第五話 盗人の正体について
「リバック、この穀潰し! さっさと出ていきやがれ!」
「おー、うるせえ。言われずともすぐに出ていくさ、こいつらを家から追い出したらなあ」
そう言って、リバックと呼ばれた青年は俺たちを睨んだ。
ドワーフは外見から年齢が判断しにくいものの、ディーニックを親父と呼んだところを見るに、おそらくは息子なのだろう。
「まったくよお、こんな盗人どもを家に上げるなんて気がしれねえや」
「客人を泥棒呼ばわりとは何様のつもりだ!!」
「だってそうだろうがよ! ドワーフが人のものを盗るか!? いいや盗らねえ! だったら盗んだのはこいつら他種族の連中に決まってらぁ!」
「ろくに働きもしねえお前がドワーフを語るな! もう辛抱ならねえ、その頭ぁ俺がかち割ってやる!」
あまり親子の関係はよくないらしく、一気に怒りを増していく両者。
まったく、ドワーフというのは出会い頭にケンカをする風習でもあるのだろうか。
「だいたいてめえは鉱山にも入らず遊び歩いて、誇りはねえのか、ええ!?」
「あんな臭えところに行かずとも、街に出りゃあもっと楽に稼げる! そんなことだからここの連中はいつまで経ってもカビの臭いが取れやしねえんだ!」
「楽に……稼ぐだぁ……!? てめえ、性根まで腐り果てたか!」
白熱する二人に、すっかり俺たちは置いてけぼりだ。
さて、どうやって諌めたものか……そんなことを考えていると、エルシャがそっと俺の袖を引いた。
「……ねえ、盗難騒ぎって、何が盗まれたの」
「たしか、昨日はドワーフの娘が大切にしてた香油がなくなったって」
「それ、たぶんあの息子が持ってる」
「……それ、本当か」
「ん」
エルシャは自分の鼻をそっと指さした。
ライカン氏族の中でもリタ族は特に嗅覚が鋭い。
エルシャが感じ取ったのなら、信頼はできる。
「でも、その匂いが例の香油だって確信はあるのか」
「私も同じの……いや、あれは女性モノだし、あの息子が使うとは考えにくい」
「誰かへの贈り物で、同じものを持っているという線は?」
「なくはない、けど、あの香油はビーグッドでも滅多に手に入らないから、こんな辺鄙な鉱山に二つも回ってくるとは思えない」
辺鄙とはダニー鉱山も言われてしまったものだが、商業都市であるビーグッドに出回らないというのはかなりのものだ。
これは、当たりを引いたかもしれないな。
「というか、あれは王都で流行ってるやつだから。商人なら、少しはそういうのに興味を持ったほうがいいんじゃない?」
「俺は昔ながらの美術商だから最近の流行りとかは専門外なんだよ……エルシャがつけてる香油だって、いい香りだと思うしな」
「なにそれ、下手な口説き文句……まあ、それがわかれば、十分かもね」
貶されたのか褒められたのか、微妙な言葉を最後にエルシャは下がり、壁に寄りかかった。
……耳が動いている。あれは機嫌がいい時の癖だ。
下手な口説き文句と言ったわりには、エルシャも身だしなみを褒められれば人並みに喜ぶのだろう。
それはさておき、あとはどうやってリバックの懐にある香油の存在を暴くかだが……。
「てめえが悪い! 穀潰しの面汚しめ!」
「てめえが古い! 時代錯誤の老いぼれめ!」
親子揃って、話を聞いてくれる状況ではない。
言葉が通じればどうにかできる自信はあるが、相手が話を聞くつもりのない場面に、昔から俺は弱い。
さてどうしたものか。
「――あの者から香油を取ればよいのですか?」
エルシャと入れ替わるようにして、いつの間にか俺の隣に来ていたアオイ。
その表情は、まさしく自信満々。
俺はこの顔の意味を知っている。
――これは、兄貴と同じ顔だ。
「……アオイ、お前は余計なことは」
「お任せください!!」
切実な願いを込めた俺の説得を聞き届ける前に、アオイは堂々とした足取りで、掴み合いにまで発展しているドワーフ親子へ近づいていく。
そして――。
「桜天流――息子殴りぃ!!!」
殴った。
両足の踏ん張りをきかせて、しっかりと腰を回し、これでもかというほど勢いの乗った拳をリバックの頬に叩き込んだ。
桜天流・息子殴り――いくら修羅の国とはいえそんな家庭崩壊への最短ルートを突っ走る技があるわけないと信じたいので、おそらくは今作った技だろう。
