第11話 伝えたいことがあるはずだもんね

 気づけば木曜日になった。学校での生活はそれまで特に変わったことはなかったが、しいて言えば運動会の準備が始まっていた。でも僕はそれについて特段気にしてはいなかった。進学校ということもあって運動会の規模は小さめだし、僕自身、運動はそこまで苦手ではないからだ。クラスごとに競い合う雰囲気には置いてけぼりにされてしまうことが多いが、それでも何か競技に出てもヘイトをもらわないくらいには活躍できるとは思うので、そこまで心配はしていない。

 そんなことよりも、定期テストだったり、もう来週に発表が迫っているグループワークだったりの方が僕を悩ませる気がする。成績に直結するからだ。特に後者は時間的にもうかなり近い。今日の午後の授業からしっかり発表内容や発表資料を作っていく必要がありそうだ。







 午後になり、総合的な学習の時間、僕はコンピュータ室で調べ物をしていた。授業が始まってすぐに一度グループで集まったが、話し合いはすぐに終わりあとは個々人で作業を進めることになった。発表時間は5分ほどということだったので、4人グループなら一人1分ほどでそれぞれ発表すればよいということにすぐになった。正直、グループである必要があるかはわからないが、学生のグループワークなどこのくらいが限界なのだろう。

 そして、僕は発表する展示として、「砂漠の薔薇」を選んだ。選んだというよりは、発表するには自分で撮った写真を使うことが推奨されているのに、僕はこの展示しか写真を撮っていなかったので、自動的に発表することになったという方が正しいかもしれない。

 しかし、僕は調べ始めてしばらくしてすぐ、その選択を少し後悔した。単純に情報が少ないのだ。インターネット上で調べても大した情報は出てこない。あの短い解説に書いてあったこと以上のことはほとんど見当たらなかった。

 発表時間は1分とごく短いが、僕はその時間をうまく消化できるか不安になった。集団の前で発表するのは人と一対一で話すのとはわけが違う。ただでさえうまく話せなかった中学時代、発表する必要がある授業は僕にとって苦痛以外の何物でもなかった。人とある程度話せるようになった今でも発表するときには、少しネガティブな気持ちがある。昔に嫌な思いをしたというのを覚えているし、それを慣れで解消できるほど何回も発表する機会もこれまでなかったからだ。話すことにも不安があるのに、話す内容にも不安があっては僕はどうしようもない。


「何を調べてるの」


 突然、耳元で声がした。おそらく待鳥さんだと思うが、気配が近すぎて顔をそちらに向けるのがためらわれる。


「砂漠の薔薇、っていうんだって」

「へー、可愛い名前だね」


 パソコンの画面を後ろから覗き込むように見てきた。僕はパソコンに目線を向け続けた。


「こんな展示あったんだね」

「ああ、なんか宝石とかがあったところの隅っこの方にあったよ」


 僕はスマホにある僕が撮った展示の写真を後ろの待鳥さんに見せた。きれいに撮れてるね、と聞こえた。


「どうかしたの?」

 僕は待鳥さんの方をちらっと見ながらそう尋ねた。


「ん?あー、発表の準備は順調かなって」

「あんまり順調じゃないかも。情報が少なくて話すことがない」

 僕は正直に伝えた。


「そうなんだ。んー、話すことないなら、なんでこの展示を選んだのかとか話したら?」


 それは僕にはない発想だった。確かに、理由を話せたら時間をつぶせるかもしれない。でも、それらしい理由はぱっとは思いつかない。


「発表するってことは、みんなに伝えたいことがあるはずだもんね」

「そうかな?」

 その発言は僕にはあまりピンとこなかった。


「そうだよ!」

 そう言いながら待鳥さんは、僕とパソコンの間に身を乗り出した。僕は少し横にスライドして距離をとった。


「まあ、とりあえず、理由は考えてみるよ」

「うんうん」


 頷く待鳥さんを見ながら、そういえばこういう時は相手のことも聞いておいた方がいいということを思い出した。


「待鳥さんは、何について調べてるの?」

「私はオオナマケモノだよ」


 僕は一瞬、突然の自虐かと思ったが、待鳥さんは自虐なんてするタイプではない気がする。確かそんな名前の生き物の化石が展示に合ったような気がする。


「大きくてノロノロしてたらかわいいなって思って調べたけど、なんかそうでもなさそうだった」

 

 現代にいるナマケモノはそこまで関係ないのだろうか。まあ、生き物の名前なんて案外適当なのかもしれない。






 残りの授業時間も使ってもう少し調べたがやはり情報はあまりなく、最後にはあきらめて今わかっていることだけスライドにまとめることに時間を使った。ただ、やはり話す内容についてはもう少し考える必要がありそうだったので、僕は待鳥さんに言われた、選んだ理由について授業が終わった後も考えていた。

 そもそも写真はこの一枚だけだった。ならなぜ写真を撮ったのか。たまたまこの展示を見ているときに発表のことを思い出したからだ。でも、それはきっとこの展示を長い時間見ていたからだ。結局、僕はこの展示を魅力的に思っているということに尽きると感じた。

 僕が感じた魅力、伝えたいこと。そこまで言って僕の思考は堂々巡りになってしまった。そして、ホームルームが終わり、僕は図書委員の仕事があったことを思い出した。なので今はひとまず図書室に向かうことにした。

 図書室に向かう途中で、僕は先週の出来事を思い出した。そういえば僕はあの文学少女の書いた小説を勝手に読んでしまいブチギレられたのだ。その思い出は僕の図書室に向かう脚を重くしたが、行かないという選択肢はないので結局、気まずい空気を覚悟して図書室に入ることになった。


 図書室に入ると、やはりカウンターには先に、あの文学少女、確か秋南さん、が座って本を読んでいた。これからほとんど毎週、顔を合わせることになりそうだと悟り、僕は先週の行動を深く後悔した。僕はまた息を殺して後ろからもう一つのカウンターの席に座った。

 僕はすぐには勉強する気にはなれず、ぼーっと図書室を眺めていると、壁際に自然科学の棚があることに気付いた。よく考えれば図書室には文庫本だけでなく、辞典だったり専門書だったりも置いてある。ここでもう少し調べてもよいのかもしれない。

 カウンターの仕事はそこまで忙しくはないが、何も言わずに席を立つのはさすがによくないと思うので、僕は秋南さんに本を探してきます、とだけ伝えて席を立った。彼女は突然話しかけられて反応が遅れていたが、わかりました、とだけ静かに返した。


 自然科学の棚には、僕の思った通り、砂漠の薔薇について記述がありそうな本が置いてあった。鉱物図鑑と書かれたその重厚な本の表紙を飾っているのはきらびやかな宝石たちだが、きっとこれだけ分厚いのだから端っこに少しくらい載っていてもおかしくないはずだ。僕は長く席を空けていたくはなかったので、その本をカウンターに持って帰って読むことにした。

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