第12話 掲示板にはじめての投稿

 毎日、朝にお昼休みに帰り際に、掲示板をチェックしても誰からも何も投稿がない。ドキドキしながら、一週間がたった。


 お昼休みに、ノートパソコンを囲んで、ひとつも投稿がない掲示板をながめながら、ぼくはぼやいた。

「イラストはいいんだけど、イジメ相談掲示板っていう名前がダサいんじゃないかな」

 瑠子が首をかしげる。

「分かりやすいから、いいと思うけれど」

「だよね」

 うなずいて空はイスに背をあずけて、足を組んだ。


 なにかもっと、カッコいい名前にできないだろうか。たとえば英語にするとか……。

「空君、イジメって英語ではなんて言うの?」

「ブリィン」

「ブリン掲示板じゃ、分かんないよなあ」

 空が、肩をすくめた。

「英語にすればカッコよくなるってわけじゃないよ」


 このまま何もないまま終わってしまうのかと思い始めた九日目の夕方、初めての投稿があった。

 みんなでパソコンをのぞきこむ。


━ぼくは、学校でいじめられています。どうすればいいですか?


 あらかじめ誰が最初に返信するか決めていた。瑠子がうなずく。

「あたしがまず、返信するね」

 

━青レンジャーです。投稿してくれてありがとう。こわかったよね。勇気を出して投稿してくれてよかった。わたしたちは君の味方です。


 瑠子が顔を上げた。真名子先生が両手で大きなマルを作った。瑠子が送信ボタンを押す。

 立ち上がった瑠子は、ぼくに向かって微笑みかけた。

 次は、赤レンジャー、ぼくの番だ。赤レンジャーは、どんな声かけをしたらいいんだろうって、ずっと考えてた。

 瑠子の代わりにイスに座って、パソコン画面と向き合うと、あれもこれも考えていた答を全部忘れてしまったことに気づいた。頭が真っ白だ。


━……いじめられています。……━


 その言葉を見ていたら、頭の中で真名子先生の声がした。体の奥から勇気がわいてくる言葉。

『もう大丈夫だよ!』

 ぼくはその言葉通り打ち込んだ。


 それから順番に他のレンジャーたちも、その子をはげますメッセージを送った。

 その日から、投稿がすこしずつ増えていった。

 いじめられている子。学校に行けないでいる子。進路を迷っている子。友達がいない子。こんなにも、迷っている人、悩んでいる人、苦しんでいる人がいた。


 だいたいは、青レンジャーの瑠子が、返事を書き込む。ピンクレンジャーの美遊は悩みによりそい、紫レンジャーの空が明るくはげまし、緑レンジャーの力は言葉少ないながら重みある声かけをして、黄レンジャーの詩季も個性的な声かけをする。

 赤レンジャーのぼくは、力強いはげましの言葉を入れた。あとから思うと、それはいつも真名子先生がぼくたちに言っている言葉だった。

 ぼくたちが返信する言葉は、真名子先生が必ずチェックしてくれる。だんだん慣れてくると、いろんな言葉が出てくるようになった。


 コメントを入れるのは、朝、授業が始まる前と昼休み、と先生とみんなで話し合って決めた。

 昼休み、ぼくはパソコンにコメントを打ち込んでいた。


━ぼくも君も本当は自由なんだよ。学校なんて行かなくていい。


 学校に行けなくて悩んでいる子への応援の言葉を送ろうとしたら、美遊が横から顔を出した。

「こんなこと言って大丈夫? 炎上しない?」

 不安げな美遊の顔に、ぼくもつられて心配になった。すると、瑠子が、横からアドバイスしてくれた。

「図書館に行くのもあり、って付けたすのは?」

 ぼくはドキッとした。瑠子はニコッと笑った。

「あたしも、学校行きたくないときに、図書館に行ってたから」

 後ろで見ていた真名子先生が、うなずく。

「そうだな。具体的なアドバイスがあるほうがうれしいよな」

 ぼくはホッとして、送信ボタンを押した。先生の言葉には、魔法みたいな力がある。いつか、ぼくの言葉も、誰かの力になる日がくるんだろうか。


 その願いが叶ったのを教えてくれたのは、瑠子だった。

 7月になってから、暑い日が続いていた。教室に着くと、瑠子が先に来てパソコンを見ていた。掲示板にコメントできるのは、サバイバル教室のパソコンからだけだ。瑠子はいつも朝一番に来てパソコンを確認している。

「おはよう」

 ぼくの声にふりむいた瑠子は、立ち上がって、手招きした。

「光太郎君、来て! 見て!」

 パソコンには、一番最初に書き込んでくれた子が、また投稿してくれていた。


━サバイバルレンジャーのみなさん、ありがとう! 特に赤レンジャーさんの言葉が、めっちゃうれしかったです。


 パソコン画面が、じわりとにじんだ。ぼくは顔をそらして、上を向きながらこたえた。

「よかったじゃん。ぼくもうれしいよ。最初に返信してくれたの、瑠子さんだし」

 目から涙がこぼれそうだった。

「ちょっと トイレ行ってくる」


 このぼくが。

 だれかの力になれるなんて。

 人間のクズと言われたぼくが。

 こんなぼくでも、人助けができたんだ。

 トイレに入ると、鏡にぼくの顔が写っていた。鼻の穴をふくらませて、得意げな、にやけた顔だ。

 人助けができるなら、あのときもできたはずだ。

 言えたはずだ。

 優斗に。

 みんなに。

 荒引先生に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る