第四話 ドワーフについて

「任せてください――昔から、ケンカの仲裁は得意なんです」


 そう言って、ドワーフの長・ディーニックの家へ向かったはいいものの。


「モーン! てめえコラァ! うちの敷居を跨ぐんじゃねえって何度言ったらわかるんだぁ、おぉん!!?」

「ヒィイイィィイイ! すみません、すみません!!」


 忘れてた、ドワーフってこんな感じだった。

 苦手なんだよなぁ、昔から。


 声がデカくて大酒飲みで、ひげぼうぼうの筋肉ムキムキで。

 兄貴は気が合うみたいだったけど、晴れの日でも部屋の中で読書に勤しむタイプの俺はどうにも……。


「約束を果たすまでお前と喋る気はねえ! シチューにして食っちまうぞ、ええ!!?」

「やめて! 食べないで! 僕は痩せぎすだから美味しくないです!」

「じゃあ出汁とったろうか! あぁ!!?」

「野菜と混ぜてコトコト煮られるのはイヤぁぁあぁぁああ!!」


 暖炉の上には金棒の両端に槌とツルハシを溶接したドワーフの伝統的なシンボルが飾られていたが、ディーニックが怒声を響かせるたび、ビリビリと揺れている。


 ディーニックは色鮮やかな絨毯にどっしりと胡座をかいて、ガタガタ震えるモーンを恫喝していた。

 どうやらモーンは俺よりよっぽどドワーフが苦手なようで、ディーニックの迫力にすっかりやられている。

 というか、若干キャラが変わっている。


「……先に宿に帰っていい?」

「これも仕事のうちだと思って諦めてくれ」

「……最悪」


 俺の隣で、エルシャはあからさまに面倒くさそうな顔をしている。

 人前ではうまく取り繕うタイプなのに、よっぽどここにいるのが嫌なのだろう。

 まあ、エルシャも基本的には俺と同じ陰の側の人間だからな。


「ケンカ!? ケンカですか!? 交ざっていいですか!?」

「どうどう、落ち着け蛮族。お前が交ざったらいよいよ収拾がつかなくなる」

「ケーンーカ!! ケーンーカ!!」

「囃し立てるな、ケンカコールやめろ」


 一方のアオイは、俺たちから元気を吸い取ったようにはしゃいでいる。

 こいつはドワーフと気が合いそうだなあ、羨ましくもないけど。


「爺殿、爺殿! そのケンカ、私も交ぜてください!」

「誰じゃあああてめえええ! いい度胸の娘だなあ、おい! 気に入った、おい、こっち来い! ケンカじゃあああ!!!」

「ケーンーカ!! ケーンーカ!!」

「ケーンーカ!! ケーンーカ!!」

「シチューもケンカもイヤぁあぁああぁあああ!」

「ああ、もうわやくちゃだよ……」

「帰りたい……」


 驚くべきことに、俺たちがここへ来てまだ少しも経っていない。

 到着した直後でこの有り様だ。


「フロウ、早くなんとかして、ケンカの仲裁、得意でしょ?」

「前言撤回するから、二人で宿に帰らないか?」

「ダメ、ほら、早く行く」


 エルシャに背中を押されて、一歩前に出る。

 ……はあ、やるしかないか。


「あのー、お取り込み中すみません」

「あぁん!!? 誰じゃあてめえ、坊主コラァ!! おい、てめえもケンカか、おい!!」

「おお、フロウも交ざりますか! その意気やよし、です!」

「遠慮しておきます。そしてアオイはいい加減戻ってこい」


 息をひとつついてから、絨毯でどっしりと胡座をかくディーニックと目線を合わせるべく、こちらも絨毯に直接座り込む。


「ディーニックさん、あなたと話をしに来ました」

「……話ぃ? その前に坊主、お前は誰じゃい」

「フロウ・ティンベル、シャイタック商会と取引をしている商人です」

「シャイタックの使いっ走りが俺に何のようじゃ」

「単刀直入に――俺なら、あなた方の望みを叶えられるかもしれない」

「……ふん、聞くだけ聞いてやる、言うてみい」


 そう言ってディーニックは懐から煙草を取り出して火をつけ、深々と吸い込んだ。


 最初は思わず面食らったが、俺の見立てではディーニックはドワーフの中でもかなりの文化人だ。

 草木の少ない山岳地帯で暮らすドワーフにとって、乾燥させた葉を燃やす煙草は貴重な嗜好品。

 それにこの絨毯も大陸北方で暮らすハーフフット氏族の上等な手織物。

 ダニー鉱山を支えるドワーフの長とあって、見た目の印象とは裏腹に深い教養があるのだろう。

 これならば、おそらく交渉はそう難しくない。


「ハーフフットのガキにも言ったがな、俺たちは端金で雇えるほど甘かねえぞ、ええ?」

「ぼ、僕らはハーフフットじゃなくてホービー……」

「うるせえ! 今はこっちの坊主と喋っとんじゃい!」

「ひぃぃぃ!! でもホービーだからぁ!!」


 早く話をまとめないと、すぐにでも脱線しそうだ。

 そう思った俺は、腰に下げた革袋から大判の布を取り出した。


「仰るとおり、ジャイナ鉱貨を何枚支払っても納得しないことはわかっています」

「……ほう」

「ですから、今後の支払いはこちらでいかがでしょうか?」


