『終末兵装ライドステラ』金持ちと権力者のせいでメチャクチャになったディストピア社会で、底辺労働者は破滅した未来から来た美少女に愛されて巨大ロボットで世界を変える
砂擦要
第1話
~2040年 N国家
半世紀以上前は世界一の経済を誇った、N国の衰退は歯止めがかからなかった
少子高齢化は進み、人口の大半を占める高齢層のための税金は現役世代に重くのしかかる
子どもを産み育てるコストは後回しにされ、出生率は減り続けた
少子高齢化がさらなる少子高齢化を招く悪循環に陥る
一方、多くの企業は安価な労働力である低賃金労働者を歓迎し、人材育成をコストとして切り捨ててきた
少子化と人材育成の放棄
国は、次世代の労働力を残せない巨大な負債を残す
特に、低所得者の親の下に生まれた子供は、教育のコストを注がれる機会もなく、貧困は次の世代まで持ち込まれた
多大な負担を背負いながらこの国に生まれ落ちるこうした子供たちは、始めから希望のない人生を強いられる運命にあった
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
クラトは、次々と前のラインからコンベアーに乗って流れてくる、レンズ周辺の部位を工具を使い間髪入れずに手早く組み立てる。
毎日、酷使している指と腕は動かすたびに痛むし、疲労で感覚も鈍っているが、一切、不良品を出すことも工程を遅らせることもできない。
出来なければ、減点、そして次の労働契約の更新はない。
この工場には若者から中年の男女が数百人、各所に配置されている。
数十年前からAIに入れ替わると言われていたこういった実労働は、材料費の高騰と、投資とメンテナンスにかかる費用を企業は抑えるため、結局は人間が賄っている。
ロボット以上に安い労働力となることで。
休憩時間になり、クラトは組み立てフロアを抜けて休憩室の硬い椅子に腰を下ろした。
一息ついて体を休めると、クラトと同じ工場支給の作業着と帽子を着たノボルが来る。
「ノボル、契約の更新はどうだった?」クラトが訊いた。
ノボルはクラトと同じ十九歳で、境遇も近く気心の知れ仲だ。
「何とか食いつないだよ」
ペットボトルの水を飲みながらノボルが答える。
「そうか」
クラドは仲間の当面の生活の安泰に安堵した。
といっても3ヶ月だ。
おめでとうとか、よかったなとか祝辞を送ったり、喜びを分かち合うのは違う。
ただ現状が延長しただけで、何一つとしていいことは新しく起こっていない。
クラトもノボルも
――人身道具――
非正規労働者を表すスラングだ。
十年前、政府は労働力不足でボロボロのN国の経済対策として、労働法の超規制緩和を断行した。
それから、企業は都合のいいように労働者を搾取し、いつでも、拾って、使いつぶして、捨てる、まさに人間を道具にすることが出来るようになっている。
ネット上での自嘲から始まったこの呼び方は、クラトが社会に出るころには完全に世間に浸透していた。
この工場のほとんどの労働者はそうした人身道具たちだ。
ノボルが話題を変えた。
「イトウのおばさんクビだってよ、外装の取り付けのネジのトルクが足りなかったらしい」陰鬱な声で言う。
話に出たイトウのオバサンのようにミスをカウントされたら、要らない存在と認識されていつの間にか排除される。
そして、他の者に作業が回され、労働がさらに過酷になる。
「結構ベテランだったよな、あの人?」クラトが探るように聞いた。
淡泊で人にたいして壁を作りがちなクラトと違い、ノボルの方は人のことに突っ込みやすくて情報通だ。
こうした切り捨てが、大量解雇の前触れのこともあった。
クラトにとって不安になる話で、ノボルもそうであるから口に出したのだろう。
「ああ、5年いたってよ。それで、50超えて独身。まあ、普通の人だな」
独身であることに関して、ノボルは全く皮肉で言っているわけではない。
ノボルが普通と言ったように、彼女は典型的な非正規労働者の中年女性だ。
人身道具に家庭を持てる余裕などない。
彼女と同様に自分も一生独身なんだろうとクラトは思う。
「五年もか」クラトが呟いた。
非正規労働で四年も勤めれば今の時代では十分ベテランだが、会社の切り捨ては容赦はなく、彼女の再就職先があろうとなかろうと知ったことではない。
企業の、社会の非情さを改めて思い知る。
「かわいそうにな」クラトが言う。
「ああ」
ただ、クラトもノボルも立場は全く同じであり、誰であれ人身道具は常に不安と失望を抱えている。
そこで、休憩時間が終わりに近づく。
「まあ、俺たちは当分大丈夫だと思うぜ」ノボルが気休めを言い、クラドとノボルは持ち場の組み立てフロアに戻った。
クラトは淡々と、そして必死に作業を続ける。
職場で生き残るコツは、こうして人身道具の言葉通りに道具になりきることだと悟っている。
それは、義務教育を終えて社会に出た4年間で、これまでの自分や他人のクビの経験や、ベテランたちの振る舞いを見て学習したことだった。
その結果、三ヶ月契約で8回も更新され、2年も続いている。
入って役立たず扱いされ数か月で切られるのもざらだから、それに比べれば、十分評価されていると言える。
毎回更新されていることが、クラトにわずかな自尊心と、社会の中に生きているのだという自己肯定感を与えていた。
終業して、私服に着替えて工場を出ようとすると、出口付近でノボルが話しかけてきた。
「あの爆発テロかなんか、この辺だろ。気を付けろよ」
そのことで、工場内もメディアも話題は持ち切りだ。
「ああ、そっちもな」クラトは答える。
ノボルと分かれて、それから、工場を後にした。
何の変哲もない一日のはずだったが、その帰り道、一介の底辺の労働者に過ぎなかったクラトの運命は大きく変わった。
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