第三話 オークについて

「ラガニ、話を聞いてくれ!」


 俺たちは、集落の牢へ放り込まれた。

 抵抗はできなかった。

 あれ以上戦いを続ければ、その時点でお互いに無事では済まなくなる。

 何より、話をする機会さえ潰えてしまう。


「聞く耳持たん、その女はそれだけのことをしたのだ」

「アオイは外から来た人間だ、オークのことも、この大陸のことも何も知らない!」

「……許せ、友よ。それでも我らは許すことができんのだ」


 ラガニはそう言って、俺に背を向け牢から出ていった。

 事情は伝えた、しかし対話というにはほど遠い。


 せめて、話し合いの場だけでも用意してくれれば……。


「――申し訳ありません、フロウ」


 後ろで座っていたアオイが言う。

 必死に俺が説得を試みる一方で、アオイはずっと黙ったままでいた。


「気にするな……なんてことは言えない。だけど俺は、お前にそこまでの罪があるとは思っちゃいないよ」

「しかし、私は彼らの尊厳に傷をつけた。それは事実です」

「たとえそうだとしても、お前には防ぎようがなかった。せめて和解の道くらいは作られるべきだ」


 悪意がなければどんな罪も帳消しになるなんて、そんなことはありえない。

 だが、情状酌量の余地くらいはあって然るべきだ。


 片方の事情だけを鑑みて裁くなんて、そんなものは独善だ。


「教えてください。彼らには、いったい何があったのですか?」

「……そうだな、こうなったらお前も知っておくべきだ」


 できることなら、せめて初めてオークと出会うこの機会くらいは何も知らないまま、ただの隣人としてアオイには彼らと接してほしかった。

 その積み重ねが親和の第一歩であると信じているし、その気持ちは今も変わらない。


 それでも、もはや俺には伝える義務があるだろう。



「オークはつい最近まで、関所の通過や職業選択の自由を与えられなかった。それだけじゃない、俺たちが今使っているこの街道さえ、歩くことを禁じられていたんだ」

「……それは、なぜです?」

「簡単な話だよ。他種族たちは、結託してオークという種族そのものを穏便に封じ込めようとしたんだ」


 この大陸にはヒューマンやハーフフットなど固有の文化を持つ多くの種族が混在する。

 それらが交わることで、大陸は発展してきた。


 しかし、その裏には当然のように軋轢や衝突がある。

 軋轢を乗り越えて手を取り合う――最も簡単な方法は、共通の敵を作ることだった。


「見た目や文化の違いを理由に、彼らを人ではないもの、魔物の仲間として扱った。そしてその運動を主導したのは、この大陸で最大の人口をほこる種族――ヒューマンだ」


 ヒューマンは他種族と結託してオークを排斥し、必要になれば労働力を求めて奴隷とした。

 大陸最大の宗教であり万人に対する救済を謳うミレニ聖教でさえ、彼らに信仰の権利を与えなかった。


「異を唱える者はいなかったのですか? そのような行いは人道に背くと」

「いるにはいたし、きっと声を上げずに反対している人だってたくさんいただろうさ」

「では、なにゆえ……」

「顔も名前も知らない、自分たちの生活を脅かす相手のために戦えるほど、人は強くない」


 この問題において、オークは被害者だった。

 しかし同時に、差別からの解放を求める過激派のオークたちが街や村落を襲う事件が起きていたのもたしかだ。


 ヒューマンやオークの全てが脅威でないことは、きっとお互いに理解していた。

 それでも内に潜む脅威があるかぎり、簡単には手を取り合えない。


「兄貴――カイエンが邪竜を討伐する最終決戦で、オークは俺たちに味方した。それをきっかけに差別の撤廃が法として整備されたんだが……完全な実現にはほど遠いよ」

「そうですか……やはりフロウが、彼らとの鎹になったのですね」

「俺はただ、兄貴たちへの助力を頼んだだけだ。そのあとのことはやっぱり当事者の功績だよ」


 あのラガニもまた、邪竜との戦いに駆けつけてくれたオークの一人だった。

 戦いが終わったあとに法案をまとめられたのだって、ガラテア族の族長であるラガニが他氏族との折衝を積極的に進めてくれたからだ。


「ラガニはな、幼少期から種族差別の被害を受けて育ったんだ。それでも最後には俺たちと手を取り合うことを選んでくれた。立場もあって厳しいやつだが、話せばわかる相手なんだよ」


