第57話 神の怒り


「ウルシア様、お久しぶりです!ガイア様からお聞きしてご存知かも知れませんが、ご紹介しますね!私の保証人をしてくれているエイルさんです」

「エイル・リュタ・ラ・マグワイアと申します。この度は、ご尊顔を拝謁出来ましたこと、恐悦至極にございます」


 左手を胸に当て、膝を付き頭を垂れるエイルさん。固すぎて、ウルシア様が反応に困ってるよ。その証拠に、八の字眉毛だもん。


「エイル……貴方には、酷な生を与えてしまい『いいえ!そのようなことはございません!』……まぁ、自身の生い立ちを……いいえ、今言うことではありませんね」

「ご配慮ありがとうございます。ですが、本当に気に病む必要はございません。気にかけて頂いた誉れはあれど、今は本当に私で良かったと思えるのです」


エイルさんは優しげに微笑し、私に視線を遣った。え?私がなにか?ウルシア様とエイルさんへと視線を交互に走らせる。


「……そう。ミオは貴方にも、少なからず良い影響を与えたのですね」


 ウルシア様は少しだけ寂しそうに笑い、私を見た。

 私は置いてきぼりをくらい、抗議で頰を膨らませていた。


「ふふっ!ミオは蚊帳の外で拗ねたのね。私の右腕を紹介するから、機嫌を直してちょうだい」


 クスクスと忍び笑いをしながら、ウルシアさまの後ろに控えていた女神様が前に出た。


「ミオ。彼女はディアトリって、罪と癒を司る女神なの。私の右腕として働いてくれているわ」

「ミオ様、よろしくお願いしますわ」

「ミオ・テラオです!ウルシア様とガイア様から加護を貰った転生者です。よろしくお願いします!」


 ディアトリが優雅にカテーシーを決める。神界でも通用する礼儀なのか?私はお辞儀で返したが。


「それでミオ。なにか聞きたいことがあって、こちらに来たのでないの?」


 挨拶も落ち着き、ウルシア様がセッティングしたお洒落なガーデンテーブルセットに腰を落ち着け、話を始めた。


「そうなんです!下界では、聖国の騒動が酷くなっていて……水面下の三つ巴どころの騒ぎなんてとうに過ぎ去った過去の出来事ですよ!ポーションの価格高騰で、各国は聖国に詰めかけてたそうですから!……何故、そのような事態になっているんですか?猊下は申請制だと聞きましたが、ウルシア様率いる神々側が申請に対する許可を出していないのですか?」


 私の質問に、ウルシア様は怒りの表情を浮かべた。眦は吊り上がり、頬は紅潮している。口もキツく噛まれている。


「……あれが猊下になったのは、最近のことです」


 深い深い溜息を吐いたあと、彼女は意を決したように話は始めた。


「許可制とはいえ、猊下のみが侵入出来る聖域の素材に商機を見いだした彼は、己の責務を捨て置いたのです。素材の価格や、それに連なるポーションの価格を釣り上げ始めた。我々はそのような目的で、猊下に聖域の侵入を許したわけではない。度々起こる流行病の特効薬の備蓄などを目的に、聖域の侵入を許可していました。ですから、我々の善意を踏みにじる猊下には、出入り禁止を言い渡しました。勿論彼は、それを世間に公表してはいないようですが……残り少ない聖域の素材で、最後の金儲けをするつもりでしょう。価格高騰は留まることはありません」


 商業ギルドのギルマスは、神の怒りを買って申請が降りないと思っていたが、事態はそれほど悠長なものではなく、出入り禁止という厳しい沙汰だった。

 ギルマスの考えなど知らないミオだったが、悪党のやることなど目に見えている。商機がなくなった場所など、トンズラするに越したことはない。


「……聖域を出入り禁止なんて、猊下を引きずり降ろせる失態じゃないですか?」

「そうですね。出入り禁止が世間に発覚すれば、すぐさま政権交代が行われるでしょう。挙げ句、現在の猊下は様々な罪により投獄されるでしょう」


 ウルシア様ってば、さっきから「でしょう」の繰り返しで他人事みたいだなぁ。


「ならば、神託なんてみみっちいことをしてないで、全世界に映像で配信すればよいのでは?猊下は絶対に公表はしないでしょうから。出入り禁止の報告とともに、何故そうなったのか。猊下の悪事を事細かに晒してあげればいいんです。さすれば、神は見ているという畏怖から、猊下の二の舞いになるような聖職者は現れないでしょう」


 生き証人の語り部が居る限り、歴史が繰り返される可能性は限りなく低い。


「聖域への許可が降りない=神の善意を踏みにじる。現猊下が、神の怒りを買う行為をしたとす知らしめれば、聖国自体も大人しくなるでしょう。現在の猊下以降は、暫くは欲の少ない猊下を据えると思いますよ」


 ズズッと茶を飲みながら宣った私に、辺りはシーンと静まり返った。


「神力を下界に使うのは、どういった影響があるか分かりませんし……」


 難色を示すディアトリ様は知らないのだろうか?既に調薬釜という最高傑作な神具が下界にあることを。


「大丈夫ですよ。神力を使うのは、空中に映像を投影するくらいですから。そんな微々たる神力では、下界はびくともしません」


 調薬釜がいい例である。ガイア様の全力全開でぶっ放された神具が下界に来ても、下界は特に変わりない。下界が、そんなに軟ではないことが証明された瞬間だ。


「確かに良い案ですね。神託では、聖国で握りつぶされてしまいすからね。全世界への映像配信。地球の転生者ならではの考え方ですね」


 私を褒めるウルシア様の表情は、どこまでも優しい。だが、次の一言で私は固まる。


「そういえば、丸薬なるものを開発しようとしているとか?商業登録は構いませんが、治験は満遍なく行うのですよ?地球と異世界は違いますからね。あらゆる想定を想像した実験が必要です。祭りと同時進行で忙しくなると思いますが、調薬釜は時短の味方です。上手く使って、薬師ギルドに旋風を巻き起こすのを期待していますね!」


 聖国の慌てる姿は見ものだわ!と呟かれた声が聞こえたが、私の耳は今貝になっている。

 だって、あんな獰猛な表情をしたウルシア様に突っ込もうとは思わないもの。他人事のように思えた繕いも、きっと己の中の怒りを抑えるのに必死だったゆえの産物だろう。


「ハイ、ガンバリマス」


 私はそう返事をする以外の選択肢はなかった。祭りの催事の準備に、丸薬の研究。暫くは、この二つで日々が過ぎていくことだろう。

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