第55話 ポーション事情

♢ ギルマス \ 

  サブマス / Side


 

「何故、信じない?賢者エイル様の認定証もあるんだぞ!?」


 ダンッと机を叩いたギルマスの叱責が向かったのは、サブマスであるサミュエルである。

 会議が終了した後、ミオさんの担当になるサミーを呼び出し、彼女の情報を共有した。そうするなり、私の執務室をダッシュで脱走だ……後はお察しの通り。


「勝手に催事班の部屋に入るなど!?せめて、ノックをしろ!」


 私は彼を強制連行して、あんな真似をした真意を聞き出した。


「保証人もエイル様がされているんだろ?身内贔屓じゃないのかい?」

「だとしてもだ!賞与メダルは本物だろう!魔従族の第一人者のエイル様が太鼓判を押した認定証だぞ?第一、真贋判定の偽証は大罪だ!お前も知らないわけではないだろう!?……いつまで根に持っている?サミーの気持ちも分かるが、流石にエイル様を恨むのはお門違いだぞ?彼が賢者であれ、解明もしくは完治出来ない病など、この世にたくさんあるんだ!」


 お前だけではない。フェルディナントフェリー(愛称)は、言外にそう言っていた。言いたいことは理解出来るし、この街には、娘の他にも寝たきりの患者は多数存在する。


「私も頭では分かっているさ。だけど、心の整理がつかないんだ。何故今になって、魔従族と名乗る少女が現れる?もう少し前に現れていてくれれば、娘が寝たきりになることもなかったかもしれないのに!」 


 叡智を超える知識を持つと言われた二百年前に消息を絶った一族。いや……一部は現し世に残り、贅の極みを尽くしたと言われている。

 

 私の家族は娘一人のみ。その娘は今年一三歳で、八歳の時に病にかかり、寝たきりだ。賢者エイル様も魔核にモヤがあるが原因が分からず、手詰まり状態だ。


「今だからこそ……と考えることも出来るんじゃないか?ポーションで生命を永らえている娘の為にも、もう少し踏ん張るんだ。聖国の事は残念だったが、薬師ギルドのジョバンナにも話をしてみる」


 事情を知るフェリーは厳しいことを言っているが、彼も娘を可愛がってくれていた。その心情を表すように、悲痛な表情が物語っている。


「とにかく、あんな印象が悪くなる態度は辞めるんだ。仕事にも障りが出れば、おまえの処分どころか、娘にまで累が及ぶぞ」

 

 ギリッと歯を食いしばる俺は、ハッとする。

 ポーションは決して安くない。いや、それどころか価格上昇の一途を辿っている。フェリーの言う処分は、給与削減が主だ。それより重くなれば降格などがある。給与がカットされれば、ポーションの購入は難しい。魔核のもやから広がる炎症を留めているポーションが、私と娘の繋がりを作ってくれている。だが娘の症状は、もはや末期だ。

 身体を着々と蝕んでいるもやの進行か、娘の生命力か、どちらが勝つかの差だそうだ。


 だから聖国への交渉に名乗りを上げたが、現地ではたくさんの人たちが押し寄せ、対話にさえ持ち込めなかった。エイル様は早々に見切りをつけ帰郷したが、私は粘った。だが、混乱は一向に止む気配はなく、まるでいずれ訪れるであろう変乱を見ているようだった。


「……分かった。後で謝罪をしておく」

「それがいい。気持ちは分かるが、焦るな。焦っても良いことはない」

「……あぁ」


 拳をぎゅっと握りしめ、彼にそう返す。焦るな、か。だが時は、無情にも刻み続けるんだよ、フェリー。

 だが、目先のことに囚われて、微かな希望ミオさんさえ失う所だった。ミオさんに謝罪した後、症状に心当たりがある病気を知らないか尋ねてみよう。それまでは……私は焦燥感に無理やり蓋をした。