 そうでなければ、いくら過去の繋がりがあるとはいえヒューマンである俺が集落へ入ることさえ許してくれなかったはずだ。

 憎しみや遺恨があったとしても協和の道は必ずある。


 だからこそ、どうにか落ち着いて話をするきっかけを探りたいんだが――。


「相わかり申した――やはり私は、如何なる沙汰も受け入れましょう」


 ……こういう時にこんなことを言われてしまうと、やりにくい。


「お前なあ、なんでこんな時だけ物わかりがいいんだよ……」

「失敬な、私はいつでも分をわきまえています!」

「蛮族なら蛮族らしく喚いたり暴れたりしろ」

「誰が蛮族ですかー!! だいたいフロウはいつも大人しくしろというのにこういう時だけ!」


 ――ぎゅるるる。


 と、せっかく暗い空気を取り払って賑やかになりかけた俺たちの間に割って入ったのは、アオイが鳴らした腹の虫。


 壁の格子から外を見れば、すっかり日が落ちている。

 昼から食事を摂るヒマもなくこの有り様だ、それは腹も減るだろう。


「フロウ、こんな時によく腹を鳴らせますね?」

「いや、今のはどう考えてもお前が出した音だろうが!」

「アオイの腹はブシの腹ゆえ、どれだけひもじくとも鳴ったりはしません」

「だから意味わからん蛮族の風習を持ち込むな!」

「あー! また蛮族って言いました!」


 ぎゃあぎゃあと。

 ぐだぐだと。


 これが牢に放り込まれた連中の会話だろうか。

 我ながら呆れてものも言えない。


 しかし、俺は以前の旅でこんなことは慣れっこだし、アオイはアオイで危機感に疎いところがある。

 そもそもずっと深刻な顔を続けるのが無理な二人なのだ。


「失敗したな、今夜はオークの料理が食べられると思って昼飯を減らしたのが仇になった」

「まあ、アオイは腹など減っておりませんが」

「まだ言うか、なんなんだその無駄な意地は」

「ブシは腹の減らぬ生き物なのです」

「腹切り原人の新たな生態がまた一ページ刻まれてしまった……」


 なんでアオイがこんなにこだわっているのかはわからないが、そもそも食事を減らしたのは俺の判断だ。

 そこについては、少しばかり悪いことをした。


「……さっきの話の続きだがな」

「それは、オークの歴史の?」

「ああ、彼らが迫害された口実の一つ……それは、魔物を食べるという彼らの食文化だった」

「なんと、魔物を……」


 俺の言葉を聞いて、アオイは少し驚いた顔を浮かべる。


「……あんなに不味いものを」

「そういえば、俺らもここに来るまで結構食ったな……」


 単なる好みの問題だった。


 この旅の道中、アオイが気配を察知しては魔物を倒してくるものだから、食費の節約としてありがたくいただいたんだよな。


「魔物を食する文化っていうのはオーク特有のものだった。そして魔物は互いを餌として殺し合う。だから、魔物を食べるオークもまた魔物の一種であるって……安易なこじつけだよ」

「しかし、我らも食べたではないですか」

「俺は特に抵抗ないからな、あんまり美味いとは思わんが」


 そもそも俺は邪竜討伐の時に魔物は貴重な食料として食ってたし。

 アオイは大陸の食文化を知らないから文句も言わないってことで。

 やっぱり不味かったか……まあ臭いし硬いからな、魔物の肉は。


「風土が違えば食文化も変わって当然だ。でもオークを虐げたがる奴らにとっては都合の良い材料だったんだよ」

「なんとも、下らない話です」

「ああ、まったくだ」


 文化の違いを尊重してこそ、人生の楽しみは広がるというのに。


「馬鹿にした奴らはオークの料理を食ったことがなかったんだ、あんなに美味いものは他にないよ」

「フロウはあの魔物肉が好きなのですか!?」

「そうじゃない――オークはな、食事に魔法をかけるんだ」


 そう、それが楽しみだったからこそ、俺は昼飯を控えたんだ。

 ここでしか食べられない、世界で最高の食文化。


「臭くて硬い魔物の肉……だけど食生活を豊かにしたいと思うのは人の性だ。だからオークは、他種族を遥かに凌ぐスパイスの製造技術を生み出したんだよ」

「すぱいす……?」


 魔物といくつかの野菜、あとは香草以外に食べるもののない暮らしの中で見出した宝。

 あれを知らずして、本当のオークの歴史は語れない。


「木の皮の削り粉や草の種、魔物の骨粉――それらを混ぜ合わせて肉に加えると、嗅いだこともない香ばしい匂いが辺りに立ち込める」

「――おぉ」

「油の臭みは食欲をそそらせる香気に変わり、あの硬い肉は噛めば噛むほど肉汁と旨味が溢れるごちそうになる」

「――おお! なんと!」

「聞き手として満点のリアクションをどうもありがとう」


 ビーグッドに集まる料理の数も大陸有数だが、それでもオーク料理はまだ馴染みが薄い。

 それになんといっても、魔物の肉は仕入れが困難ということもある流通はかなり限られる。


 だからこそ、本場であるここでアオイに食べさせてやりたかったのだが……。


「残念ながら、そのごちそうは問題が解決するまでおあずけだ」

「なんと、殺生なぁ……」


 あからさまにがっかりした顔を見せるアオイ。

 ブシとやらは腹が減らないのでは、とツッコミを入れてもよかったのだが……。


 そんな無粋なことよりも、アオイが彼らオークの文化に興味を持ってくれたことが嬉しくて、俺は余計な茶々を入れずにおいた。


 俺にとってその関心は、どんなごちそうにも勝る価値のあるものだった。

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