第二話 旅の道連れについて

「遠乗っり遠乗っり! ふんふんふーっ!」


「た、楽しそうだな、アオイのやつ……」

「…………」


 太陽が高く昇る空の下、俺たちはビーグッドを出て、北東のダニー鉱山へと向かっていた。

 ダニー鉱山はシャイタック商会が管理する土地で、警備用の武器一式と日用品と食料、それに数点の美術品を届けるのが今回の仕事だ。


 仕事自体はさして難しいものではないが、鉱山までは竜車で数日の距離がある。

道中では野営も挟むこともあり、アオイに加えてもう一名、馴染みの用心棒であるエルシャを頼った……のだが……。


「遠乗っり遠乗っり! ふんふんふーっ!」


 相変わらず小竜マツカゼの背に乗るアオイは、はじめてビーグッドを出たことにいたく上機嫌。


「なあ、怒ってる……?」

「……別に、怒る理由がない」


 自前の小竜をこちらの竜車に繋いで、わざわざ俺の隣に座るエルシャの眼差しはひどく冷たい。

 アオイの歌声が楽しげな分、すごく居心地が悪い。


「それとも、なにか私を怒らせるようなことをした?」

「……いや、アオイのこと、伝えてなかったから」


「思い上がり。あんたが護衛を雇うのは自由だし、なんでそれを私が怒らないといけないの? いいんじゃない、好きにすれば。というか、それで私が怒ると思ってることにこそ腹が立つ。色男にでもなったつもり? 勘違い。そういうところ、昔から嫌い」


 めちゃくちゃ怒ってるじゃないか……!

 しかし、そんなツッコミは口が裂けても言えない。

 言ったが最後、今の十倍のトゲが飛んでくるのはわかっている。


 まさか今回の旅、こんな調子で続くのか……?


「アオイ、こっちにおいで」

「? なんですか?」


 内心で頭を抱えていると、エルシャがアオイに声をかけた。

 ……何をする気だ?


「これ、あげる」


 そう言って、エルシャは懐から取り出した皮の包みを開ける。

 中から出てくるのは、深緑の小さな球。


「食べていいよ」

「食べ物ですか! ありがとうございます!」


 手渡された球をアオイは口へ放り込み……むせた。


「っ、けほ、えぅ……これ……すごく苦いです……!」

「強壮薬。長旅になるから、バテないようにね」

「なるほど……味はその、あれですが、お気遣いありがとうございます!」

「うん、戻ってよし」

「はい! 遠乗っり遠乗っり! ふんふんふーっ!」


 アオイは礼を言って、再びマツカゼの背で歌い出す。

 エルシャがアオイと話すときの声は優しいもので、そこに敵意や悪意は見られなかった。

 俺にはキツいエルシャだが、基本的には人当たりがいい方だし、好んで揉め事を起こすタイプじゃない。

 そんな彼女だから、きっとアオイとも上手くやれるだろうと思って今回も声をかけたのだが、その読みは当たったようだ。


「いい子、明るくて、アオイみたいな子がいると旅も気が楽になる」

「そうだな、悪いやつじゃない」

「私とは大違い。ああいう子が護衛に欲しかったんだ」

「……だからごめんって」


 唯一の誤算は、心配すべきはアオイではなく俺の方だったということ。


「ルードルさんに頼まれたんだ、いきなりの話で断れなかった。護衛だって、アオイがビーグッドに馴染むまでだ」

「なんの言い訳? 別に私は気にしてない」


 もはやとりつく島もない。

 ともあれ、このままだと俺の胃がもたないし、どうにか挽回の一手を……。


「……はあ、もういい」


 ふいに右腕に小さな重さが乗った。

 見れば、エルシャがほんの少しだけ俺に体を預けて寄りかかっていた。

 触れる程度に体を傾けた、と言い換えてもいいくらい、細やかに。

 それでも、服越しに体温が伝わってくる。


「次からは顔を合わせる前に教えて。もう隠しごとみたいなのは、嫌」

「ああ、悪かったよ」

「あと、帰ったらミューティルのディナー、用心棒代に追加だから」

「……わかった」

「じゃあ、いい」


 そう言うとエルシャは御者台から離れ、自分の小竜に乗った。


「少し先にいって、辺りの様子を見てくる」

「私も行きます!」

「アオイはフロウの護衛でしょ? そこにいて」

「わかりました!」

「素直なんだか、それとも……いや、素直ってことにしておこう。じゃあ、行ってくる」


 呟きながら、エルシャは行ってしまった。

 エルシャの背を眺めていると、アオイが御者台へやってきて、先ほどまでエルシャが座っていた俺の隣に腰を降ろした。


「エルシャは、エルフともハーフフットとも違うのですね? 獣のような変わった耳をしています」

「彼女はライカンだ。ライカンは人口も多いし、街で見たこともあるだろう?」

「なるほど、ライカン……フロウとエルシャは長い付き合いなのですか?」

「ああ、わかるか?」

「はい、二人だけで話す声には、私に語りかけるときとは違う、落ち着いた深い音が混ざっています」


 ……マツカゼの背に乗って呑気に歌っているかと思えば、案外よく聞いているものだ。


「まあ、そうだな。エルシャとは俺が旅をしている時に知り合って、しばらく一緒に各地を回った仲だ」

「旅……ということは、エルシャも邪竜を!?」

「いや、エルシャがいたのは途中の短い時期で、邪竜と戦うころにはとっくに別れていたよ」

「そうなのですか……」


 ライカンの村で暮らしていたエルシャが俺たちの旅に同行するようになった経緯には色々と複雑な事情があるのだが……。

 道中の雑談には少々暗すぎる話だし、ここは語らずにおこう。


「しかし、用心棒ということは腕が立つのですよね?」

「エルシャは魔術のエキスパートだ。野営も戦闘も索敵も、あいつがいれば大抵のことはどうにかなる」

「それはまた……心強いというほかありませんね」


 アオイの言う通り、エルシャがいれば様々な役割を兼任してもらえるため大所帯にならなくて済む。

 正直、用心棒なんて危険な仕事をせずとも引く手あまただろうし、昔なじみとしてはもっと安全な生活をしてほしいとも思うのだが……そこは俺が口を挟めることではない。


 そもそも、エルシャと再会したのも、本当に偶然だった。

 過去の関係のほとんどを断ち切ってビーグッドにやってきた俺としては、顔見知りに合うことも気まずく、若干よそよそしい態度を取ってしまったのだが……。

 今にして思えば、あの時のミスが今日まで尾を引いている気はしないでもない。


「っ! エルシャが帰ってきました!」


 俺より一足先にエルシャの陰を見つけたアオイが大きく手を振る。

 戻ってくるエルシャはゆっくりと小竜を歩かせて、それを見ればこの先に警戒すべきことはなかったのだとわかった。


 今回の旅は遠出ではあるが、この街道やダニー鉱山近辺は治安がよく、野盗や魔物の噂も聞かない。

 むしろ、不安があるとすれば……。


「ふーんふんふー! はてさて、此度はどんな武功が待っていることやら……!」


 騒ぎを起こす気満々の同行者の方なのだが……エルシャがフォローしてくれることを祈ろう。


 ……はあ、不安だ。



――――――――――


24/11/02

第二部 第一話が少し短めだったので、第二話も続けて更新しました。

今後も一日一話をベースに、文量を見ながら更新していきます!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る