第五話 真相について

 アオイを連れてシャイタック商会を出た俺は、ひとまず腹ごしらえをすることにした。

 銀猫亭ぎんねこてい――港から続く大通りに面したこの店は多種多様な人種が出入りし、ビーグッドという街をよく表している。

 料理も美味いし、あちらこちらで昼間から酒飲みが騒いでいるここは、喧騒に隠れて内緒話をするにはうってつけの店といえた。


「――なんと、あの悪漢どもこそ、ルードル殿が探している密輸の下手人だったのですか!?」


 そう言ってアオイはたどたどしい手つきでフォークを握り、皿の肉に突き刺した。

 持ち上げた肉を物珍しそうに眺めてから、口に運ぶ。


「確証はないが……たぶん間違いないだろうな」

「なぜそのように思うのです?」

「それはだな……」


 経験則――そう言ってもいいのだが、そのためには俺の素性をある程度アオイに明かさなければいけない。

 アオイは異世界から来た人間で、俺のことはもちろん勇者カイエンの話だってろくに知らないはずだ。

 ここはある程度きちんと説明して、余計な疑いを晴らそう。


 俺は周囲を軽く見回し、聞き耳を立てる者がいないかを確認してから再び口を開く。


「酒の密輸は大量に行われているとルードルさんは言っていた。なら荷台に制限のある陸路での運搬は考えづらい」

「ふむふむ」


「ならば考えられるのは海路ということになり、密輸の手法として沖合で積荷の受け渡しを行うというものがあるが――これは現状エルフたちが目を光らせているから、やはり難しいだろう」

