第5話
自宅につき、クラトと少女は靴を脱ぎ中に入る。
クラトは灯りをつけ、少女を自分のベッドに促した。
「俺のベッドだけど、ごめん」
少女は、すみませんと小さく答え、ベッドに入る。
クラトはエアコンのリモコンを操作して、暖房を普段より強くつけて部屋を暖かくした。
食品棚から、なるべく食べやすそうな、レトルトのかゆとシチューを取り出し、電子レンジで温めてフォークとスプーンとともに少女に渡した。
「これでいいかな?いつもとにかく安いのを買ってるから、口に合うか分からないけど」
「ありがとうございます。迷惑ばかりかけてしまって、本当にごめんなさい」
「いいよ、今は回復することだけ考えよう」
少女は、かゆとシチューを食べ始めた。
胃が弱っていたのか、少しずつ、ゆっくりと口に運んで飲み込んでいく。
テーブルでクラトも自分の食事を済ませた。
「ごちそうさまでした」少女は時間をかけて食べ終える。
クラトは空になった容器と食器を受け取って片付けた。
横になっている少女に聞く。
「大丈夫か。病院に連れていくか?」
「いえ、大丈夫です。やっぱり、ただの貧血だと思います。休んでいれば治ると思います」少女の声はまだ弱いが、少し元気になった気がする。
「無理そうなら病院に連れていくけど」
「ありがとうございます。でも大丈夫です」
クラトは、少女に布団をかけた。
「あの、ここで寝てしまっていいんでしょうか?あなたの寝るところは?」
狭い部屋に空いたスペースはほとんどない。
「廊下で寝るからいいさ」
「すみません」
「ところで、君の名前は?」クラトが訊く。
「リーエと言います」
「俺はクラトだ」
「クラトさん、ですね」
「これから、どうする?さっき、ホームレスって言ってたけど」
答えに窮したのか、リーエは黙り込んでしまった。
「やっぱり、行く当てがないのか?」
「はい……」呟くような返事をする。
「じゃあ、体が良くなるまでここで休んでるといいよ」
「すみません、お言葉に甘えさせて貰います」
クラトは、リーエのことはまだ何も分からなかったが、無理に聞き出すわけにもいかない。
少なくとも、彼女は物を盗んだりする真似をするようには見えなかった。
もっとも、たいして盗まれるようなものもないが。
狭い廊下でタオルケットを被って一晩眠る。
朝起きて、リーエの様子を見た。
彼女はひどくうなされていた。
「間に合わなかった……」
「やめて……」
「イツキ……」
悪夢を見ているのか、辛そうに言葉を吐き出していた。
起こすのは気が引けるので、どこに食べ物があるか書き置きして仕事に出る。
終業して帰る際、リーエは何も着替えるものがなかったことに思い至って、最寄りのスーパーマーケットで服やパジャマ、下着を買っていった。
家に帰ると、リーエはテーブルの前で正座していた。
顔色は大分良くなっている。
「リーエ、ただいま」
「クラトさん、お帰りなさい」
「元気になったみたいだな」
「はい、クラトさんのおかげです」
「とりあえず、着替えがなかったと思って買って来たんだけど、俺はこういうのはよく分からないから、気に入らなかったらごめん」
リーエにそう言って着替えの入った袋を手渡した。
「とんでもありません!ありがとうございます」
彼女は袋を両手で大事そうに抱えて受け取った。
「嫌だったら、着なくていいから。サイズも合ってるか分からないし。動けそうなら、明日買いに行けるように金を出すよ」クラトは言いながらレトルト食品の夕食を温める。
「いいえ、そんな。これだけで十分です」
クラトはあぐらをかいて、リーエと向かい合って夕食を食べ始めた。
「頂きます」
リーエは丁寧にマナーを守って食べる。
「ごちそうさまでした」食べ終えて、手を揃えて少女は頭を下げた。
クラトが言う。「こんな犬小屋みたいな部屋で、そんなきちんとしなくていいよ」
「犬小屋だなんて、そんな」
「実際そうだし、気を使わなくていいんだけど」
「いえ。私、こういう、生活感のあるところの方が、ちょっとほっとするんです。何だか落ち着いて」
「それは、変わってるな」
「そうかもしれません」
話しながら食べ終えると、クラトは片付けてシャワーを浴びる。
その後にリーエも浴びて、クラトの買ったパジャマを着て居間に入ってきた。
「サイズはそれでよかったか?」
「ええ、丁度いいです」
リーエはタオルで髪を拭きながら答える。
その後、座っているクラトの前で正座して、頭を下げて言った。
「クラトさん、ご恩は必ずお返しします」
「あ、ああ」リーエの真剣な眼差しに、クラトはたじろいだ。
それから、昨日と同じように、リーエはベッドで、クラトは廊下で眠る。
次の日にクラトが起きると、リーエはまた、うなされていた。
彼女を苦しめるものは、何か深く心に根差しているように思える。
体調とは別の、精神的なところが心配になってくる。
クラトは彼女を家に残して、工場へ出勤した。
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