第2話

 21XX年


(どうか、この地獄のような世界が変わりますように)


 少女はコックピットの中で祈りを込めていた。


 地上に設置されたドーム状の巨大なタイムマシンが作動し、中央の空間が円形に歪んで大きなタイムゲートが開く。


 ゲートの前に、少女の乗る十メートル強の黒色の人型のロボット『ステラ』が立つ。


 黒い衣装をまとった西洋の墓守を彷彿とさせる体躯に、背中には数本の墓のような柱。


 タイムマシンを、何世代もかけて作り上げた技術者たちを動かしたのは怒りか、切望かはもう分からない。


 この装置と『ステラ』は彼らが作りかけ、放棄した。


 それを彼女の弟は完成させてみせた。


 賢く、けれど体が弱く、されども心の芯の強かった、そして少女の宝物だったその弟はもういない。


 去年の飢饉で、栄養と薬が足りず病死した。


 洪水を発端にしたあの大飢饉で、失業者と労働者の多くが餓死し、路上には死体がいくつも放置された。


 こうした飢饉は、高温、低温、干ばつ、台風、他国の戦争、あらゆる原因でほぼ十年ごとに頻繁に起こっている。


 何世代にも及ぶ目先の利益にくらんだ権力者たちが、インフラも、農業も、工業も全てを破壊し尽くした、その結果だ。


 富裕層たちはその度に、飢えに怯え食料を買い占め、安全で衛生的な高級住宅街に閉じこもった。


 それ以外の人々は、少女を含めて普段から食べ物も余裕のない、医療も高くて受けられない、娯楽も乏しい貧しく厳しい生活を送っている。


 タイムゲートの先は、世界が破滅する最後の転換点となった年に繋がっているはずだ。


 そこで、歴史を書き換えて、こんなひどい世界じゃない、豊かな世界にすることができたなら。


 時間遡行がどういう結果をもたらすか、少女自身にも分からない。


 彼女が最も望むように、弟が幸せに生きられる日が来るのか。


 パラレルワールドに分岐して、この世界とは別の、少女と弟が幸福に生きる世界となるのか。


 世界が良くなっても、今の私が消滅するのか。


 過去を変えても、結局、今と何ら変わらない世界に収束していくのか。


 少女には確かめようがない。


 それでも、この多くの弱い人間が苦しみ、希望もなく死に絶えていくこの世界の有り様は間違っていると断言できる。


 過去を変える決意に揺らぎはない。


 それは亡き弟の遺志でもあるから。


 今の彼女は、こんな状況を導いた過去の権力者たちがどれほど憎くとも、平和的な解決を望んだ。


 誰であれ、もう人の死は見たくない。


 だけれど……


 少女は深呼吸して、乗り込んだ『ステラ』とともに空間の歪みに突っ込む。


 時間遡行にかかる莫大なエネルギーは、目標の時間までギリギリしか蓄えることが出来なかった。


 少女はこのタイムスリップに命を賭けた。

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