「なるほどなるほど」



「となれば一番可能性が高いのは、別の品物に偽装した上で正面から堂々と港へ運び込む方法だ」

「つまり――私が見たキュロトの木箱の中に、奴らは酒を隠していたと」


「そういうことだろうな」



 キュロトはどの家庭や料理店でも使われる一般的な食材であるため、そのぶん大量に街へ運ばれてくる。

 その流通量など誰も正確には把握していないし、膨大な量の木箱をいちいち空にしてまで中身を確認するというのは、とても現実的ではない。


 もちろん見つかるリスクはゼロではないが、それは他の方法も同じこと。


「何より、湿気に弱いキュロトをビーグッドの地下に保管するなんてありえない」

「ありえませんか?」

「絶対ない。キュロトをいかに長持ちさせるか四年かけて研究した俺が保証する」


 なにせ、当時はとても貴重な栄養源だったからな……。

 保存可能な期間がそのまま活動可能な期間に置き換わるとなれば、必死にもなる。


 ともあれアオイが見たという連中は、路地裏でキュロトの詰まった木箱を地下へ運び込んでいたという。

 そんなことは俺なら絶対にしない。


 というか今からでも引き取るので全部よこせ。

 残らず瓶に詰めるから。


「ちなみに、その木箱にはなにか印が入っていなかったか?」

「むむ……たしか、こう、四角の下に一文字の線を引いたような……」


 身振り手振りを加えて説明するアオイを見ながら、俺は記憶をたどる。


 港へやってくる積荷はそれがどこの持ち物かを表すための紋章が入っている。

 木箱であれば目立つ位置に焼印やきいんがあったはず。


 四角に棒線というのなら、おそらくは山高帽の印だろう。


 衣類の紋章は、古くから牧羊や農耕がさかんだったハーフフットの商会に多く見られる。

 そして山高帽となれば――。


「なるほど――ラナラナ商会か」


 ラナラナ商会はビーグッドに数多くある中小ギルドのひとつだ。

 それなりに長く活動しているだけあって、流通についての知見ちけんが広く、裏社会との付き合いも多いと聞く。


 それにラナラナ商会はビーグッドでは珍しく四大商業ギルドの傘下さんかに入っていない。

 独自路線を進む彼らなら、巨大ギルドへの不義理を気にする必要もない。


 結果はふだを開けるまでわからないが、ほぼ正解と思っていいだろう。



 ちなみに当時の旅では、迷子になったリノアが腐敗した聖教会による違法薬物の取引現場を目撃しやがって、そりゃあ大変なことになった。

 追いかけてきた腐れ聖教騎士どもを兄貴が倒せば指名手配を食らうし。

 兵衛べえがバレたユスティはついでに魔女認定されかけるし。

 そんな中でもアルベルはギャンブルをやめないし。


 本当にひどかったな……。

 あれに比べれば、今回は初級コースもいいところだ。



 そんなことを考えていると、アオイがこちらを見つめていることに気がついた。


「どうした?」

「……失敬、伝え聞いた話のみで真相を見抜くフロウ殿の頭のえに感服しておりました」


 そう言われてしまうと、何やら気恥ずかしいものがある。

 こんなものは、使える手札が運良くそろっていただけのことだ。


「この話をルードルさんにしても、同じ結論に達しただろうさ」

「だからこそ、わざわざフロウ殿は商会から場所を移したのでしょう。商人の情報は軍における兵と同じと聞きます。さすればフロウ殿はまさしく将器しょうきにござる」

「やめてくれ、そんな大層なもんじゃない」


 邪竜討伐の旅において、俺の一番の役割は資金と宿の調達だった。

 辿り着いた村や宿場のトラブルをいち早く聞き出して、それをどうにか解決して報酬に一晩の宿と食事をわけてもらう。


 それを繰り返して名と信頼を稼いだら、今度は有力者を頼って路銀ろぎんを借りる。

 どこまでいってもあの四人にひもじい思いをさせないよう、必死で身につけただけのものだ。


 称賛を求めてはいないし、感謝の言葉なら、あいつらから十分すぎるほどもらっている。


「では、これより我らはその商会に乗り込み、悪党どもを成敗するわけですね!」

「違う、穏便な話し合いをするんだ。いいか、間違っても騒ぎを起こすな」


 さっそく立ち上がろうとするアオイをどうにか止めて、勝手な行動を強く戒める。


 本当ならば、ここから先は俺一人で行きたいところだ。

 ……だって、こいつと一緒にいたら絶対に面倒なことになると、俺の経験と予感が告げている。


 しかし、むこうがどう出てくるかわからない以上、戦う力のない俺が一人で乗り込むわけにもいかないのだから、致し方ない。


「改めて一応聞いておくが、お前、腕に覚えはあるんだよな?」

「こう見えて桜天流の免許皆伝めんきょかいでんあずかる身です。異国の地であろうとも、我が刀にさびはありません」

「剣の流派か? それもはじめて聞いたな」

「天に轟く桜天流、その極意ごくいは――『お腹から声を出して技の名を叫び、力いっぱいぶった斬る』です!」

「蛮族だ……蛮族の闘法だ……」

「失敬な! 誰が蛮族ですか!」


 大洋の先に死者の国と呼ばれる海域があるのは知っていたが、よもや世界の領域を超えた先には修羅の国があろうとは。

 ……だが、少なくとも傭兵やゴロツキに怯えて逃げ出すことはなさそうだ。


「ですが、なぜフロウ殿はこの情報をルードル殿にそのまま売ることはしないのですか? わざわざ敵地に乗り込む危険を冒す必要もありますまい」

「シャイタック商会がこのことを知れば、互いの関係上、血なまぐさい展開はけられないからな。それを避ける努力くらいはするべきだと思うだけだよ」


 俺だって極端な平和主義者というわけでもないし、争いが時に避けられないものであるということはわかっている。


 それでも、人は文化と歴史の生みの親で、文化と歴史は宝だ。

 その継ぎ手をできることならば一人でも残したいという、これはつまり、俺のエゴだ。


「……なるほど、ではそのように」

「なんだ、言いたいことがあるのか?」

「いえ、まったく……アオイは刀を振るしか知らぬ戦ガキゆえ、考えることは人に任せるのみです」

「それはそれで、大変そうな生き方だな」


 とはいえアオイがいれば、相手の暴力に恐れる必要はひとまずなくなる。

 あとはこの情報を下にラナラナ商会と話をつけて、密輸の詳細をルードルに穏便なかたちで売り込めばいい。


 そうすれば、アオイが壊した美術品の代金を考えても十分にお釣りがくる。



「時に、フロウ殿」

「なんだ?」


 話も一段落ついたところで、アオイは店内をキョロキョロと見回しはじめた。


 その視線はウェイターや食事を楽しむ客へとじゅんりに向けられる。


「この店、というかこの街、いや大陸は……でしょうか。ともあれここは、変わった風体ふうていの者が多いのですね」

「ビーグッドは、大陸でも特に多くの人種が入り交じって暮らしている都市だからな」

「ルードル殿のように耳長の者や、獣の耳を持つ者、鱗のような肌の者……なんとも驚くべき光景です」


 リチウ大陸で暮らす人々の六割ほどは俺やアオイのようなヒューマンが占める。

 残りの四割がドワーフやハーフフットなど多様な人種によって構成されるのだが、どうやらアオイのいた国ではそういうことでもないらしい。


「シモツキはヒューマンが多いのか?」

「ヒューマン……その呼び名すら聞き覚えがないほどに」


 それは俺にとって興味深い話だった。

 リチウ大陸はそれぞれの種族が培った文化をかけ合わせることで発展してきた。

 ドワーフの冶金やきん鍛治かじ、ハーフフットの牧畜と農業、エルフの魔術理論など、いずれかが欠けても今の姿はありえない。


 ヒューマンのみで形成される国というのはきっと、俺たちには想像もつかない常識で運営されているのだろう。


「……あ! いや、違いました!」

「なんだ、いたんじゃないか」

「私が生まれるよりはるか昔にはオニやアヤカシという、人に似てなお人ならざる者がいたと聞きます」

「なるほど、存在はしていたがシモツキの環境に合わなかったのかもしれないな」

「いえ、私の先祖がにしたそうです!」

「…………」


 単なる蛮族の侵略の結果だった。

 修羅の国、物騒すぎるだろ。


 ……こいつと一緒で大丈夫かなあ。

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