「紙が出来上がりましたよ!」


 もうそろそろお昼かという時に、マットがノックもそこそこに扉を乱暴に開けた。

 おいおい…と思ったが、マットの腕の中に抱えられた真っ白な紙を見て思考が停止する。


「ギルマス!紙が出来上がりましたよ!?見てください、この白さ!凄いですよね!?あっ、こちらの薄い紙が和紙と言うんですが、これをロウ紙に作り替えて、印刷時の原版にするみたいです!こちらの真っ白な紙に印刷をして、商品券を作るみたいですよ!」


 かなり興奮しているマットの気持ちも分かる。つらつらと説明してくれているが、今はなにも耳に入らない。興を削ぐようで悪いが、再度の説明を頼もう。



 コッコッコッ。


「ん?誰が窓を叩いてるのかしら?」


 コッコッコッ。先ほどと同じリズムが刻まれる。


「あら、魔鳥だわ。またエイル様かしら?」


 エイルという言葉に、先ほどの返事かな?と思い、私はリアさんの元へ向かった。


「リアさん、魔鳥が来たって聞こえましたけど」

「えぇ」


 私は魔鳥に向けて、腕を伸ばした。魔鳥は、宛先の人物が近づけば、その人の身体に止まるように組み込まれているそうだ。


「おぉ……エイルさんですね」


 便箋になり変わる光景は、今見ても不思議である。レイラの誕生のシーンを思い出す。強い光ではなく、幻想的だ。


「……お昼までには帰ってきなさい、だそうです」

「お昼までに……そっか。まだ四歳だもんね。寝食は大事だわ。それならもうすぐお昼だから、馬車を準備するわね!行き同様、マットが送り届けるから安心してね」


 現在マットさんは、紙ギルマスの執務室へ紙の現物の配達に行っている。


「分かりました」


 私は、(マットさん、いつ帰ってくるかなぁ?)と思いを馳せた。

 


「ミオ様!ギルマスは紙を見て呆気に囚われていましたよ!好評どころか、産業化に大いにやる気を出していました!必要な道具の詳細を聞くようにとのお達しでしたよ!」


 興奮冷めやらぬマットさんの鼻息が荒い。紙の製作に必要な道具ややり方の伝授は、サミーさんたちの班のお仕事だ。リアさんには、書き留めたメモをサミーさん宛に渡すように言ってたし。

 彼らには情報を享受する。後は丸な……んんっ!?おまかせしよう。私はもう少し祭りに手が掛かるし、エイルさんと一緒に丸薬の研究が待っている。



「ただいま帰りました〜!」

「おかえりなさい、ミオ」


 玄関で出迎えてくれたゼフさんに案内をされ、食堂に行けば、満面の笑みのエイルさんが迎えてくれた。でも、なんでかな?笑ってるのに、笑っていない錯覚に襲われるんだよね!ははっ!


 それにしても……私は昼食を食べながら、馬車での念話を思い出す。帰りの馬車で、ジョウから念話で聞かされたのは、ギルマス達の会話の内容だった。


(サブマスの娘の詳しい症状は分からんが、サブマス自身で聖国に行ったのは、そういう希望があったからだろう。生命の繋ぎとなっているポーションの価格高騰は、悩みの種だろうからな)

(そうだよねぇ。聖国の猊下が申請して、ウルシア様の許可があれば侵入出来るみたいだけど、ウルシア様があまりいい感情を持ってなかったのが気になるんだよね。教会は急務なだなぁ)

(エイルの屋敷に礼拝堂はないだろうか?)

(礼拝堂?)

(そうだ。大体権力者たちの建物は、宗教の機関との接触を好まない。だから家人の為や、体裁を整えるために、屋敷に礼拝堂を作るものだ)

(へぇ……もし礼拝堂があれば、エイルさんの手を煩わせなくていいもんね!)

(うむ。帰宅した後に、聞いてみればいい)

(はいよ)


 しかし、まだ暑さが厳しい夏だからね。ギルマス達も意図したわけではないけど、会議室と執務室が近い上に、部屋の窓も開いてるから……ジョウの耳には丸聞こえだよね!正に、壁に耳あり障子に目ありを体現した能力である。

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