息子殴りって。センスがもう。
「お、おい小娘、お前、何をいきなり……」
「しからば、失敬!」
あんぐり口を開け、突如ぶん殴られた息子と突如ぶん殴った腹切り原人を交互に見るディーニック。
それをよそに、リバックの胸ぐらをつかんで体を持ち上げ、いそいそと懐を漁るアオイ。
蛮族だ……蛮族による簒奪の図だ……。
「だ、誰だあテメ、エ……! おい、や、めろ……!」
「んん? どこでしょうか……あ、あった、ありましたー! 見つけました!」
足掻くリバックを気にする様子もなく、アオイはとうとう小瓶を発見した。
小瓶は薄い水色の炻器で中に何が入っているかはわからない。
「そ、それ、昨日盗まれた香油では!?」
「なんだと!? おいリバック、なんでお前がそんなもんを持っとる!」
小瓶を見たモーンが驚きとともに発した言葉を聞いて、ディーニックが目を向く。
そしてディーニックは、アオイに放り捨てられて尻もちをついていたリバックに掴みかかった。
「てめえ、ついに盗人にまで身をやつしたか!」
「っ! う、うるせえ! 俺に触るんじゃねえ!」
ディーニックの腕を払い除けて、リバックが怒鳴る。
その表情は、先ほどまでとは違い追い詰められた男のものだった。
「……ああ、そうだよ! 香油を売れば金になるし、ものを盗みゃあドワーフと商会の関係に傷がつく! これで全部うまく行くはずだったのに、邪魔をしやがって……!」
「どういう料簡だ、リバック! ドワーフにとって盗みがどれだけ重い罪か、知らねえわけじゃあるめえ!」
「それに、商会との関係に傷って……僕らは、ドワーフの皆さんと良好な関係を築こうと……!」
本性を顕にしたリバックに対し、ディーニックは怒りの熱をさらに上げ、一方でモーンは困惑する。
金が目当てというのはわかる。
だがモーンの言うとおり、シャイタック商会はドワーフに対し必要な便宜を図ってきた。
今回のストライキの件も、ドワーフの文化に疎いモーンだから対応が遅れただけで、俺でなくとも別の誰かがフォローに入れば解決した可能性は大いにある。
それなのになぜ、リバックはあえて商会とドワーフの仲を悪化させようとしたのか。
「俺ぁなあ、これでも穏便に済ませようとしたんだぜ、親父ぃ。シャイタックの連中を追い出して、街の連中にダニー鉱山を売っぱらう。それで俺は、こんな辺鄙な鉱山からおさらばするつもりだったんだ……!」
「お前……先祖代々受け継いできた鉱山を、質に入れようとしたってのか……?」
「親父だってシャイタックに売っただろうが! 俺が同じことをして、責める権利がてめえにあるかよ!」
「違うわい! 俺ぁ同胞の未来を思って、こいつらと手を取り合った! 断じて小遣い欲しさじゃねえ!」
憤るディーニックを見ながら、一方で俺は納得していた。
覚えている。
やはり、俺はこれを知っている。
記憶の中にある騒動と、今回の事件が頭の中で一致していく。
旅の時は、ドワーフの村で酔ったユスティが酒蔵に忍び込んだのがきっかけだった。
その村では酒瓶に微量の毒を混ぜる事件が起きていて、ユスティはその犯人の疑いをかけられてしまったのだったか。
結局それはとある悪徳商会が鉱山を奪うために起こしたもので、最終的には鉱山と商会の全面対決となる一歩手前までいってしまった。
汚名を晴らそうにもユスティは酔って呂律が回らないし。
挙句の果てにはアルベルが「ここはコイントスで犯人を決めましょう」とか言い出すし。
あれも酷い事件だったなあ……。
ともあれ、これもまた根本的には同じもの。
鉱山の所有権を欲しがる人間は多い。
おそらくはシャイタック商会との関係悪化に乗じてドワーフを丸め込む算段だったのだろう。
そしてリバックは、その所有権を欲しがる誰かと手を組み、ここを出ていくために十分な額の金を受け取ることになっていた。
「もう全部ご破算だ! こうなっちまったら、力付くで奪い取るしかねえ!」
叫んだリバックが扉を目掛けて走り出す。
ここを出て、街の仲間の下へ行くつもりか。
ふいに、逃げ出すリバックの背を睨むアオイの姿が目に入った。
アオイは剣の柄に手を伸ばし、リバックの足を止めようとしていた。
