。

 瑠子が話している間、美遊がその手をずっと握っていた。

「瑠子ちゃん、話してくれて嬉しい。あたし、瑠子ちゃんの力になりたい」

 さっき小さい子のように泣きじゃくっていた美遊は、今度は、瑠子を一生懸命はげましていた。

 瑠子の瞳もうるんでいた。

「光太郎君にお礼を言いたいの。光太郎君は、無理しないでいいって言ってくれた。それまであたし、自分が無理していることにも気づいていなかったの。自分の弱さを認められるのが、本当の強さなんだよね。光太郎君の強さに、はげまされた、ありがとう」

 急にほめられて、はずかしくて、ぼくは、もじもじしてしまった。そんな自分がカッコ悪くて、でも、それを隠さなくていい仲間がいることがうれしい。


「おれも実はさ」口を開いたのは、空君だった。

「みんなに言えなかったことがあって。おれ、帰国子女だから、英語得意ってことになってるじゃん。でも、アメリカに行ったの、小学校3、4年の1年間だけだし、全然みんなが何言ってるかわからなくて、英語のテストも最初、0点だったんだ。本当は英語苦手。ああ! 言っちまった! カッコ悪りい!」

 空君は上を向いて、肩をすくめた。

 ぼくは、思わず腰を浮かせた。

「ごめん! 空君。英語得意だって思いこんでた。イジメを英語で何て言うか気軽に聞いた自分がはずかしいよ。ごめんなさい」

「いいっていいって。イジメを英語で何て言うかは一番最初に自分で調べたんだ。いつでも言えるように。でも結局あっちでは使えなかったけどね」

 その言葉だけで、空君がアメリカでどんな思いで過ごしていたかが、伝わった。


「ぼくは……」

 それまでずっとみんなの話をだまって聞いていた力が、ぽつりと口を開いた。ひざの上で両こぶしをぎゅっとにぎりしめている。

「みんなにじゃないんだけど、ぼくは親に言ってないことがあるんだ。学校で叩かれたり蹴られたり暴力を受けてたこと、親に言ってないんだ。やられたらやり返せって言われるから。でもぼくは……」

 力のにぎりしめたこぶしに、涙がこぼれた。

「暴力はイヤなんだ」

 となりに座っていた空が、力の背中をだきかかえた。

「おれもやだよ」

「ぼくも。そして親に言いたくない気持ち、ぼくもわかる」

 ぼくの言葉に、瑠子も美遊も詩季もうなずいた。

 力が、目をごしごしとこすった。

「でもここにきて、ぼくは暴力を使わなくても、サバイバルすることができるって知ったんだ。だから」

 力が顔を上げた。

「イジメ相談掲示板はやめたくない」

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