第15話 瑠子からの電話

 教室のドアを開けると、みんながいっせいにかけよってきた。最初に言う言葉はもう決めていた。

「詩季さんは大丈夫だよ!」


 張り詰めていた空気が、一瞬でゆるんだ。

 美遊は涙ぐんでいた。

「よかった」

 瑠子が、美遊の背中をさすっているのを見て、さっき、先生がそうしてくれたのを思い出した。

「瑠子さん、ありがとう」

 瑠子はだまってうなずいた。


 救急車の中でのことから順番に、詩季の状態をみんなにくわしく話した。

 聞き終えて、空がうなずく。

「そうか、検査で異常が無かったってことは、どうして倒れたのかは分からないってことだね。ストレスがあったのかな」

 美遊がつぶやいた。

「掲示板のことかな」

「そうだろうな」

 一番にこたえたのは空だった。

「空君、授業してくれたんだよね、ありがとう」

「ああ、うん」

 掲示板の件は、解決していない。これからどうなるんだろう……という言葉を言いかけて飲みこむ。

 力も、今日はいつも以上に静かに見えた。

 ぼくはみんなを見回した。

「真名子先生が、今日の授業はこれで終わりだって。先生と詩季がいないけど、ぼくらだけで、ちゃんとやろう。掃除も終わりの会もしよう」

 いつも授業終わりには、黒板を消して、教室の掃除をして、片付けをしてから帰る。

 真名子先生は、ぼくに「よろしく頼む」って言った。ぼくを信じて、ぼくにまかせたんだ。

 教室のゴミをまとめて、戸締まりもして、最後に鍵を閉めて教室を出た。

 文化センターの市口に工事予定表が書いてあった。コンクリを削る工事は今日までだ。ぼくらにはただのうるさい雑音だった工事の音が、詩季には耐えられない苦痛だったのかもしれない。

「じゃあ、また月曜日にね」

 みんなと手を振って別れた。


 その日、家の近くの駅で下りて、道を歩いている途中で、携帯電話に着信があった。

 立ち止まって発信者を確認すると、瑠子からだった。クラスのみんなと電話番号を交換したけれど、かかってきたことはまだ一度もない。

 さっき別れたばかりなのに。なんだか胸騒ぎがする。夕方の駅前の通りは、おじさんやおばさんが足早に行き交っている。

 道の端に寄って、瑠子にかけ直した。呼び出し音が鳴る電話を、祈るような気持ちでにぎりしめる。

 数回の呼び出し音のあと、つながった。無言のままだ。


「る、こ……さん?」

『…………ごめん』

「どうしたの? 瑠子さん、瑠子さん!」

 電話の向こうで、一瞬の間があった。

『……あたし、もうみんなに会えない』

「どういうこと?」

 心臓がドクンと脈打つ。

『これから飛びおりようと思ってる』

「瑠子さん! 待って!」

 飛びおりちゃダメだ……と言おうとして、言葉をのみこんだ。命の大切さを今、話しても届くわけない。

 真名子先生ならどうするだろう。とにかく理由を聞いてみるかもしれない。

「どうして?」

『言えない……言ったらあたしのこと嫌いになるから。軽蔑するから』

「しないよ」

『する』

「しない」

 こんなやりとりを続けていても時間稼ぎにしかならない。


 左手で携帯を耳に押し当てたまま、ぼくは、右手でこめかみをトントンとたたきながら、必死で考えた。

 今日は想定外のことばかり起こる。

 でも、ぼくはこの非常事態をサバイバルしなくちゃならない。ぼくとぼくの友達を救うために。

 どうすればいい? ぼくの持っている武器……知恵もトーク力も腕力も、あまりにも貧弱すぎる。

 赤レンジャーは、カッコいい言葉で、瑠子さんをはげまして力づけて、助けてあげなきゃいけないのに。飛び降りたいくらい、つらく苦しいところにいる瑠子さんに届く言葉で。

 なのに現実のぼくは、カッコ悪くて最低最悪で……。

 その瞬間、頭の中に稲妻がひらめいた。


「瑠子さん、ぼくの告白を聞いてくれる?」

 突破口が見つかった! ただひとつの、ぼくの必殺技。最低でカッコ悪いぼくにできること。

『うん』

 心臓がはげしく脈打つ。胸が苦しい。

「ぼくも、飛び降りようとしたことがあるんだ。なぜかっていうと……ぼくのことを軽蔑して嫌いになるかもしれないけど」


 すうっと息を吸い込む。本当のことを言うのは、屋上から飛び降りる以上の勇気が必要だった。でも真名子先生は「信頼」が大事だって言った。まぶたの裏に、真名子先生を思い浮かべて、口を開く。

「ぼくが最低最悪な人間だから。ぼくは友達にひどいことをしちゃったんだ」

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