第2話 救助隊員はふだん何をしているのか?

「はっ!」

 ぼくは、先生の手をふりはらって、もういちど、わらった。自分自身のことを。絶望しすぎてわらうしかなかった。

 おかしくて、バカらしくて、わらえる話だ。

「頭おかしいんじゃないですか。ぼくは、ぼく自身のことを助けることもできないんですよ。そんなぼくがどうやって人のことを助けるんですか」


 真名子先生は、ぼくをまっすぐに見つめたまま、静かに首を振った。

「光太郎君」

 いつ、ぼくの名前を知ったんだろう。聞く間もなく、真名子先生はたたみかけるように続けた。

「君だからできるんだ。君にしかできないんだ。イジメのつらさを知っているきみだから。ただ力があればいいってわけじゃないんだ。心の痛みを知ってる人にしかできないんだよ。イジメから人を助けるのは、とってもデリケートな仕事なんだ。どうしても君の力が必要なんだよ」


 思わず、圧倒されてしまった。

 真名子先生の目が優しく細くなった。

「光太郎君。もう大丈夫だよ。君に会えてよかった。君を、イジメ救助隊に、スカウトする」


「どういうことですか」

「君を、イジメ救助隊に、スカウトする。大事なことだから二度言ったぞ。もう一回言おうか?」

「いえ、結構です」


 真名子先生は、柵の向こうを指さした。

「あの富士山にちかおう。イジメに苦しむ子ども達の力になると!」

「あの、富士山、そっちじゃないんですけど」


 真名子先生はポケットから何かを取り出して、ぼくの手に置いてその上から、ぎゅっとにぎりしめた。先生の手は大きくて温かい……違う、ぼくの手が冷たくなってたんだ。

「光太郎! イジメ救助隊として、一緒にがんばろうな!」


「救助隊って……え、どういう、……ぼくが? なんで……」

 こんらんしたまま開いた手の平の上には、赤いフエルトのバッジがあった。

 ゆがんだ赤い丸に、小さい黒い丸が2つ、ぬいつけてある。ひっくり返すと裏側に安全ピンがついている。トマトじゃないし、ブタの鼻……でもない、何か赤くて丸い……なんだろう?


「救助隊員の印のワッペンだ」

 先生は、ぼくのシャツのそでに、そのワッペンを安全ピンで付けた。今気づいたけれど、先生のTシャツのそでにも、同じワッペンがある。先生のワッペンは白に黒丸……その瞬間、ハッとした。これはドクロだ! 海賊マークみたいに、ドクロマークの元に、戦うんだ。


 先生は、満面の笑みで、自分のそでを指さした。

「ほら! おそろいの、パンダちゃんワッペンだ!」

 ひどすぎるデザインに、がくりと、たおれかけたぼくを、先生がささえてくれた。


 ぼくの手を引いて先生が立ち上がる。

「さあ行こう!」

「え、どこへ?」

 先生が、ニカッと笑った。大人の男の人なのに、なんだかその顔は、子どもみたいに見えた。

「サバイバルだ!」

 キラキラした目で言われて、思わずうなずいてしまった。


 一緒に階段で、一階におりる。いつも受付にいるメガネのおばさんが、顔を上げた。

「真名子先生!」

「佐藤さん、いつもどうも! 今日も綺麗だな!」

「真名子先生もかっこいいわよ」

 おばさんの笑い顔を初めて見た。

「じゃまたな!」

 と手を振る真名子先生と一緒に、ぼくも、ちょこんと頭を下げて、図書館の建物から出た。


 とりあえず並んで歩道を歩く。

 石畳の歩道に、二人の影。背の高い影と、たよりない小さな影。


「なあ、光太郎、消防隊員や海難救助、山岳救助、いろんな救助隊があるけどな。救助してないとき、いつもは、隊員が何しているか知ってるか?」

 ちらと先生を見上げる。ひざをついていたさっきは同じ目の高さだったけれど、並んで歩くと、ずいぶん背が高い。


「ええと、消防……訓練とか、体をきたえてるとか?」

 先生が、親指をぐっと立てた。

「正解だ! 光太郎はやっぱり分かってるなあ!」

 そう言いながら、Tシャツのそでをまくって、うでを見せてくれた。ぼくの五倍くらい太い。ただでさえ太いのに、そこからさらに筋肉がもりあがっていく。


 先生が、うでを指さした。

「つかまっていいぞ」

 おそるおそる手をかけると……体がふわりと宙に浮いた。

「うわっ!」

 うで一本でぼくを持ち上げて、ゆらゆらゆらす。

「まあ、このくらいは朝メシ前だ。あ、もうすぐ昼だな。昼メシ前か!」

 ぼくをぶら下げたまま、先生が歩く。


 もしかしてこれから行くのは、ジムとかトレーニングするところなんだろうか。

 先生と目が合った。ぼくは急に、はずかしくなって、手を離して地面におりた。

「どうせぼくはこんな、ガリガリのチビだから」


 先生が立ち止まった。

「ちがうぞ。ガリガリのチビじゃない。光太郎は、小柄でスマートだ」

「おんなじだよ」


 先生が大きく首を振った。

「ぜんぜんちがう。それからな。『どうせ』って言葉は禁止だ。お前は救助隊員なんだぞ。助けを求めてる人がいるのに、どうせ助からないって思ったら、どうなる? ぎりぎりのせとぎわで、もしかして、ダメかもっていう状況でも、絶対にあきらめちゃダメだ! 助かる人も助からない」


 先生は、こぶしで自分の胸をドンドンと叩いた。

「気持ちなんだ。こわくても、気持ちで最初の一歩をふみだす。気持ちがあれば力が出る。気持ちは、現実を動かすんだ!」

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