第4話 小鳥の出会い②

 駐車場からエレベーターで1階まで降りた小鳥は、大理石で出来た太い柱に隠れて集合場所の様子を窺(うかが)い見た。駅のコンコースでは行き交う人混みの中、同僚や数名の男性が雑談をしている。中には時計の針に目を落とし周囲を見遣る姿もあった。


待ち合わせの時間は11:00、姿


 その時、バス停に一台のバスが到着した。ステップから黒いパーカーを頭に被ったジーンズ姿の拓真が降りて来た。パーカーのポケットに手を入れ少しばかり不機嫌そうな面差しが、同僚の姿を見つけると柔和な顔付きになり口角を上げて微笑んだ。小鳥はそのギャップに心臓を鷲掴(わしづか)みにされ、2度目の一目惚れを体験した。


(ああ、カッコいい)


 小鳥が不審者の様に身を潜めていると不意に背中を叩かれた。


「ぎゃっ!」

「同僚にぎゃっはないでしょう、ぎゃっは!」

「あぁ、ごめん。ちょっといきなりだったから」

「ほら、行くよ、みんな待ってるから!」

「え、ちょっと!」

「ちょっともなにもないわよ!遅刻よ、遅刻!」


 小鳥はもう1人の自分が現れるのではないかと戦々恐々としたがその心配はなかった。11:00を過ぎてもは現れなかった。これで確定した。


「タイムスリップ」は時間を滑ること。

「タイムリープ」は時間を飛び超えること。

「タイムワープ」は時空が歪むこと。

「タイムトラベル」は時空を旅行すること。


 小鳥は時間を飛び超えたのだ。


「はーい!出発するよ!車に乗って!」


 ”異性間交流会”という名の、下心満載のバーベキューに参加した面々は数台の車に分乗しキャンプ場を目指した。小鳥は記憶をなぞり、前から3台目の紺色のフォルクスワーゲンゴルフの助手席に乗った。後部座席には2人の男性が乗り、そのうちの1人が”高梨拓真”だった。


「高梨です、損害保険会社の営業部で働いています。趣味はランニングです」


「山村です」

「太田です」


「あ、私、須賀小鳥と言います。アパレルメーカーで働いています」


「面白い名前ですね」

「はい、よく言われます」


「小鳥、小鳥ってどう書くんですか?」

「小さな鳥です」

「そのままですね」

「はい、すみません」


 4人は簡単な自己紹介をした。そして小鳥は、拓真のアパートが近い事や趣味がランニングである事を初めて知ったような振りをした。


(ランニング、そういえば拓真はよく走ってたな)


 青色点滅の横断歩道、車道に飛び出した拓真。ふとした瞬間にあの場面が頭を過ぎる。小鳥はシートベルトを強く握った。そうだ、幸せだった頃の思い出を懐かしみ楽しんでいる場合ではない。2024年7月7日の交通事故を回避する為に、出来る限りの事をしなくてはならない。


(でも、でも、どうしたら?)


 フォルクスワーゲンゴルフはキャンプ場の駐車場でエンジンを止めた。トランクルームから折り畳みの椅子やクーラーボックスが次々と下ろされ、各々が東家(あずまや)までそれらを運んだ。後に残されたのはクーラーボックスと小鳥、そして拓真だった。


「運びますか」

「はい」

「そっち持って下さい」

「はい」


 小鳥は2人で持つクーラーボックスの半分の重さを感じながら、1年前を思い起こした。このままでは特に会話もなく別々の場所で黙々と肉を頬張りまた同じ事を繰り返してしまう。


(こ、交際!お付き合いの時期を早めれば、プロポーズの時期も早くなるはず!)


「あっ、あの!」

「はい?」

「あの!」

「はい」

「いい天気ですね!」

「曇ってますけど」

「そ、そうとも言います!」


 この頃の拓真は無愛想で近寄り難かった。ただ、本人曰く小鳥を意識して身構えたのだと笑った。


(・・・・ならば!)


 小鳥は顔を赤らめながら意を決して言った。


「あっ、あの!」

「はい?」

「あの!」

「はい」

「LIME交換しませんか?!」


 沈黙が2人を包んだ。


「ごめん、僕、今日携帯持って来てないんだ」

「あっ、そ、そうなんですね」

「はい」


 やはりを変える事は難しいのか、と小鳥の腕は急にクーラーボックスを重く感じた。


(携帯電話持って来てないって、そんな、撃沈だ)


 いや、もしかしたらいきなりLIMEを交換しようとか言い出すだと警戒されたのかもしれない。小鳥の気分(こころ)は急転直下、もしかしたら交際が始まるどころか「ごめんなさい、お断りします」になる可能性さえ考えられた。


(やばい、もう駄目だ、どうしよう)


 それからの小鳥は放心状態で玉ねぎを炭化させ、肉の焦げ目は酷いもので、メガ盛り豚バラを1パック無駄にしてしまった。「小鳥、もう何もしなくていいから」と同僚にトングを奪われ手持ち無沙汰になった小鳥は椅子に座って湖を見るしかなかった。


「須賀さんだっけ?シャツ似合ってるね」

「はい?」

「向日葵みたいだね」


 そこには上背のあるイケメンが爽やかに笑い、無愛想な面持ちの拓真が立っていた。黄色いギンガムチェックの半袖シャツに関しては、小鳥が脳内で都合よく変換していたらしく、イケメンは「向日葵みたいで」とは言っていなかった。


(記憶って曖昧なもんだわ)


 ふと拓真と視線が合った。LIMEの一件ですっかり気不味くなった小鳥が顔を背けると目の前にビスケットの箱が差し出された。


「どうぞ」

「あ、ありがとうございます」


 小鳥がビスケットを一袋摘むと拓真はもう一度「どうぞ」と言った。


「どうぞ」

「はい?」

「どうぞ」


 よく見るとビスケットの箱の内側に何かが書かれていた。小鳥が眉間にシワを寄せて凝視するとそれは携帯電話の番号だった。


090-93○7-○○○○


 よく携帯番号にも関わらず、小鳥の胸は高鳴り頬が赤らむのが分かった。ビスケットの箱を受け取った指先が震えた。


「じゃ」

「は、はい」


 拓真は踵を返してバーベキューコンロの集団へと歩いて行った。小鳥と拓真の交際が半月以上も早まった。

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