 布を手渡すと、ディーニックは丁寧な手つきで受け取り、顔に近づけて熱心に眺めた。


「フ、フロウ様、あれって僕らホービーの……?」

「ええ、壁に掛ける飾り布です。今回運んできた日用品の中に交ざっていたものを持ってきました」

「あ、それ、僕がお願いしたやつです。でもあれ、そんなに高価なものじゃあないですよ?」

「いいんですよ、それでも」


 俺とモーンが話している間も、ディーニックは飾り布を丹念に見つめていた。

 種族そのものが職人とも言えるドワーフの、さらに長を務める人物の目利き。

 さすがに緊張感があるものの、はたして。


「フロウと言ったか。こいつぁ、手織りじゃな?」

「はい、鮮やかな染色に定評のある、ホービーはミイミイ族の仕事です」

「糸は、なにを使っとる」

「豊かな草原で育ったランド羊の毛を。ホービーが心を込めて育てた羊にしか、その艶は出せませんよ」

「他には、何か持ってきとるか?」

「今すぐ用意できる飾り布はあと五枚ほど。他にはエルフの木工細工、オークの香辛料、ヒューマンの革靴などが。必要ならそれ以外もすぐに手配できますよ」

「革靴はいらん、ヒューマンのはありゃあダメだ……が、他のもんなら、そうさなあ」


 言いながらディーニックは折り畳んだ飾り布を絨毯の上に置き、なにやら指折り数えはじめた。

 気づけば、いつの間にかアオイがディーニックの隣にどっしりと座り込んでいる。

 なんでお前がそっち側にいるんだ……頼むから余計なことはしないでくれよ。


「――まあ、ええじゃろ。とりあえず金庫の鍵は開けたるわい」

「ホントですか!? や、やりましたね、フロウ様!」

「ありがとうございます。お役に立てて何よりだ」


 諸手を上げて喜びを表現するモーン。

 しかし、その顔はすぐに疑問へ変わる。


「でも、なぜ飾り布を? さっきも言いましたが、それほど高価な品というわけでもないですし……」

「価格ではないんですよ、モーンさん。ドワーフはそこに価値を見出さないんです」

「そうじゃ。値段なんて、俺たちにはどうだっていい」


 ドワーフは古くから鉱山をはじめとした山岳地帯で暮らしてきた種族だ。

 平地で暮らすハーフフットのように畑は作れず、狩るほどの獣もいない。

 豊かな森に根を張り、自然や土地を信仰の対象としてきたエルフたちとは違い、ドワーフにとって、自然や土地は踏破するべき宿敵だった。


 だからこそ彼らは、過酷な自然を打ち破るべく作られた道具を愛し、優れた道具を作る者を英雄とした。


「ドワーフの信仰には、物の所有権は作り手に与えられる、というものがあります。ジャイナ鉱貨も元を辿ればドワーフの冶金鍛冶によって作られたもの。ドワーフのものがドワーフの下に返ってきたところで、彼らにとって報酬にはなり得ないんです」

「な、なるほど……ですがそれなら、今までジャイナ鉱貨での支払いに応じてきたのは」


「そりゃあ、俺たちにだって社交性っちゅうもんはあるわい。同じ鉱山で暮らすお前さんらが良かれと思ってくれたもんを、いらんと言って突っ返すような真似はせんじゃろがい」


「じゃあ、僕がここの担当になってからストライキを起こしたのは……」

「俺たちは今までずっと、お前さんらの仕組みに合わせてきた。今度はお前さんらが俺たちの仕組みに寄り添う番だ。モーン、お前が来たのはええタイミングじゃった」


 多民族が入り交じって暮らすようになった大陸の主流になりつつある貨幣経済は、もともとヒューマンとハーフフットの間で培われてきた文化だ。

 それまでドワーフたちは物々交換を経済の基本ルールとしてやり取りを行ってきた。


「良い働きには良い働きを以て返す――それが俺たちドワーフよ。この飾り布はええわい。お前らハーフフット……いや、ホービーの仕事が詰まっとる」

「っ! ありがとうございます!」


 そう言って、ディーニックは太く傷だらけな指で飾り布をそっと撫でた。


 多くの場合、誰も悪意を以て他人と接しようとは思わないものだ。

 たまの例外こそあれ、大抵の衝突は本人たちには見えない意見や価値観の食い違いに因るものが大きい。


 だから互いの焦点をほんの少しだけ合わせてやれば、話し合いは成立する。


「今後の支払いを食料や日用品で行えば、報酬については他のドワーフも納得してくれるでしょう」

「そうじゃな、この件については俺からも伝えておく」

「はい! 僕もすぐに商会へ連絡します!」


 これで労働の対価については一件落着だ。

 問題はもう一つの条件の方だが――。


「――やけにうるせえから何事かと思って聞いてりゃあ、何を絆されてやがる、親父ぃ」


 ふいに、隣室の扉が開く。

 そこから出てきたのは、ディーニックとよく似た灰色のヒゲをたくわえたドワーフの青年だった。

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