第6話 イジメはなくせる?なくせない?ディベート

 真名子先生が手をパンパンと叩いた。

「さぁ、じゃんけんするぞ! グーパーだ! さいしょはグーで、グーパーじゃん!」

 なんだかわからないながら、ぼくも、先生の声に合わせて、グーを出した。

 ぼくと救助隊長の瑠子が、グー。残りの3人はパー。ひとりチョキを出した詩季に、先生がつっこむ。

「おい詩季、グーパーって言ったじゃねーか」

「いいじゃん、チョキだって」

 詩季が口をとがらせる。

「まいっか。グーでいいな。それで3人と3人だからな」

 先生にうながされるまま、ぼくと瑠子、詩季が右側に、美遊と空と力が左側に座った。美遊はちらちらと瑠子のほうを見ている。

 そして先生が円の外側にイスを引っ張ってきて座った。


 空が手を上げた。

「おれ、できるほう!」

 詩季と瑠子が顔を見合わせた。

「じゃあ、あたしたちが、できないほう? えー」

 先生が、片眉を上げた。

「できないほう……が難しいよな。瑠子、大丈夫か?」

 瑠子は、一瞬口をつぐんで、「大丈夫です!」と答えた。

「よし。決まりだ」

 先生が、みんなを見回してから、ぼくに目を向けた。

「光太郎、ディベートしたことあるかい?」


 ぼくは小さく首を振った。ディベートの意味も分からない。

「ディベートっていうのは、あるテーマについて、それぞれ違う意見を、どうしてそうなのか相手に分かるように話すことだよ。今回は、光太郎が参加する記念すべき1時間目だ。イジメ救助隊員として、イジメをなくすことができるかどうかについて話し合ってみよう」

 ぼくは、となりに座る瑠子と詩季に目を向けた。瑠子がうなずく。詩季は、ぷいと横をむいた。

「え、じゃあ、ぼくが、できないほう……って、イジメをなくすことができない、ってことですか?」

「ああそうだ。でもな、これはディベートの練習だから、光太郎が本当は、イジメをなくすことが、できるって思ってるのか、できないって思ってるのか、どっちでもいいんだ。ここにいる皆も、それぞれにどう思ってるのかは今は関係ない。じゃんけんで、できると、できない、に分かれて、そういう意見を発言するんだよ」


 ぼくは、頭をフル回転させた。ぼくはこれから「イジメをなくすことはできない」という意見を言うんだ。瑠子と詩季と一緒に3人で。

 対する3人、空と力と美遊は「イジメをなくすことができる」という意見を言う。


「イジメをなくすことは……できない……のかな」

 ぼくのつぶやきに、となりに座る瑠子が、こたえた。

「わからないけど、そう考えている人もいるでしょう? そういう人になったつもりで、考えてみましょう」

 瑠子が、大きな目でぼくをまっすぐに見つめた。まつげが長くて、思わずドキッとして目をそらしてしまった。

「なったつもりで……」

「そう。いろんな考え方の人がいるでしょう。だから、自分と考えが違っても。なったつもりで考えてみることって意味があると思うの」

 ポニーテールの瑠子は背筋も言葉もまっすぐだ。ぼくは急にはずかしくなった。

「わかった。ぼくも考えてみる」


 向かい合う3人、空と力と美遊に目を向ける。

 空が、袖をまくった。

「よーし! 納得させたほうが勝ちだな!」

 空の言葉に、美遊がおびえた目を向けた。

 真名子先生が、空をたしなめた。

「おいおい、勝ち負けじゃないって言ってるだろう。相手を言い負かすんじゃない。相手に分かってもらえるように話すんだ。そして相手の言うことを理解しようっていう気持ちで聞く。お互いをわかり合うため、もっと仲良くなるために話すんだよ」

 美遊がホッとした表情になったのがわかった。


 最初に口を開いたのは、詩季だ。

「あたしはね、マジでイジメをなくすことはできないって思ってるんだ。だってイジメってどこにでもあるじゃん。学校だけじゃないよ。大人の世界だって、外国にだって。それを全部なくすことなんて……」

 空がイスから体をうかせた。

「今あるってことと、なくせるかなくせないかは別だろ」

 先生が手を伸ばした。

「空、ちゃんと人の話を聞きおわってから話そうな」

「あ、はい」

 空がイスに座り直すと、詩季は肩をすくめてつぶやいた。

「人の話を聞けない人だって、いなくならないよね」


 ぼくは思わず口をはさんだ。

「それは関係ないんじゃないかな」

 みんなの視線がぼくに集中するのを感じたけれど、詩季に向かって続けた。

「空君は、ちゃんと先生の言葉を聞けたよ。だからイジメだって……」

 そこでハッと気づいた。

「あれ、ぼくは、イジメがなくせないって意見を言うんだった」

 自分の間違いに、思わず笑ってしまったぼくにつられて、詩季も笑った。

「ディベートってむずかしいよね。あたしと空はチームは違うけど、自分がホントに思ってる側だから、まだ楽だけど」

 詩季はイジメをなくすことはできないチームで本当にそう思ってる。


 空がうなずく。

「おれはイジメは本当になくせるって思ってるよ。じゃなかったら、イジメ救助隊員なんてできないよ。信じてるから、がんばれるんだ」

 そこで瑠子が口を開いた。

「なくすことができる、っていう事実と、なくすことができると信じたいっていう思いは同じなのかな」

 空が首をひねった。

「それを言うなら、できるって事実なのかっていう問題もあるよ。だって、まだ実現してないし、いつ実現するかもわからないし」

 瑠子がみんなを見回した。

「少なくとも事実は、今はまだイジメをなくすことができていない、っていうことよね。だから、詩季さんと光太郎君とわたし、できない派は、現実を現実として受け止めているだけなのかも。でも、できる派の信じたいっていう願いも分かる」

 美遊が瑠子の言葉に大きくうなずいた。長い髪がゆれる。

「あたしも信じたい」


「ぼくは……」

 美遊のとなりにいた力(りき)が初めて口を開いた。

「ぼくはこの教室に来てはじめて、なくすことができるかもって思った。それまではできっこないって思ってたけど、ここにきて信じられるようになったんだ。みんな、そうだよね?」

 力がしゃべるのを初めて聞いた。かぼそい声で、力は必死にうったえていた。

 みんなが力に同調している。みんなの心がひとつになりかけている、と感じたそのとき。

 とつぜん、詩季が「でも!」と言って、体をうかせた。

 話してもいいのか、迷っているように見える。

 みんな詩季の次の言葉を待った。空が話したそうにしながらも、がまんしているのがわかる。

 詩季はうつむいたまま、つぶやいた。

「あたしは……信じて期待して裏切られるのが、つらい」


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