第4話

「やめて、やめて下さい!」


 治安が悪いせいで、強盗や強姦はどこに出てもおかしくない。


 ここいらの住民はもめ事に突っ込まないだろう。


 誰か襲われているなら、一応何か手を打っておこう。


 クラトは状況を確認しに前方の十字路に入り、声のした左手の方を塀の陰から見る。


 声の主は、長い髪と長袖のタンクトップとパンツの格好の少女だった。


 上下ともあまり見ない、何の柄もない灰色一色のシンプルなデザインだった。

 

 ああいうのが流行っているのか、クラトは疎いので分からない。


 年頃はクラトと、同じくらいに見える。


 酔っぱらった金髪のチンピラ風の若い男が、路上でその少女に絡んでいた。


「いいじゃねえか!」


 少女は性的に煽る格好には見えないから、売春で揉めているわけではなさそうだった。


 男は落ちぶれた貧困層の人間のようで、顔を赤くし、足元はふらついて酔っているようだ。


 男が少女の腕を掴んだ。


「いや!」


 少女は男の手を振りほどいて走って逃げた。


「おい、まてよー」


 男はしつこく少女を追い回す。


 クラトが通報しようか逡巡しているうちに、あろうことか2人はそばの高層マンションの敷地に入ってしまった。


 マンションの入り口近くに配置されていた、マイマインの額部分の、二つの目が付いた球体がぐるぐる動く。


 そのセンサーが不法侵入を感知して、警告音を出し、少女と男の方に向かって脚を動かし始めた。


 男は酩酊していて、少女を押し倒して馬乗りになった。


「離してください。あなたも危ないです!」


「ああ~?いいだろ?」


 少女が訴えるが、男は聞く耳をもたない。


 クラトは敷地の前まで走った。


 その間にマイマインはどんどん2人に迫っている。


 クラトが駆けてそこに向かう途中、マイマインの目が激しく赤く光り出す。


「きゃあ!」


 その途端、少女に乗っかていた男が悲鳴を上げて、目を抑えて地面に転がった。


「ぎゃあああ!目があ!」


『マイマイン』の持つ、高出力赤外線レーザーを直に食らったのだ。


 クラトの作っている部位になる。


 機体の目の部分から、眼球にピンポイントでレーザーを当てて、網膜を損傷させる。


 押し倒されていた少女が立ち上がる。


 倒れる男にマイマインが迫り、地面に倒れてうめく男が踏みつぶされようとしていた。


「ダメ!死んじゃう!」


 少女が、男の足をマイマインから目を背けながら引っ張り始めた。


 自分を襲おうとしたチンピラを、少女は助けようとしていた。


 しかし、力がないのか動かない。


 それでも、少女は諦めずに引っ張ろうとする。


 男もろとも少女も踏みつぶされかねない。


「くそ!」

 

 クラトは少女に加勢することにした。


 走っていたクラトが、マンションの敷地に入って少女の横についた。


 両手で男の足を持つ。


「あ」少女がクラトの方を見る。


「いくぞ!」クラトが言った。


「え?は、はい、すみません!」


 少女が戸惑いながら答える。


 その直後、再びマイマインの目が赤く光り出した。


 クラトは目を閉じて、頭を横に背けた。


 強力赤い光が、まぶた越しに刺してくる。


 無我夢中で男を思い切り後ろに引きずり、数十秒後、かざしていた光はなくなった。


 恐る恐る目を開けると、塀が前に見えて、既にマンションの敷地から出ていた。


 クラトは息切れを起こしながら、路上で背をかがめる。


 眼下にはチンピラの男が倒れて大人しくなっていた。


 左横にはクラトと同じく息を荒くして息を整えていた少女がいる。


 マイマインは敷地の中で静止していた。


「あの……」少女がクラトの傍らに寄り、頭を下げ、手を重ねてクラトに謝った。


「すごく迷惑をかけてしまいまし……」


 そこで、少女はふらっと地面に倒れた。


「お、おい」


 クラトが少女の肩に手を回して体を抱えるが、心配になるほど軽い。


「大丈夫か?」

 

「ごめんなさい。貧血だと思います」クラトの腕の中で少女が弱々しくいう。


 意識はあるようだ。


 改めて顔を見ると、きれいだが顔色はかなり悪い。


「本当に貧血なのか?」


「はい、なりやすい体質で」


 救急車を呼んでも、数が不足しているせいで来るまでに時間を食い、その上たらい回しにされるかもしれない。


 警察に至っては、もはや何の信用もなく、彼女の体調など無視して不法侵入の尋問をやりかねない。


「家は?どこに住んでいる?」


「ありません」


「ないって?家出か」


「いえ、ホームレスなんです」


「なんだって?」


 服はさほど汚れていなくて、見かけではそうは見えなかった。


 ただ、荷物は何も持っていない。


 寒いし、早く暖かいところに連れて行った方がいい。


「一旦、俺の部屋に連れていくけど、いいか?」


 早足で行けば、自宅までは10分ほどでつく。


「ごめんなさい。お願いします」


 少女は、路上の隅で倒れている男の方に目をやった。


「でも、あの人は?」


「君の知り合いか?」


「いいえ、全然知らない人です。歩いていたら声をかけられて……」


 それで命がけで自分を襲おうとした相手を助けようとするとは、どういう性格なんだろうか。


「だったらほっといていい。A・Gは敷地の外にいれば狙わない」


 少女は、心配そうに男の方を見たが、男が泥酔して寝込み始めたのを見ると、再びクラトの方を見た。


「行こうか」


「はい」少女は小さく頷いた。


 クラトは少女の肩を抱えて、並んで歩いて自宅までの道を行く。



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