第三話 異世界から来た少女について
「――話を聞かせてもらうぞ」
とりあえず男たちの方はギルド連合の自警団に引き渡し、残る俺たちは二階の住居スペースに避難した。
「まず、お前の名前は?」
「おお、これは申し遅れました!」
部屋の中をキョロキョロと見回していた少女は、胸に手を当てて笑った。
「――ツキサキ・クナイノショユー・アオイ。
アオイ……やはり聞き慣れない名だ。
しかし、それよりも気になることがある。
「……シャイタック商会の預かり?」
シャイタック商会と言えば、俺がビーグッドで暮らすための世話をしてくれたルードルが頭目を務める大商会だ。
エルフが中心となって組まれたシャイタック商会はよっぽどのことがないかぎり客分など認めないはずだが……。
「はい、実は何を隠そうこの私、異世界からの流れ者なのです!」
「…………はあ?」
急に話がややこしくなってきた。
というか、急に異世界とか言い出した。
「どういうことだ? 説明してくれ」
「私にも詳しいことはわからぬのですが、あなた……店主殿は」
「フロウだ、そう呼んでくれ」
家名を出すことは、あえて
いまや大陸中に知れ渡っているティンベルの名は、そう多くの人が持つものではない。
それだけで俺の
「はい! フロウ殿は『異界流れ』というものをご存知ですか?」
「――異界流れって言えば、たしか」
大きな嵐のあと、浜辺に不可思議なものが流れ着くことが
どこから来たのかもわからないその漂流物を指して、異界流れと、そう呼ぶのだったか。
「ここに来る以前、私はシモツキという国におりました。しかし船旅の途中で
「シモツキ、シモツキ――聞いたことがない名前だ」
「移りゆく四季と山々に囲まれた美しい島国にござる!」
元気よく故郷を紹介してくれるアオイには悪いが、やはり覚えがない。
この大陸や近くの島であれば大抵は頭に入っているのだが……。
「異世界からやってきた、というのもにわかには信じがたい話だな」
「正確なところは私にもわかりません。本当に世界を渡ったのか、はたまた海を越えて流れ着いたのか」
「しかし、海を越えたというのも考えにくいか……」
リチウ大陸を包む大洋には壁がある。
海には海魔と呼ばれる魔物が住み、海魔は陸から離れるほど強く凶暴になっていく。
現在の技術で航海できるのは沿岸からおよそ七〇〇トルテがせいぜいで、その先は死者の国と同義だ。
ともあれ、
答えがわからない以上、考えるだけ無駄だな。
「だけど、アオイがシャイタックの客分になったというのは理解したよ」
「どういうことです?」
「あそこはエルフの集まりだからな。エルフにはそういう習わしがあるんだ」
エルフ――かつては森林部にコミューンを形成していた種族。
彼らは資源豊かな森の恵みを
土地に踏み入る者を追い払う森の門番であり、土地が招き入れた客をもてなす森の従者。
「エルフは土地が受け入れた者には義理を通す。シャイタックに拾われたのは幸運だったな」
「なるほど、アオイは
シャイタック商会の客分であるならば俺にとっても幸運だ。
アオイが破壊した美術品の代金を請求しやすくなる。
「お前の素性についてはなんとなく理解した。それで、どうして追われていたんだ?」
そう、本題はここからだ。
揉め事に自ら首を突っ込みたくはないが、最低限の事情は知っておかなければいざという時に対処ができない。
「ふむ、一体どこから説明したものやら」
腕を組み、首をかしげながら、アオイは思案顔を浮かべる。
「聞いた話によれば、私がこの街に流れ着いたのが八日前、そして目を覚ましたのが今より三日前のこととなります」
「ふむふむ」
「そして商会の者からの
見慣れない格好の少女が流れ着いたとなれば、土地の番人たるエルフがその素性を調べるのに時間をかけるのは理解ができる。
素性はわからずとも、優れた商人であるルードルが異世界から来たという貴重な人材をみすみす手放さないことも、想像がつく。
「まずは久方ぶりに運動がてら街を歩いてみようと思い、外へ出たのはいいものの……」
だんだん怪しくなってくる口ぶり。
このあたりから、トラブルの臭いがしてくる。
「知らぬ土地、入り組んだ
「ビーグッドは人が多い分、街も複雑だからな」
「ええ、案内の一人もつけるべきでした。しかし時すでに遅く、困り果てた私は迷い込んだ路地裏で人を頼ることに決めたのです」