その目は、必要ならば命を取ることも厭わない戦士の目――。
「――やめろ、小娘! 手を出すなぁ!」
俺はアオイを止めようとしていた。
だが、それよりも早く、ディーニックの怒号がアオイの手から剣を奪った。
「爺殿、よいのですか?」
動きを止めたアオイは至って冷静にディーニックに問いかける。
ディーニックは口をつぐんで、握った拳を震わせたまま、それに返事をしなかった。
「……なんだよ親父、情をかけたつもりか? だが俺はもう戻れねえ、街の連中を連れてくる、そこで鉱山を明け渡さなかったら全面戦争だ!」
「俺も、これが最後だ。戻れ、息子よ……!」
「――っ!!」
全ての声を使い果たしたような、絞り出したような言葉がディーニックの口から溢れ出た。
それでも、リバックは止まらない。
俺たちに背を向けて、家から跳び出していく。
「……爺殿」
「……すまねえ、小娘。お前がしようとしたことは間違っとらん、だが」
「いえ、私は爺殿がよいのなら、それで構いません」
一瞬だけ見せた剣呑な気配をすっかり消して、アオイは答える。
「モーン、お前にもすまねえことをした……。俺ぁ、ドワーフが盗むはずがねえって、だから盗ったのは外から来たお前らじゃねえかって、心のどっかで思っとった。罪のねえやつに盗人の疑いをかけるなんて、俺ぁ長として失格だ……」
「い、いえ、それよりも――」
そう、それよりも、だ。
「モーンさん、リバックが向かった街というのは、ここからどのくらい離れてるんだ?」
「おそらくですが、ディーズの街なら小竜を使っても二日ほどはかかります……」
「街で人を集めて戻ってきて――五日はかかる、か」
今ばかりはダニー鉱山が辺鄙な場所にあることが功を奏したな。
決断をするには十分な余裕がある。
「ど、どどどどうしましょう! あそこには三〇〇を超える兵を抱えた巨大な傭兵団があります!! 対してここで戦えるのはせいぜいがドワーフ五〇人、防衛の設備も心もとなくぅぅ!!」
「狼狽えるんじゃねえわい、それでどうにかなるもんかよ」
モーンとしては、当然だが鉱山を明け渡すわけにもいかないだろう。
そしてディーニックからも、そのような意志は感じ取れない。
「……フロウ、私たちはどうするの?」
「…………」
エルシャの問いかけに、俺は思考を巡らせる。
まともに考えれば、さっさと積荷を下ろして立ち去るべきだ。
いくら商会との関係があるとはいえ、ここで去ったとしても不義理にはならない。
これはシャイタック商会の問題で、あくまで俺たちは部外者なのだから。
――しかし、あいつらだったら、きっと。
部外者だなんてことを気にもせず、利益なんて考えもせず、ただ目の前に困った人がいたからというだけの理由で、兄貴たちなら、きっと――。
「……そう、あの時も、そうやって悩みながら、私を連れ出してくれた」
俺は俯いていて、呟くエルシャの顔は見えなかった。
でもその声は、きっと笑っていた。
「――フロウ、なにか、この状況で気づかない?」
「気づく……?」
そう言われて、俺はあたりを見回した。
いつもどおりの表情で俺を見つめるエルシャ。
アタフタと慌てふためくモーン。
落ち着きながらも、ずっと思い詰めた顔つきのディーニック。
「…………ちょっと待て……アオイは、どこだ?」
――ヤバい。
なにか、すごく嫌な予感がする……!
「ん」
壁に寄りかかっていたエルシャが片手を上げて、こんこんと窓を叩く。
窓の外には村の大通りがあり、そこに俺たちの竜車がある。
竜車の荷台の幌は開け放たれて、積み上がる木箱が顔を出しており、その一番頂上に、異国装束の少女が立っている……だと……!?
「待て待て待て……! 勘弁してくれ……!」
道行くドワーフたちが何事かとアオイを見上げている。
「――ドワーフどもよ! 故郷が惜しいか!!!」
通りから窓を貫いて、村中に響くアオイの大声。
それに応えるように、気づけば俺もまた叫んでいた。
「だ、誰か、誰でもいい、あいつを止めろおおおおおおおおおおお!!!!」
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