第四話 ケンカの内容について

 ビーグッドを主導する四つの巨大商業ギルドの一つ、シャイタック商会本部。

 街路がいろに向けて開け放たれた扉は来る者を拒まない商人たる姿勢の現れであり、外敵を恐れる必要のない彼らの確固たる地位を示している。


「いやあ、すまんなフロウ、うちの客分が迷惑をかけた」


 応接室に通された俺とアオイを出迎えたのは、整えられた顎髭あごひげきらめく長髪が特徴のエルフの男。


 ルードル・シャイタック。

 シャイタック商会およびシャイタック銀行の大番頭。

 俺が旅をしていたころからの知己ちきであるとともに、ビーグッドの街で店を開くための相談に乗ってもらった恩人。

 そして今はアオイの面倒を見ている、ビーグッドの顔役だ。


「いえ、こちらこそ急な面会を受け入れてくださり、ありがとうございます」

「なに、俺とお前の仲だ、気にするな」


 ひらりと右手を上げる慣れた仕草で、ルードルは俺の感謝を受け取った。


「それでどうした? 返済の目処めどがたったか?」

「いえ、そうではなく、彼女――アオイの件でお話が」


 ルードルはソファに座ったまま、顔の向きを少し動かして、背後のアオイを肩越しに見た。


「面白い拾い物だろう?」

「そうですね――彼女がうちの商品を壊しさえしなければ、素直にそう思えたのですが」

「商品を壊したぁ? アオイ、いったい何をした」

刃傷にんじょう騒ぎを起こさぬため、致し方なく!」

「そうか、致し方ないそうだし、許せ」

「許せるか! お前も少しは申し訳なさそうなフリくらいしろ!」


 ケラケラと笑うルードルに、何も気にした様子のないアオイ。

 二人の顔を恨み顔で見つめてから、俺は事情を説明した。


「――なるほど、それは災難さいなんだったな」

「ご理解いただけて何よりです。つきましては、シャイタック商会に弁償を――」

「んん? どうして俺が建て替えなきゃならんのだ?」


「おたくの客分が起こした問題なんだから、その尻拭いはあんたらの責任でしょうが!」

「たしかに俺はアオイの飯と宿の面倒を見ることは約束したが、商会員でもない奴のために余計な金を払う義理はないぞ。なあ、アオイ?」


「はい! すでにルードル殿には一宿一飯の恩義があります、これ以上の迷惑はかけられません!」

「一文無しがえらそうなこと言ってんじゃねえ!」


 ……マズい、着実にペースを奪われつつある。

 食わせもののルードルを相手にすんなり話が通るとは思っていなかったが、アオイがかき回すせいでより状況が悪い。


「むしろフロウ、お前こそどうするんだ?」

「……と、言いますと?」


 これだ。

 自分はさらりと受け流して、確実にこちらの弱みをついてくる。

 ビーグッドの顔役の名は伊達だてではない。


「アオイが壊したのは、うちが買い取る予定の品物だろう? お前はその金を返済にてるつもりだった。だが、俺たちも壺の破片に金は払えんなあ」

「それは……別の品でどうにか手を打っていただいて」

「構わんが、そっちの都合で商談の内容を変えるんだ、もちろんその分の勉強値引きはしてくれるんだろうな?」

「ぐぐぅ……!」


 一気に風向きが悪くなる。


 アオイを連れてくることで責任をシャイタック商会に押し付けられればそれが一番手っ取り早いと思っていたのだが……。


「おや、フロウ殿は火の車ですか、大変ですね」

「お前のせいで尻に火がついたんだよ! お願いだから反省しろ!」


 ……まあいい、こうなることはある程度予想していた。


「返済の計画は十分お前に便宜べんぎはかったものだ。それはわかってるよな?」

「もちろん承知しています。だからこそ、誠意を見せる手段を探してる」


 ルードルの言うとおり、返済計画は俺の事情をよく考慮した上で決めたものだ。

 支払いがこれ以上遅れれば、それは俺の不義理になってしまう。


 ルードルの信頼、そして商会との関係を傷つけないためにも、どうにかしたい。


「フロウやお前の兄貴たちには恩がある。俺もどうにかしてやりたいが……ここのところ、ウチの連中がピリついていてな、そこに返済の遅れが重なれば、正直、摩擦はけられん」


「……ピリついている? どういうことです?」


 待っていた話題の切れ端を、のがさずに掴み取る。


 おそらくは雑談のような、ルードルからしてみれば大した意味のない一言。

 しかし俺にとって、その言葉は値千金にもなり得る宝の種だ。


 なにせ、そのピリつきの尻尾を必死に捕まえ続けることで、俺は四年間あいつらに飯を食わせてきたのだから。


「協定ルートをはずれた酒が大量に出回っていてな。近ごろ値上がりした関税をのがれた密輸品だ。そのせいでウチの売上が打撃を受けて困ってる」


「酒……関税の値上がり……」

「関所や港の検問も強化してるんだが、なかなか尻尾を掴めない。密航船の見張りも置かにゃならんし、商会員にも疲れが溜まってる」


 やっぱりあの時と同じだ。

 四年間の旅で出会った事件と、とてもよく似ている。


 ――

 この事件の解き方を、俺は知っている。


「……フロウよ、なにか言いたいことがありそうだな?」


 うつむいていた俺のつむじにルードルが声をかける。

 顔を上げれば、ルードルはしたり顔でこちらを見ていた。


「――ルードルさん、その密輸ルート、いくらで買いますか?」

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