第七話 戦のしたくについて
「あぁん!? じゃあ何かい、弟さまは邪竜を倒してねえってかい!」
「俺は旅を手伝っただけで、戦ったのは兄貴たちだ」
「だけどよう、カイエンさまの弟さまってこたぁ、きっとさぞかし強えんじゃろう?」
「あんな体力バカと一緒にしないでくれ。俺は非戦闘員だよ」
「なんじゃい、戦えんのかい。ほれ、弟さま、早くそっちの板持ってこんかい」
「露骨に態度変えてきたな……ほらよ」
村の外壁の補修を行うディーニックに金属板を渡す。
なんで俺、こんなことしてるんだろう……。
アオイの大演説ののち、すっかりやる気になったドワーフたちは総出で戦いの支度をはじめた。
最優先事項は、村の外周を覆う外壁の補修作業。
ダニー鉱山は野盗や魔物の被害が少なかったことから、雨風で消耗してもそのままになっていた塀が多く、まずはそこから直すことになった。
とはいえ、そこは鍛冶の匠ドワーフたちだ。
村中にトンテンカンと音が響き、見る見るうちに立派な外壁ができあがっていく。
「悪かったな、頼りにならない弟で」
「ううん? そんなこたぁねえわい。みんな、勇者の弟さまの前で恥はかけねえってやる気を出しとるじゃろうが。あんたのおかげじゃよ」
「……まあ、役に立ってるなら何よりだ」
戦いにおいて、俺の専門分野は御膳立てだ。
もうどうにも避けられない衝突を前に、少しでもダメージを減らしてリターンを増やすこと。
だから、こうしてすでに戦いが決まった段階でできることは少ない。
とはいえ、期待をかけられながら全くの約立たずで終わるのも申し訳ない、か……。
「フロウ! 爺殿! 陣中見舞いにござる!」
そんなことを考えていると、遠くから大声が聞こえてくる。
見れば、アオイとモーンが荷車を引いてこちらへ走ってくるところだった。
「腹が減っては戦ができぬ、それは戦支度も同じこと――たっぷりと食べられよ!」
「……これも俺たちが持ってきた食料だなあ」
「戦の前に金勘定など無粋です! 小銭など常世への渡し賃だけあればよいのです!」
「よくわからん蛮族の文化で怒られた……」
「あの、フロウ様、ことが済んだらお支払いはしっかりと致しますので……」
「期待しておきましょう、はあ……」
ため息をつきながら、アオイが運んできた荷車の中身をあらためる。
干し肉と果物、それにうちの看板商品である野菜の瓶詰め。
「こっちの黄色い果物は分けて、いくらか倉庫にでも放り込んでおけ。戦いで疲弊しきった時に食べれば少しは動けるようになる、精力剤代わりだ」
「ふむふむ」
「あと瓶詰めの汁は捨てるな。傷口を洗うのに使えるからな、めちゃくちゃ染みるが」
「承知しました!」
旅で培った節約術もこういう時は役に立つ。
当時は金も物資もまるで足りなかったからな。
主にギャンブル中毒と大酒飲みのせいで。
用を済ませるなりモーンを引き連れて去っていくアオイの背中を眺めてから、ディーニックは俺を見た。
「それにしても、カイエンさまに弟さまがおったなんて話、はじめて聞いたわい」
「自分で言いふらすようなことじゃないし、目立つのは好きじゃないんだ。だから俺のことは……」
「わかっとるわい、皆にも大っぴらに言うなと伝えておけばよいんじゃろう。……勿体無いのう、勇者の弟さまなんて、酒の肴にうってつけじゃのに」
バレてしまったものはもう仕方がないけれど、それでもやはり衆目を集めるのは避けたい。
そもそも俺が旅に同行したのは、大層な決意があったわけでもなく、ただ仲のいい奴らが野垂れ死ぬことのないように、というおせっかいだ。
褒められるほどの同機じゃない。
今だって、やっていることといえばディーニックの横で誰にでもできる手伝いをしているだけだしな。
「……とはいえ、そればかりというのも、な」
「あぁん? なんか言うたか、弟さまよ」
「いや、ちょっと用事を思い出したから行ってくる」
「そうかい、忙しいのはええこっちゃ」
そう言って、またトンテンカンと金槌を振い始めたディーニックを横目に、俺はその場を後にした。
◇
村の役場に近づくと、ドワーフたちの列が見えた。
列は役場の入り口まで続いており、そこではエルシャがドワーフたちへ魔術によるケアを行なっていた。
「エルシャ、ちょっといいか?」
「少し待って――はい、もう動いていいですよ」
「んん? ……おお! こりゃええわい! 体が三〇年は若返りよった!」
「身体強化で一時的に誤魔化してるだけだから、無理はダメ、いいですね?」
「こんな調子がええのに、働かんほうが体を壊しちまう! 助かったわい、お嬢ちゃん!」
嬉しそうに肩をぐるぐると回しながら去っていくドワーフを見て、エルシャがため息をつく。
しかしその表情は、なかなか機嫌の良さそうなものだった。
「フロウ、何か用?」
「ああ、さっきディーニックさんに聞いたんだが、鉱山の近くに採掘や冶金で使う魔石を集めた倉庫があるらしい」
「魔石の倉庫? どんなものが置いてあるの?」
魔石は一般的な鉱石とは違い、魔力を貯める特性を持っており、刺激を与えたり外から魔力を流すことで様々な効果を発揮する。
「話は聞いたんだが、流石に俺の専門外だ。時間があったら、エルシャが直接見に行ってくれ」
