第八話 オチについて

 ミドを捕らえ、ビーグッドの市街に戻った俺たちはシャイタック商会へ向かい、そのままルードルの待つ応接室へと通された。


「ご苦労だったな、フロウ、アオイも」

「それなりに腕の立つ護衛もいましたので」

「アオイ、大手柄です!」


 上機嫌のルードルが振る舞った菓子と茶を両手に持つアオイは得意満面だ。

 その様子をひとしきり眺めてから俺はルードルに向き直る。


「それで、ミドはどうなりました?」

「地下で愉快な接待を受けてるよ、お前たちのおかげで話題には事欠かないからな」

「なるほど、仲良くなれそうで何よりです」


「密輸が潰れたことで補われた利益の一部は、予定どおりお前の借金返済にてる。これでお互い、当分は財布の心配をせずに済むな」

「ええ、こちらも気張った甲斐かいがあります」


 金のことももちろんそうだが、密輸などの裏取引が活発化すれば呼応こおうして治安も悪くなる。

 自分の暮らす街の治安が良好に保たれているに越したことはない。


「しかし、よくやってくれた。密輸の件は解決までしばらくかかるだろうと踏んでいたんだが、まさか話して一晩も待たずに終わらせてくれるとは」

「運が良かっただけですよ、お互いにね」


謙遜けんそんするな、さすが、勇者たちを導き邪竜を倒した男だ」

「……あ、いや、ルードルさん、は……!」


 愉快そうに言ったルードルの褒め言葉。

 しかし俺に褒められたことを素直に喜ぶ余裕はなかった。

 ――なぜなら。


「勇者? 邪竜? ルードル殿、それはなんのことですか?」

「なんだアオイ、聞いてないのか? こいつはな、大陸を長年苦しめてきた邪竜の討伐を成し遂げた伝説のパーティを支え続けてきた、陰の功労者なんだよ」


「……あの、本当にそのへんで」

「邪竜……討伐……功労……」

「こいつは目立つのが嫌いなもんで世間に知られちゃあいないが、あの旅はこいつなしじゃ成功しなかった。ビーグッドに来てからはうだつが上がらなかったが……ようやく面目躍如めんもくやくじょだな」


「…………フロウ殿」

「…………なんだ」


 静かな声色で俺の名を呼ぶアオイ。

 しかし、その目には爛々らんらんとした興奮が隠しきれていなかった。


「どうして、そのような話を教えてくださらなかったのです!!!! もっと聞かせてください!!!!」

「絶対に深堀りされるだろうと思ったからだよ! 案の定だよ!!」


 ああ、これだから黙ってたのに……。


「いいかアオイ、こいつらの冒険はな、いまや村祭りになり、あっちやこっちやで吟遊詩人が唄っていてだな――」

「すごいです! 武功です! ほまれです!」


 俺を置き去りにしてどんどんボルテージが上がっていく。

 もう見ていられない。


 昔なじみのルードルが俺の過去を知っているのは当然だが、俺が過去を大っぴらにしておきたくないのも知っているだろうと思っていたのに。

 忘れてた、このおっさんエルフ、結構なお調子者だった……。


 屈託くったくのない表情でアオイははしゃぐ。

 正直あまり続けたい話ではないし、こんなに喜んでいるアオイに水を差すのも気が引ける。

 だが、誤解を誤解のままで残しておくのは気分が良くない。


「旅に加わったのはたしかだが、語られるのも唄われているのも、俺じゃないよ」

「……? どういうことです?」

「邪竜と戦ったのは兄貴と幼馴染連中だ。俺はあいつらが行き倒れないように、道中の面倒を見ていただけだよ」

「では、フロウは邪竜と刃を交えていないのですか?」

「その日はいつもどおり宿屋で帳簿の管理をしてたな」

「なぁんだ……」

「露骨にがっかりしてするなよ……」

「すみません、てっきり武勇伝が聞けるかと期待していたので……」


 俺の旅の思い出なんて、金勘定と食料調達と寝床の確保が八割を占める。

 アオイが聞いて楽しい話ではないだろう。


「とにかくその話は広まってほしくないんだ、言いふらしたりしないでくれよ」

「むう、せっかくの誉れですのに……」

「お前と違って、そういうのに興味ないんだよ、俺は。わかったな?」

「もったいない……しかし、わかりました」


 渋々といった様子だが、一応は納得してくれたらしい。

 だが、俺にとってはある意味で死活問題なのだから、そうでなくては困る。

 話が広まって酒場の肴になんてされたら、それこそビーグッドを出るのも辞さない覚悟なんだ。



「アオイは今日一日フロウと過ごしてみて、どうだった?」

「はい! 少しばかり天邪鬼なところはありますが、よき御仁かと!」

「そうかそうか! なら、一緒に生活しても大丈夫そうだな!」

「ルードルさん、そうやって話を勝手に進め……って、一緒に生活?」


 ちょっと待て、なんだその不穏な言葉は。


「というわけでフロウ、今日からアオイの面倒を見てやってくれ」

「至らぬ身ではありますが、よろしくお願いいたします!」

「そんなノリだけで丸め込まれるか!」


 このままでは成り行きでそれっぽく流される――そう感じ取った俺は、必死の抵抗を試みる。


「……待ってくれ、そもそもシャイタック商会の客分なら、あなたたちが面倒を見るのが筋だろう。それに一度でも客として土地に訪れた相手を中途半端に見放すのは、あなたたちエルフの流儀に反するはずだ」


