第1章 イジメ救助隊員にスカウト?!

第1話

 小学校六年生の春、ぼくは、とてつもなく怒っていた。


「絶望した!」

 図書館の屋上への階段を昇りながら、体の中が、かっかと熱い。学校を飛びだしてから、あてどなく町を歩いて、いつのまにか図書館に来ていた。


 学校になんか、行くんじゃなかった。肩かけカバンの中には、教科書筆記用具と図書カードが入っている。ゴールデンウィークあけからずっと学校に行かずに、図書館の自習室で過ごしてたからだ。


 入り口のカウンターの前を大またで通り過ぎて、階段に向かう。今日は自習室には行かずに、さらにずんずんと階段を上がっていく。

「優斗……なんで! どうして! 聞いてないよ!」

 ぎりぎりと歯噛みしながら、四階まで来た。


 屋上へ向かう扉には、「立ち入り禁止」のプレートがかかっている。どうせ鍵がかかってる、と思いながらドアノブをひねる。扉は、するりと開いた。お腹のあたりがヒヤリとした。


 扉を開けて、一歩、外に踏み出す。思わずまぶしくて目を細めた。


 屋上は、明るかった。

 五月の空は青く晴れ渡り、ならんだプランターからコンクリの壁に向かって、緑色の葉っぱがわしわしと伸びている。緑の圧力に、おされるようにして、ふらつきながら、屋上の柵に向かう。

 並ぶ家の屋根と道。その向こうには小学校がある。


 一瞬ためらってから、ぼくの背より高い、屋上の柵を見上げた。

 どこまでも青い空がぼくを責めているように見える。

 柵に手を伸ばして、つかむ。

 ごくりと、つばを飲みこむ。


 つかんだ手に、ぐっと力を入れた瞬間、後ろから声をかけられた。


「富士山見えるか?」


 びくっとして振り向くと、背の高い男の人がいた。見たことない知らない人だ。緑のジャージに白いTシャツで、体育の先生みたいにも見える。


 ぼくがだまっていると、ジャージの男の人は、ぼくのとなりに立って柵の向こうを指さした。

「ほら、あそこに富士山」


 言われた方角に目をこらしてみたけれど、それらしき山は見えない。ぼくは、太陽の位置を確認してみた。

「太陽があそこだから……、今は午前中で、南はこっち、富士山は南西方向だから」

 ジャージの男の人が指さした方角は、東南だから違う。


「あっちじゃないですか?」

 ぼくが、南西の方角を指さすと、ジャージの男の人は、手を叩いた。

「君、天才じゃないか?! そうだよ! 君みたいな子をさがしてたんだ!」


 両肩をガシッとつかまれて、ぐらぐらとゆすぶられた。

「は、離してください! っていうか、あなた、誰なんですか!」


 ジャージの男の人は、手を離すと、ニカッと笑った。

「おれは真名子極。フリースクールの先生だ」


 フリースクールって、学校? よくみると、全然先生っぽくないし、名前も変だ。

「先生? ナマコ?」

「マナコだ! この世の中から、イジメをなくす活動をしてる」


 イジメという言葉に、思わずドキッとして、目をそらした。

「へえそうですか。ぼくには全然関係ないけど」

「関係なくない」


 逃げようとしたぼくの目の前に、真名子先生がまわりこんできた。

「君の力を借りたいんだ!」


 言うなり、床にひざをついて、ぼくの手を取った。

「君に助けて欲しい」


 ぼくは、あたりを見回した。屋上には、真名子先生とぼくと二人だけだ。誰にも見られていないのは幸いだけれど、助けてくれる人もいない。


「なんなんですか!? 何言ってるんですか! ぼくが助けるって」

「そうだ」

「ぼくが、誰を?」


 ひざをついた先生の顔は、ぼくとちょうど同じくらいの高さにある。真名子先生の真っ直ぐな目に、射ぬかれたように動けない。

「イジメに苦しんでいる子供達を助けるんだ。君ならできる」


「はっ!」

 ぼくは、思わず、笑ってしまった。このぼくが?! 


 イジメられて学校に行けなくなったぼくが? 教室に行けなくて、保健室登校になって、それも怖くて図書館に逃げてたぼくが?

 久しぶりに登校したら、最大級のダメージをくらって自爆して、やけくそで飛び降りてやろうとしてた、このぼくが?!


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イジメサバイバル!おれの生徒は絶対死なせない!「ぼくらの未来」 高橋桐矢 @kiriya_t

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