「そう、わかった」
それぞれに異なる効果を持つ魔石の判別は魔術師やも魔道具職人の領分だ。
防衛戦に使えるものがあるかは、専門家の判断を仰いだほうがいいだろう。
「それと、塀の補修がひと段落したら耐攻性魔術用の防御術式を頼む」
「必要? 金属製の塀なら、普通の魔術くらいは耐えると思うけど」
「ああ、保険だから正面だけでいい。少し強めのやつをつけておいてくれ」
「……? まあ、わかった」
エルシャの言うとおり、ドワーフたちが直している塀は魔術に対する抵抗力が高い金属製の頑丈なものだ。
魔術兵団を相手にするならともかく、そこらの傭兵団が易々と抜けるものではない。
だが根拠にもならない俺の経験は、油断をすべきでないと告げていた。
「頼んだ、俺はしばらくここを空けるから、あとを任せる。アオイのことや……」
「……ちょっと来て」
エルシャは突然立ち上がると、俺の手を引いてドワーフたちから離れた。
物陰まで行ったところで、手を離したエルシャの俺を見る目が険しくなる。
「一応聞いておく、どこへ行く気?」
「リバックが向かったっていうディーズの街に行ってくる。あそこには鉱山を狙う黒幕がいるはずだ、様子を見てくるよ」
「私も行く」
「エルシャにはやることがあるし、今出ればリバックたちが来るまでに帰れないだろう」
「じゃあせめてアオイを連れて行って」
「あいつはこの戦いの旗頭だ。アオイがいなくなれば戦力はもちろん、全体の指揮にもかかわる。俺が一人で行く」
「そんなのダメ」
わかってはいたが、エルシャは猛反対してきた。
こうなるからあまり言いたくはなかったんだが、言わなければあとでどれほど怒られるかも想像できるし、しかたない。
「ここにいても俺にできることはたかが知れてる。だけど、ディーズの街に行けば俺にも――いや、俺にしかできないことがある」
「フロウにしか……もしかして、あれを使う気? というか、使えるの?」
「使わずに済むならそれでいい。だけど必要なら……もともと、こういう時のためにあるものだからな、条件は問題ないはずだ」
俺には剣の腕も魔術の才能もないし、戦いに参加しても敵の傭兵に切り殺されるのがオチだ。
しかし戦いの外であれば、俺にもできることがある。
そしてこれは、絶対にやっておくべきだと俺の勘が告げている。
「エルシャ、エルシャ! 陣中見舞いにござる! ……おや、フロウも来ていたのですね!」
どうやってエルシャを宥めようかと考えていたところで、食料を配り回っていたアオイが合流した。
ちょうどいい、どうせアオイにも話しておかなければいけなかったしな。
「いいところに来た。アオイ、お前にも伝えておくが……」
「ん? んん?? うーむ、はてさて……」
村を空ける、そう伝えようとしたところで、アオイは何やら呟きながら俺の顔を覗き込んできた。
「な、なんだよ」
「――フロウ、何か腹を決めたのですか?」
「……わかるのか?」
「根拠はありませんが、フロウの瞳から戦の前と似た気配を感じましたゆえ」
俺ってそんなに顔に出るタイプだろうか……。
ともあれ、話が早いのはよいことだ。
「俺は今からしばらく一人で行動する。もうこれ以上はないと思うが……騒ぎを起こすなよ?」
「ふむ、一人で……アオイの守りは不要ですか?」
「ああ、俺は大丈夫だから、お前はここを頼む」
「護衛の任から離れるのはいささか気が引けますが、フロウが言うのであれば、そのように」
意外にも、アオイはすんなりと受け入れた。
あまりにもあっさりとした態度で、思わず拍子抜けだ。
「ついていくとは言わないんだな」
「私は戦働きしかできませぬゆえ、求められる場所で刀を振るうのみです」
そう言って、アオイは腰の剣に指を添えた。
実際、今回はアオイを連れて行くことができない。
魔術による様々な支援が期待できるエルシャはまだしも、純粋な戦闘員であるアオイはなんというか……かえって俺が動きづらくなってしまうのだ。
アオイには、自分が活躍できる場に残ってもらわなければ。
「お戻りはいつになりますか?」
「往路と復路に加えて、調べる時間もあるからな、七日ほど留守にする」
「では、勝利の祝い酒は残しておきましょう」
「ああ――エルシャも、アオイは強いが無知なところも多い、俺の代わりに面倒を見てやってくれ」
「……そういうところ、本当に嫌い」
言葉に棘はありながらも、エルシャも引き止めるのは諦めてくれたようだ。
あとはビーグッドに手紙を飛ばして、モーンから一人乗りの足の早い小竜を借りて、役人に渡す分の賄賂も用意しないと、他には……意外とやることは多い。
このように戦いの列には加わらず、遠くでコソコソと立ち回る。
旅をしていたころから俺はずっとそうしてきた。
一人で安全圏に身を置く引け目がないと言えば嘘になるが……。
それでも、何もせず静観しているよりはマシだろう。
その後、日が沈み、夜の闇と松明の光の隙間にドワーフたちの金槌を振るう音が響く中、俺は一人で村を出たのであった。
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