第六話 劇毒の正体について
「なるほど、つまり残穢の臨戦とは――」
「……ああ、戦士に戦場での死を遂げさせてやるための、死刑の一種だ」
あれから俺たちは牢を出ることを許された。
しかしそれは自由の身になったということではなく、儀式をつつがなく執り行うため、集落にある別のテントへ移動させられただけのこと。
もっとも、竜車を抑えられている以上逃げることはできないし、外を歩くにもアオイに反感を抱くオークは多い。
どのみち人目につかない場所でこもっているしかないのだから、不自由は感じない。
「だが、この儀式はあくまで『罪人が先頭に立って強敵と戦う』ことが重要なんだ。ルピーヒドラの討伐が完了すれば、その時点で儀式も終わる」
儀式についての細かい説明をしても、アオイの様子に変化はない。
常に冷静でいるのも戦士の素質といえばそうなのだろうが、こちらとしては、もっと取り乱す姿を見せてくれたほうが安心することもあるというのに。
「委細、わかり申した――して、ルピーヒドラと相対する上で注意すべきこととは?」
「近づくな、捕まるな、攻撃をくらうな、それに尽きる」
「捕まらず、防ぎきるは基本にしても、近づくなというのは……厄介ですね」
「本当なら見つけたらすぐ逃げるのが鉄則だからな」
爪や牙はもちろんのこと、ルピーヒドラと戦う上で最も危険なのは背中の噴出孔から吐き出される毒の霧だ。
傷を負わなくとも近くにいるだけで神経毒に体を蝕まれ、最後は抵抗もできずに食われてしまう。
「しかし、我が桜天流の真髄は『お腹から声を出して技を叫び、力いっぱいぶった斬る』ですので、大きな声を出すにはやはり胸いっぱいに息を吸わねば……」
「たまには黙って戦えよ、というか意味あるのか、あれ」
「叫んだ方が気合が入ります!」
「蛮族の根性論はわからん……」
アオイがそんなことを言っていられるのだって、竜種を見たことがないからだ。
そもそも竜種というのは――。
「――はっ! やられる前に両断してしまえばよいのでは!?」
「竜種を舐めるな、そんな柔い肌なら強くもなんともないだろうが」
恐ろしい魔物は数あれど、やはり竜種は別格だ。
剣も槍も通さない頑強な肉と骨に、魔術への耐性も高いときた。
それに比べれば人間など弱っちいもので、軍や部隊を構えてようやく対等に戦えるのだ。
「ですが、フロウたちはルピーヒドラよりもなお強い邪竜を四人で倒したのですよね?」
「俺は戦ってないが……そもそもあれだって、実際に最初から最後まで四人だったわけじゃない」
邪竜との戦いには、旅で出会った多くの人々の加勢があった。
ラガニだってそうだ、あいつも俺たちの戦いに参加した一人で、ただ先頭にたったのがあの四人だったというだけのこと。
「しかも、あいつらはこと戦いに関して言えば反則みたいな連中だったからな……」
邪竜の肉体だろうがなんだろうがお構いなしに切り裂くアルベル。
魔術喰らいと呼ばれた邪竜の足止めを一人でこなしたリノア。
仲間や加勢に来た連中が傷つくそばから全て治したユスティーア。
そこまでしても味方がみんな倒れたあとに唯一戦い続けたカイエン。
あんな連中、なんの参考にもならない。
こんなふうに言っていると、そんな時に宿で一人帳簿と向き合っていた俺がなんだか薄情な人間にも思えるが、凡人があそこで何ができるというのか。
足を引っ張ることさえできずに邪竜に潰されて終わりだ。
まあ俺が事前に大陸中に手紙をばら撒き、その結果として多くの加勢が来てくれたのだから、俺だって最低限の役目は果たしたと言えよう。
ちなみに上記の話は戦いを終えたあと他の奴らから聞いたものだが……まあ全部事実だと思われる。
「逆に、邪竜の討伐を成し遂げた奴らを見たからこそ言える、竜種を舐めるな」
「むう……わかりました」
お前では力不足だと言われたように感じたのか、アオイは今ひとつ納得しかねる様子だ。
しかし俺からすれば、もっと警戒してもらいたいくらいなのだが……。
実際に相対するまで難しい話だろう。
それにアオイは、こと戦いにおいて余裕や油断を見せるようなタイプではない。
「いいか、俺はお前が一人でルピーヒドラを討伐できるだなんて思っちゃいない」
「ふーんだ、私は所詮、勇者殿たちには及ばないですよー」
拗ねていた。
子どもか。
「……続けるぞ、だからこそ、無理に倒そうとはしなくていい。凌いで、逃げて、どうにか時間を稼いでくれ」
「しかし、逃げるばかりでは戦況は変わりません!」
