第十二話 戦のしまつについて

 ダニー鉱山へ戻ってくると、ドワーフたちが何やら村の外で作業をしていた。

 村の周りは荒れ、戦いの激しさが見て取れたが、堅牢な塀は健在で、勝負の行方を雄弁に語っている。


「――フロウ! 無事に戻りましたか!」


 村に入る手続きを終え、跳ね橋が下ろされると、どうやら待ち構えていたらしいアオイとエルシャが出てきた。


「そっちは大丈夫だった?」

「ああ、ひとまず今後ダニー鉱山が戦場になることはないよ」

「……そう、宝牙を使ったんだ」

「手段を選べるほど、俺は強くないからな」


 リノアの弟子であるエルシャは宝牙エリクシルのこともユスティの治癒魔術についてもよく知っている。

 だからこそ俺を一人で送り出したのだろう。

 一方そんなことは知る由もないアオイは、ちょこまかと俺の体のあちこちを覗き込んでいる。


「傷は……なさそうですね。血の臭いもありません。私とエルシャに内緒でどこぞの敵を討ちに行ったとばかり思っていましたが、思い違いでしたか」

「お前と違って俺は武功なんかに興味はないんだ、ほら、離れろ離れろ」


 そう言いつつ俺の腹や腕を触るアオイの体にも、目立った外傷は見受けられない。

 こいつは前線に立って戦ったのだろうが、遅れを取ることもなく活躍したのだろう。


 宝牙については……機会があれば教えてやろう。

 あまり簡単に教えると、こいつのことだから面倒なタイミングに大声で言いふらしそうだからな……。


「外にいるドワーフたちは何をしてるんだ?」

「此度の戦で散った傭兵の弔いを。村の中には運び込めないとのことなので、首は外に埋めてやるそうです。私とエルシャも少し手伝いました」

「……なるほどな」


 ドワーフたちが集まっている場所に目を凝らすと、剣やツルハシが地面に突き立てられているのが見える。

 元来、山岳民族として土地を移動しながら暮らすことが多かったドワーフに墓を作る文化はあまりない。

 そのかわりに、埋葬した上から武器や工具を突き立てて、死後の暮らしでも不便がないようにしてやるのだという。


「私はもう一度、彼らに手を合わせてきます。フロウは宿で旅の疲れを癒やしてください」

「ああ、ドワーフたちの作業の邪魔はするなよ」

「私とて、ホトケの御前で無体はしませんよ――では、これにて」


 そう言って、アオイは一人でドワーフたちの下へ向かっていった。

 ホトケというのがなにかはわからないが、アオイにはアオイなりの弔い方があるのだろう。


「宿に戻る前に、フロウ、少しいい?」

「どうした?」


 アオイが去ったのを見届けてから、エルシャは少し声を落として言った。


「傭兵との戦いで、アオイが妙なことをした」

「……なんだ、今度は何をやらかした」


 もはや聞くのも恐ろしい。

 ああいう奴らは、少し目を離せばすぐ謝罪の種を作り出すんだ。


「違う、そういうのじゃなくて……」


 エルシャは言い淀み、少しの間を置いてから再び口を開く。


「あの子、魔術を斬った――アルベルさまみたいに」


 アルベル――これまた懐かしい名前だ。

 エルシャは俺と違って兄貴たちを尊敬していたから、それと同じことをやったアオイの姿にはよほど驚いたことだろう。


 とはいえ、俺はアオイの戦いをはじめて見た時、彼女が魔術による火球を斬り裂いたのを目撃している。

 その理由にも、おおむね察しがついている。


「エルシャはそれを見てどう感じた? お前なら、なにかわかるんじゃないか?」

「魔術を防ぐための対抗策はいくつかある。だけど魔術の素養のないアオイが魔術そのものを斬るとなれば……やっぱりアルベルさまの技しか、私は知らない」

「アルベルの剣も、また無茶苦茶だからなあ……」


 当人によれば、見れば斬り方がわかる、らしい。

 なんの説明にもなっていないが、本人に説明能力がないので俺たちもそれ以上のことはわからない。

 アルベルといいユスティといいリノアといい、我が幼馴染ながら常識の通じない奴らだからな。


 その三人を引っ張っていた兄貴は輪をかけて非常識だったが……思い出すのも疲れるので、今は割愛。


「アオイがいた異界の技なのかもしれないけど……」

「そこまでいくと、俺たちには知るすべもないな」

「……もしかして、なにか知ってるの?」


 エルシャ、鼻の利く女。

 正直、これについては俺も予想の範疇を出ないし、それこそ口外したいことじゃないんだが……。


「知らないってことにしてもらえると、すごく助かるんだが」

「言ったはず、そういう隠しごとみたいなのは、もう嫌」


 じっとりと睨んでくる瞳は嘘やごまかしを許そうとしない。

 こうなったエルシャは厄介だ。


 …………しかたない。

 他の誰かならいざ知らず、エルシャなら不用意に漏らしたりはしないだろう。


「その、実は――――」


 そして俺は、まだアオイにも伝えていない事実をひとつ、エルシャに話した。

 話しているうちに、エルシャの顔は驚きに変わり、納得に変わり、そして――


「――というわけなんだが、その……どう思う?」

「安易、安直、無責任。そういうところ、本当に嫌い」

「お叱りはごもっともだが、俺にも事情があったんだよ……」

「……そういうところ、やっぱりフロウはカイエンさまの弟」

「その言葉が一番胸に突き刺さる……」


 絶対にこう言われるから教えたくなかったんだ。

 エルシャのことだから言葉に容赦もしないだろうし。


 にしても、あれの弟と呼ばれるの、やっぱり嫌だな……。


「でも、いいんじゃない、フロウらしくて」


 そう言いながら、エルシャは視線を遠くに飛ばす。

 その先には、埋葬された傭兵たちを前に膝をつき、両手を合わせて拝むアオイの姿がある。


 あれがアオイの弔い方なのだろう。

 これからもきっとアオイは戦うたびに、この大陸の誰も知らないやり方で相手を送っていく。


 俺はそれを、孤独と呼ばせたくはなかった。


「用が済んだら、ビーグッドへ帰ろう。ここには長居しすぎた」

「……うん、そうだね」


 アオイが故郷へ帰る方法はわからない。

 それでも俺は、せめてあの海の街がアオイにとって帰れる場所になればいいと、そう思った。

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