「いいかアオイ、フロウが理屈を捏ねて嫌がる素振りを見せ始めたら、折れる一歩手前の合図だからな、よく覚えとけよ」

「ほう、フロウ殿はなかなかの苦労性と見受けられる」

「自分でも頭を抱える俺の痛いところを丁寧に解説するな!」


 着々とペースを握られて苦い顔をする俺を、ルードルは愉快そうに眺める。


「そうツンケンするな、たしかにお前の言うことにも一理あるが、俺にもそれができない事情ってものがあるんだ」

「事情?」

「ほら、こいつ、浜に流れてきたって言っただろ?」

「……そういえばそうでしたね」

「それでうちまで運び込んだのはいいんだけど、目が覚めるなりうちのもんを剣のさやでぶん殴っちゃって、開幕早々に商会と亀裂きれつを作っちゃったんだよ」

「その節は大変失礼した。しかし、抜き身ではなく鞘に収める努力はしましたゆえ、なにとぞ御免!」

「火を見るより明らかな厄介ごとの種じゃねえか……!」


 異界に流れて開幕早々でトラブルを起こしていた。

 トラブルメーカー界の最速記録にでも挑戦しているのだろうか、こいつは。


「目が覚めて耳長の者に囲まれていることに気づいたときは、私も昔ばなしに聞くアヤカシの館に迷い込んだのかと思い、ついたけってしまいました」

「猛るな、おびえろ」

「オニ斬りとアヤカシ退治はブシの誉れです! 功名の好機です!」

「もうやだこの蛮族……」


 冗談じゃない、こっちは似たような四つの爆弾から解放されて、やっとの思いで手にした自由をまだ半年しか享受していないのだ。

 安穏とした日々に、こんなトラブルの種は必要ない。


「ほらお前ってば最近、護衛を雇おうか悩んでただろう、渡りに船じゃないか」

「俺が探しているのは護衛であって、見るもの全てをぶん殴る蛮族じゃないんですよ」

「失敬な、殴るばかりでなく蹴りもすれば斬りもします!」

「俺が求めてるのは穏便な対話なんだよ!」

「対話……またこの大陸独自の言葉ですか……?」

「対話という言葉を知らないならやっぱりこの話はここで終わりだ!」


 対話もなしに蹴りもすれば斬りもする少女。

 そんなものを護衛にしたら、守る以前にこちらが斬られるのは時間の問題だろう。


「はっはっは、仲が良さそうでなにより――お前の店、二階の部屋は余ってたな?」

「勘弁してくださいよ! やっと暴れ馬のお守りから解放されたのに、今度は異界の蛮族ですか!?」

「蛮族とは失敬な! アオイはブシです、モノノフです!」

「黙れ、この腹切り原人! 俺の慎ましい生活を奪うな!」

「いいえ、決めました! ルードル殿のお言葉どおり、アオイはフロウ殿の身辺をしかと警護いたします! 一宿一飯!」

「だから、お前の存在が最大のトラブルの種なんだよ……!!」


 すっかりやる気のアオイと、俺を丸め込む気満々のルードル。

 そして二人の表情を見ているうちに脳裏によぎる、最悪の既視感。


 ああ、これ、知ってるなあ……。

 抵抗するだけ無駄なやつだ……。


 四年の旅の思い出が、無駄な疲労をこれ以上溜め込むなと俺に訴えている。


「……わかりました、ルードルさん。しばらくアオイの面倒は俺が見ましょう」

「おお、そう言ってくれるか!」

「ただし、試験期間は設けます。使いものにならなければ追い出しますので、そのつもりで」

「必要なだけの筋は通したあとならそれで構わん」


 流れ者の多いこの街では、腕のたつ用心棒が食うに困ることはない。

 最悪の場合、知り合いの傭兵団にでも斡旋してやればいい。


 そんなことを考えていたところで、ルードルが見透かしたような目で俺を見ていることに気づいた。


「……言っておきますが、護衛としてアオイに渡す分の報酬はあとできっちりシャイタック商会に請求しますからね」

「それについては、腕の良い護衛を教えてやった紹介料で支払い済みだ」


 弁の立つ商人の長に呆れながら、新米の護衛に視線を移す。


「よろしくお願いいたします、フロウ殿!」

「……フロウでいい。身内に肩肘張られるのは、性に合わないんだ」

「――はい、フロウ!」


 大きな瞳をこちらへ向けたアオイの満面の笑みは、勇者と称えられる不肖の兄貴にとてもよく似ていた。


 邪竜討伐から四年、兄貴たちから離れてようやく手に入れた細やかな生活は、こうして幕を閉じたのであった。




――――――――――



第一部はここまでとなります。

本作は三部構成でひとまず一区切りとなる連作短編形式です。

以降のお話は毎日20時頃に公開予定ですので、ぜひとも応援よろしくお願いします!

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