「俺が変える。お前が稼いだ時間で、オークたちを俺が説得する」
ルピーヒドラの討伐が難しいのは、あくまでアオイが一人で挑んだ場合の話。
強く、そしてルピーヒドラとの戦い方も熟知している彼らが味方につけば、戦況は変わる。
しかしそれには、ラガニたちを説得するための時間が必要だ。
その時間さえアオイが稼いでくれたのならば、残る問題は俺が解決してみせる。
だがこればかりはなにか特別な交渉材料があるわけでもない。
いったいどうやって話をつけるべきか――と、考えていると、アオイが悩む俺の顔をじっと眺めていた。
「……なんだよ、言っとくが、これ以上の問題は抱えきれないぞ」
「いえ、そういう類のことではなく……フロウはなぜ、勇者殿の旅の列に加わったのか、ふと気になりまして」
突然投げかけられた疑問。
たしかに、あの旅については俺が大っぴらにしたい話でもなかったので、あまりアオイには聞かせてこなかった。
「剣や槍の覚えがあるわけでも、魔術に長じているわけでもない。その上、最後の決戦には顔も出さなかったといいます。物見遊山でついていく性格でもなしに、なにゆえ四年もの歳月を、彼らに費やしたのですか?」
「……まあ、そう言われればもっともな疑問か」
そんなこと、気にかけたこともなかった。
出発の朝、荷車を引いて村の門で待っていた時だって、あいつらは俺に驚きこそすれ、誰一人その理由を訪ねてきたりはしなかった。
「――そもそもを言えば、四年も付き合う気なんてなかった。兄貴たちもどこかで適当に引き返すだろうから、それまで面倒を見てやるくらいの気持ちだったんだ」
四年というのも、邪竜を倒したというのも、俺にしてみれば『兄貴たちが旅の終わりを宣言するまでに四年かかって、そのきっかけが邪竜討伐だった』くらいの結果でしかない。
「兄貴や幼馴染み連中はみんなズボラで、旅なんかできるまともな奴は一人もいなかったからな。でも付き合いは長かったから、そんな奴らがどこぞで野垂れ死んだって噂を聞くのも気分が悪い。だから仕方なく、自分の精神衛生を考えてついて行った、それだけだよ」
手の出しようのない不安よりも、多少の疲れを伴う安心のほうが貴重だと思った。
それに俺は田舎の村の生まれだったから、知見が広がることへの個人的な関心も、わずかにあった。
「――ふむふむ、それでそれで?」
「興味深そうに掘り下げてくるな、今の理由で全部だよ」
ここぞとばかりに好奇心を働かせやがって。
普段は人の事情なんてお構いなしのくせに。
「フロウは捻くれ者のきらいがありますので、建前だけを聞いても仕方がありません」
「お前はもう少し建前を上手に使ってくれ」
なんでもかんでも思ったことを口にすればいいってもんじゃねえぞ。
アオイのこういうところは、本当にあいつらを思い出す。
あいつらも考えがすぐ口に出て、嘘が下手で、バカがつくほどの正直者だった。
しかし、そんな奴らに俺が弱いのも事実だ。
「さあ、心の内を話されよ、いざ、いざ」
「うぜえ……ああ、くそ」
一度アオイから視線を外して、乱暴に指で頭を描く。
こんなことになるのが嫌だから、旅の話はしたくなかったんだ。
「――仲のいい奴らが自分を置いて出かけるなんて、のけ者にされたみたいでムカつくだろうが」
……顔が熱い、ちくしょう。
そうだよ、田舎もんが友だちみんなと村を出るのに、そんな大層な理由なんてあるもんか。
せめて笑い飛ばしてくれれば逆に気も楽になるのに、それすらしてもらえない。
気の利かないアオイの人の良さが、俺の羞恥を加速させていく。
アオイの顔を覗けば、ほら見ろ、人の気も知らずに満足そうな微笑みを浮かべていやがる。
「――ええ、わかりますとも。孤独は毒、薬ではけして癒えぬ劇毒なるもの」
そんなことを言われては、感情を顕にしてごまかすこともできなくなってしまう。
「やはりあなたは、かけるに足る友人です」
そう言ってゆっくりと頷き、アオイは立ち上がり、テントの入り口に視線を向けた。
立ちあがった理由は、すぐにわかった。
「――戦士アオイ、準備はいいか」
腕で幕を持ち上げて、ラガニがやってくる。
腰に佩いた剣をそっと撫でて、アオイが視線で答える。
「やってきた。物見がみつけた。数刻ののち、ルピーヒドラがここへやってくる」
テントの隙間からは、松明の明かりが透けて見える。
夜が明けるには、まだ早い時間だった。
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