第3話 小鳥の出会い①

2024年8月24日

 拓真が亡くなって四十九日の法要の朝、小鳥が目覚めると不可思議な事が起こっていた。それは拓真が交通事故で亡くなる前日、2024年7月6日まで時間が巻き戻っていたのだ。小鳥はすぐさま携帯電話でニュースレターの日付を確認した。

 ニュースレターには2024年7月6日、”和歌山県、那智山でランタンを上げるツアー”が行われるという記事が掲載されていた。天気予報は夕方にゲリラ豪雨の可能性を報じていた。


(今日は、2024年7月6日!)


 日付を確認した小鳥が慌てて拓真の部屋を訪ねると、とうに死んだ筈の彼は呑気な顔をして尻を掻(か)いていた。「何してるの、部屋に入って、入って」そう言って小鳥の腕を掴んだ拓真の手は温かかった。そして無邪気に笑い、翌日の7月7日に婚約指輪を買いに行く事を楽しみにして出社して行った。


(・・・・・拓真は自分が事故に遭う事を知らなかった)


 小鳥だけが2024年7月7日の記憶。


(もしかしたら!)


 翌日の交通事故を回避出来るのではないかと考えた小鳥は、一筋の希望の光を見出した様な気がした。


ところが、だ。


 翌朝、買ったはずの卵が冷蔵庫から消えていた。まさか2日で1パックの卵を平らげる訳がなかった。その代わりに買う筈のないビールが3本冷蔵庫の中で冷えていた。


(・・・もしかして、また巻き戻った!?)


 財布から取り出した買い物レシートの日付を見た小鳥の指は小刻みに震えた。


202376に、小鳥はスーパーマーケットで買い物をしていた。小鳥は2024年から更に1年の時間を遡(さかのぼ)っていた。


(なに、なにこれ!)


 振り向いた姿見(すがたみ)の中には肩までのボブヘアーの亜麻色(あまいろ)の髪の小鳥が映っていた。


(嘘っ!髪の毛が短い!)


 よくよく見れば食器棚の上のポトス(観葉植物)の蔓(つる)は短かった。


(今日は、2023年7月7日!?)


 この時点で小鳥と拓真はまだ知り合っていなかった。2023年の7月3日に会社の同僚が小鳥の肩を叩いた。


「異性間交流会をします!」

「なによそれ」

「コンパよ、コンパ」

「なら最初からそう言えば良いじゃない」


 小鳥は損害保険会社の男性陣と一緒に、バーベキューという名目のコンパに参加する事になった。そのバーベキューは2023年7月7日の今日、開催される。


「七夕に恋人ができるなんて良いと思わない?」

「あんたがそんなロマンティックな事を言うなんて思わなかったわ」

「だまらっしゃい!」


 同僚が鼻息も荒くキャンプ場でバーベキューのトングを握ったのは何時だった?


「握ったのは!11:00!駅前に集合!」


 時計の針は9:30を過ぎていた。(今日のバーベキューを逃したら拓真とは出会えない!)小鳥は慌ててクローゼットから半袖のパーカーとジーンズを取り出した。


「いや、ちょっと待って?」


 小鳥は、もしかしたら1年前の自分がもう1人この世界に存在し、キャンプ場で鉢合わせをしてしまうのではないかという事に思い及んだ。駅での集合時間は刻々と迫って来る。


(教えて!Googler!)


 小鳥は携帯電話を握った。


(た、い、む、す、りっぷ、タイムスリップ)


 自分がまさかこんなSF、サイエンスフィクション的な文字を検索する日が来るとは思わなかった。


(ええと・・・?)


「タイムスリップ」は時間を滑ること。

「タイムリープ」は時間を飛び超えること。

「タイムワープ」は時空が歪むこと。

「タイムトラベル」は時空を旅行すること。


(なにこれ!書いてある事が頭に全然、入って来ないんですけれど!)


 小鳥には何が何だかさっぱり分からなかったが、時間旅行という優雅なものではない事は確かだった。そして、タイムスリップは入れ物(からだ)がそのまま過去や未来に移動してしまうので、現在の自分と過去や未来の自分がばったり出くわす危険性が高いと書いてあった。

 

 小鳥は鏡の中の自分を振り返って見た。髪の毛が短く、顎の下の肉付きが良く少しばかりぽっちゃりとしている。親元を離れアパートでの一人暮らしを初めたばかりの小鳥は不摂生をし、夕食はもっぱら外食で済ませていた。


(顎肉が・・・いやいやいや、そうじゃないでしょ、太っている事はどうでも良いの・・・・・・・いや、どうでも良くはないけれど)


 この入れ物(からだ)は確かに2023年の自分自身で間違いはない。そうと決まればキャンプに行く準備をしなければならなかった。そこで目に付いたのはソファにぞんざいに置いた半袖のパーカーとジーンズだった。


(なんだか・・・違うような気がする?)


 記憶を辿りながらキャンプ場で着ていた服を探した。小鳥はクローゼットの中身をベッドの上にばら撒き、腕を組んで仁王立ちをした。


(う〜ん)


 目に付いたのは半袖のパーカーではなく黄色いギンガムチェックの半袖シャツだった。拓真の隣にいた上背のあるイケメンに「向日葵みたいで可愛いね」と褒められた憶えがある。


(拓真は・・・私に無関心な感じだったな)


 少しモヤッとした面持ちで着替えを済ませた小鳥はやや気合を入れて化粧をした。


(でも・・・バーベキューにこのメイクは、ちょっと浮いてるかな)


 そこでに「初めてのバーベキューで化粧が濃くてちょっとびっくりした」と言われた事を思い出した小鳥はつけまつ毛を外し、口紅の色を赤からシアーなオレンジがかったベージュに塗り直した。


(これくらいで未来は変わらないよね)


 髪をブラシで梳(と)かすと短く何だか物足りない気がした。


(これが2023年の私)


 小鳥は車の鍵を握ると部屋のドアを閉めた。拓真に会えると思うと心臓が跳ね、思わず頬が緩んだ。


 確かに、車窓から眺める景色は違っていた。2024年には開店していたコンビニエンスストアはまだ工事中で、解体中のビルは半分以上その姿を残していた。


(浦島太郎の気分だわ)


 駅の駐車場に入った小鳥は、1年前と変わらぬ同じ場所に駐車スペースが空いている事を確認した。後方発進でハンドルを何度も切らなければならない角の駐車スペースのすぐ隣には白いワンボックスカーが停車していた。


(ワンボックスカー・・・・)


 小鳥はあの日の黒いワンボックスカーを思い出し、思わず息が止まった。

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