第三話 ダニー鉱山について
「……は? 金が、ない?」
「申っっっっし訳、ございません!!」
トラブルもなくダニー鉱山にたどり着いた俺たちは、付近の村にあるシャイタック商会の支部へ向かった。
ここで積荷を降ろし、代金を受け取れば仕事は終わり……の、はずだったのだが。
鉱山の管理担当者であるハーフフット、モーン・ランランが出会い頭に告げた一言が状況を一変させた。
「ど、どういうことですか? 鉱山が経営難に陥ったなんて話は聞いたことも……」
「仰るとおり、ダニー鉱山の経営は至極順調でした……この間までは」
積荷の見張りを二人に任せ、通された応接室で俺は一人、困惑の表情を浮かべた。
深く頭を下げたまま、モーンは言葉を続ける。
「実は一〇日ほど前より、鉱山で働くドワーフたちがストライキを起こしまして……」
「……なるほど、それは大変だ。しかし蓄えだってあるはずでしょう? 支払いはその中から」
「金庫の鍵をそっくり付け替えられてしまい、いまや開かずの金庫となりました……」
「であれば、小切手という手も」
「無論、金庫の中で厳重に保管しております……!」
なんてこった。
金がないからといって品を渡さず帰れば、シャイタック商会との関係に傷がつく。
だがドワーフたちのストライキがいつ終わるのかわからない以上、留まるのも現実的ではない。
「この件について、ルードルさんは?」
ストライキが始まったのが一〇日前なら、それは俺たちがビーグッドを出立する以前のことだ。
こんな大事を見過ごしているとは思えないが……。
「当然報告しています。……そして昨夜、大番頭よりフロウ様宛ての手紙が届きました、お納めください」
「……頂戴します」
死ぬほど嫌な予感のする手紙を受け取り、封を切る。
中に入っているのは簡素な一枚の便箋。
深呼吸をしてから、そこに書かれたたった一行の文に目を通す。
『相談料は報酬に入れておいたから、あとはよろしく――最高にカッコいい男ルードルより』
「やられた…………!」
あのおっさん――もといルードルめ、この状況を把握して俺を送り込みやがった……!
やけに美術品を高値で買い取ってくれるものだとは思っていたが、こんな裏があったとは。
「ですので、何卒よろしくお願いいたします」
「……大変ですね、お互いに」
「ええ、お互いに……」
所詮はちっぽけな商人と中間管理職、長いものに巻き取られて生きていくしかない。
世知辛い……。
「そもそも、なぜドワーフはストライキを? 原因はなんです?」
「彼らの長であるディーニック様は、ストライキの収束にあたり二つの条件を提示しました。一つは労働条件の見直し……もちろん! 我々はそもそも不当な労働なんて強いていませんよ!?」
「でしょうね、俺もルードルさんがダニー鉱山で問題を起こしたがるとは思えません」
それにドワーフはもともと働くことを美徳とし、放っておいても自ら仕事をしたがるような種族だ。
彼らが休みを減らせと言うことは考えにくいし、もっと働かせろというのなら、それはシャイタック商会にとって願ってもないことのはず。
「となれば、目的は賃上げですか?」
「労働に対する対価の見直し、という意味では、そのはずです」
「……やけにわかりにくい言い回しだ。どういうことです?」
俺の言葉を否定するでもなく、むしろモーン自身は同意したがっているような、掴みどころのない回答。
それがかえって、この問題の根深さを伝えてくる。
「賃上げには応じたんです。商会はこれまで一日に一人当たりジャイナ鉱貨を二〇枚支払ってきたのですが、今回の交渉で二四枚に増やす提案をしました」
もともとのジャイナ鉱貨二〇枚でさえ、生活を送るには申し分のない額だ。
そこからさらに二割増しとなれば、鉱山の労働員としては破格の条件といえる。
……というか、一日二〇枚ももらってるのか、ここのドワーフ。
俺よりいい生活してるんじゃないか……?
「しかし、彼らはそれでも断固として交渉に応じようとしません。ですが商会としてもこれ以上の報酬を出すのは難しく……」
それはたしかに、商会とドワーフの仲を取り持つ管理担当者としては辛いところだろう。
「わかりました。二つ目の条件というのは?」
「こちらが厄介でして、このあたりで起きている盗難騒ぎを解決しろと。昨日もドワーフの娘が大切にしていた香油の瓶がなくなり、ちょっとした騒ぎに……」
「それは、たしかに厄介だ」
ドワーフのストライキ、労働対価の見直し、応じない賃上げ、そして盗難騒ぎ――か。
「つかぬことを伺いますが、モーンさんはダニー鉱山に来てどれくらいですか?」
「恥ずかしながら、まださほど経っておりません」
「以前はどのような仕事を?」
「王都のそばで、私と同じホービーたちのまとめ役をしていました」
ホービーとは、ハーフフットが自分たちを呼ぶ時に使う名だ。
まあ“短足”などと自称するのは業腹だろうしな。
「ドワーフと接していたわけではないのですね」
「はい、はじめて鉱山の管理という大役を任されたのに、着任早々このような問題を起こしてしまい、一刻も早く解決しなければ私の立場は……」
先ほどの問題に加えて、担当者はドワーフとの付き合い方を知らないときた。
なるほど、これはたしかにルードルが俺を寄越した理由もわかる。
これは、アオイの時と同じだ。
あの時と同じ、見知った事件。
「――わかりました。ではドワーフの下へ案内してください」
「な、なんとかなりますでしょうか……?」
「盗難騒ぎについては少し調べが必要ですが、対価の見直しについては、おそらく」
椅子から立ち上がり、この先で待つ予定外の大仕事に向けて体を伸ばす。
「任せてください――昔から、ケンカの仲裁は得意なんです」
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