終末兵装ライドステラ

砂擦要

第1話

 少女はコックピットの中で祈りを込めていた。


 地上に設置されたドーム状の巨大なタイムマシンが作動し、中央の空間が円形に歪んで大きなタイムゲートが開く。


 少女の生きる世界は地獄だった。


 タイムゲートの先は、世界が破滅する最後の転換点となった年に繋がっているはずだ。


 そこへ向かうのに、乗り込んだロボットとともに空間の歪みに突っ込む。


 時間遡行にかかる莫大なエネルギーは、目標の時間までギリギリしかない。


 少女はこのタイムスリップに命を賭けた。


           ◆


 2030年代 N国家


 少子高齢化による労働力不足により、企業の減益、倒産、解雇は相次いだ。


 社会の上澄みをすくっていた権力者たちは、保身に躍起でありながら、過去の方法論を繰り返すしかできなかった。


 即ち、下層階級からの搾取。


 N国家において経済活性化と人材の流動化を名目に、労働法の超規制緩和改革が行われる。


 これにより、企業は貧困層の人材を非正規雇用以上に都合よく拾い、捨てることができるようになった。


 数年でこの雇用形態は社会に定着し、道具同然に扱われる貧困層の労働者は自身たちを自虐的に『人身道具じんしんどうぐ』と呼び始めるようになる。

 

 特に、低所得者の親の下に生まれた子供は、教育のコストを注がれる機会もなく、貧困は次の世代まで持ち込まれた。


 多大な負担を背負いながらこの国に生まれ落ちるこうした子供たちは、道具として生きる運命にあった。


           ◆


 204X年


 クラトは、前のラインからコンベアーに乗って流れてきた、レンズ周辺の部位を工具を使い手早く組み立てる。


 この工場の組み立て工程のほとんどはロボットではなく、クラトたち人身道具でやっている。


 工場内にはクラトのような若者の男から、高齢層まで男女問わず各所に配置されていた。


 数十年前からAIに入れ替わると言われていたこうした実労働は、設備とメンテナンスにかかる費用を企業は抑えるため、結局は人間が賄っている、ロボット以上に安い労働力となることで。


 就業中は手を休める暇はない。


 間髪入れずに次々と送られてくる部品を組み立てて、ようやく工数のノルマを規定時間に収めることが出来る。


 出来なければ、減点、そして次の契約更新はない。


 職場で生き残るコツは、人身道具の言葉通りに淡々と道具になりきることだとクラトは悟っている。


 それは、19歳のクラトが義務教育を終えて社会に出た4年間で、これまでの自分や他人のクビの経験や、ベテランたちの振る舞いを見て学習したことだった。


 その結果、3ヶ月契約で8回も更新され、2年も続いている。


 しかし、毎回、次はどうなるか分からない。


 企業はどこも、人手不足を嘆くにもかかわらず、簡単に切り捨てる。


 人間が足りないんじゃない。


 使い潰せる道具が足りないのだ。


 そんなことは労働法の超規制緩和が始まる前の人間も分かっていたはずだ。


 でも世の中は何も変わって来なかったのだろう。


 権力を握るのは金持ちだけだ。


 富裕層の子息が親の金で受験し、進学し、キャリアを積んでいる間、クラトのような貧しい環境の人間はせっせと生きるために働いている。


 人身道具は今の仕事にしがみつくので精一杯でキャリアもクソもないし、転職したところで同じような仕事しかない。


 じゃあ、こんな生活から抜け出したいなら、金持ちたちから金を奪うか。


 それは成功するわけがなかった。


 今、クラトが作っている機械が確実に阻止するからだ。


 オートマティック・ガーディアン。


 通称、A・G。


 富裕層たちを堅固に守る警備用のロボットだ。


 分厚い装甲に覆われて、AIによって自律して稼働し、危険因子を察知して排除する。


 AIが搭載されたものであるのに、AIで作らず極力人の手で組み立てられているのは矛盾しない。


 実装されたものと人件費の落差が、安く作り、高く売る、経営陣の儲けを生み出している。 


 A・Gは10年ほど前に大手企業の傘下の企業が開発して量産した。


 クラトの職場はその下請けの一つだ。


 人間に危害を加えかねない、自律型ロボットに平和主義者や研究者たちは強烈に反対した。


 それを押しのけて、いや、無視して政府は巨額の援助と、法整備をゴリ押しで進めた。


 ボロボロのN国経済を救う救世主となる新産業を、人々は貧富関係なく欲しがった。


 実際、販売が始まると治安の悪化に乗じて飛ぶように売れて、瞬く間にあちこちに配備された。


 もっとも、人身道具にとっては就労先が増える恩恵はあれど、生活の向上には還元されることはなかったが。


 A・Gは当初、あくまでも危険因子を見つけて被保護者から隔絶するためのものだった。


 初期型でもっとも世間に普及している『マイマイン』シリーズは、全長3メートルの無骨な装甲に覆われた名前の通りの殻で、言ってみれば攻撃性能のない装甲車だ。


 それでも、踏みつぶされる人間は数多くいた。


 素行の悪かったクラトの父親も含めて。


 しかし、どれも短期で強引に勧めた法整備のおかげで事故死扱いになっている。


 どうせ反社会的な人間だから、死んだ方が悪いというのが市井の声だ。


 だから、所有者も企業の経営陣も責任を問われない。


 代わりに、製品不良の対策として、決まって人身道具が簡単に切り捨てられる。


 A・Gは大量の無謀な不埒者を排除し、治安の改善に大きく貢献した。


 そのことは、更なる需要を産み、性能強化への機運は高まった。


 それからは、かつての議論が無意味に思えるほど、なし崩しに攻撃性能が加えられている。


 クラトは、父親がA・Gに殺されたことに何の憎悪も覚えていない。


 父親が死んだあと母親はどこかに蒸発した。


 育児放棄した両親に情はなかった。


 これで食っているのだから、今はA・Gの存在をありがたいと思っている。


 仕事さえあるうちは。


  

 

 

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