さあ、いよいよイヤな予感がしてきた。
「そこで出会ったのは、何やら見るからに不穏な
「ああー、どこぞの裏取引の現場に出くわしたわけだ」
ビーグッドは王都から離れた商業都市。
「そして私は、迷うことなく彼らに道を訪ねたのです!」
「なんで自ら声をかけてんだよ! せめて身を隠せよ!」
結論。
面倒な奴が面倒な奴らと出くわした結果、面倒なことになったらしい。
「彼らは私を見るなり捕まえようと追ってきまして、さりとて私も外で騒ぎを起こすわけにもいかず、隠れる場所を探して街を走っておりましたらば、ちょうどよいところに
「経営難がこんなトラブルを招くとは……!」
金持ちはケンカをしないと言うが、金がなくて他人のケンカに巻き込まれることがあろうとは。
世の中理不尽すぎるだろ。
「しかし、悪漢どもは無事に追い払えたわけですし、これにて一件落着です!」
「んなわけあるか! お前が壊した品物の代金はどうする!」
「それはこれから考えます!」
元気いっぱいに答えてくれるのはいいが、支払いのあてがあるとは思えない。
というか、どこぞから流れ着いて今朝目を覚ました奴が金を持っているわけもない。
俺の悩みをよそに、アオイは木箱にしまってあった瓶詰めの在庫を眺めている。
「――おや、これは下にあったものと同じ」
「キュロトの漬物だ……売り物だからな、金がないなら食わせねえぞ」
「無論、そこまでの粗相はいたしません」
そう言いながらアオイは瓶詰めをひとつ手に取り、興味深そうに眺めた。
……興味深そうに、食べたそうに、眺めている。
「……ひとつだけだ、それ以外はもうホントにやらないからな」
「――よいのですか!?」
「どうせさっきひとつダメにされてるからな、今さらもうひとつくらい変わらない」
「ありがとうございます!!」
そしてアオイは瓶を開けて小さく切られたキュロトをひとつ取り出し、少し匂いを嗅いでから口に運んだ。
その味はどうやらアオイの好みに触れたらしく、アオイは満足げな表情を浮かべながら飲み込んだ。
「よい味です、しかし……フロウ殿の店でもそうでしたが、ビーグッドではこのキュロトなる野菜にそれほど高値がつくものなのですか?」
「いや、そんなことはないぞ?」
キュロトはリチウ大陸で昔から栽培されてきた野菜で、至極一般的な食材だ。
むしろどこでも安価に手に入るからこそ、俺たちは旅の保存食として活用してきた。
高級食材とはほど遠い、極めて庶民的な食べ物だ。
「そうなのですか? いえ、私が悪漢どもと出くわした際、彼らはさぞ貴重なもののようにキュロトの詰まった大箱を地下へ運んでいたので、隠すほどに高価なものなのかと思いまして」
「キュロトを地下に? どういうわけだ……?」
キュロトは湿気に弱く、海という水源に近いビーグッドの地下はとても保存に適していない。
郊外の風通しが良い場所に倉庫を構えて保存するのが一般的だ。
加えてビーグッドの市街は土地もけして安くないし、キュロトくらいのために地下倉庫を用意するのはとても割に合わない。
「ですが、そうですか。まあ大方、連中の親玉がキュロトをひとり占めしたかったのでしょう」
「そんな食い意地の張った微笑ましい闇取引があるか」
とはいえ、考えてもしかたのないことだ。
それこそ他人の後ろ暗い取引なんて、わかりきった揉め事に自ら首をつっこむ必要もない。
……だが、これは。
「思い詰めた顔をして、どうかしましたか?」
「いや、大したことじゃないんだが……少し似てると思ってな」
「似ている?」
故郷であるロロバの村を出て四年。
邪竜を討伐するまでには、そりゃあもう山ほどのトラブルがあったわけだが……。
このパターンは……。
「たしか迷子のリノアが戻ってきて、面白いものを見たとか言って……」
当時の記憶と、今のこの状況を頭の中で照らし合わせる。
まだ確証はない。
しかし、それが手に入ったならば、むしろこれは千載一遇の好機かもしれない。
「――アオイ、それを食ったら次の場所へ移動するぞ」
「どこへ行くのです?」
二つ目のキュロトを口に咥えたまま首をかしげるアオイ。
ほんの少し、
それを逃さず捕まえることは、俺が誇れる数少ない得意分野だ。
「シャイタック商会――お前の宿に直接交渉だ」
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