第53話 お祭り狂騒曲⑥

「では、ミオさん達も一段落付きましたし、マットとサミーたちとのミーティングをお願いします」

「はい」


 ギルマスに言われて、会議室の空気が騒がしくなる。


(そういえば、滑舌が良くなっているな?身体の負担が回復してきたか?)


 スキルなどの過剰摂取で、転生時の身体に負担がかかり、幼児化していた私。


(そう言えばそうだね。喋りにくかったから、嬉しいな)


「まずは、私たちの自己紹介から始めませんか?」


 私とジョウが話していると、サミーさんが四人を引き連れてやってきた。


「そうですね。よろしくお願いします」


 ギルマスに突然指名された四人も、内心戸惑っているだろうが、名前も知らなれば呼びようがないからね。サミーさんは、まず男性のリカルドさんの肩に手をやった。


「彼はリカルド。仕事は商品管理の責任者の補佐をしている。彼は記憶保持のスキルがあってね。商品が見つからない時などは、彼に聞けば一発さ」


 彼はエイルさんと同じ銀髪だが、背は低い。水色の瞳は、すごく静かに凪いでいた。優しそう。


(ふむ、小人族だな。寿命は、250〜300年ほどだ。力仕事は得意ではないが、このように、一発勝負の便利なスキルを授かる特徴がある。リカルドは当たりを引いたな)


「リカルドです。よろしく」

「はい、よろしくお願いします」

「ちょっと表情が乏しいし、口数も少ないが、これが平常運転なの。気を悪くしないでね。私はセナ。総合受付を担当しているわ。よろしくね」

「はい、よろしくお願いします」


 エキゾチック要素満載なおネエさん。地黒で赤髪だ。南方の出身か?制服は男性服だけど、所々改造してるのかお洒落度は高い。 


「次はヒルドだ。彼女は、買取部門の査定課の副局長だ」

「よろしくお願いしますわ」  


 良い所のお嬢さんかな?所作が綺麗。金髪で青い瞳で、馴染み深い配色だ。


「はい、よろしくお願いします」


 お決まりの言葉を繰り返すロボットのようだ。私は初めは緊張しちゃうんだよね。慣れたらそうでもないけど。ましてや、今日はエイルさんもいないし。


「私は自己紹介をするまでもないが、このギルドでサブマスをしているサミュエル・ドランだ。サミーは愛称だ。好きに呼んでくれ」

「はい。私はミオと呼んでください」


 ギルマスとは違い、とてもフランクなサブマスは、未だミオの詳細を知らない。神童?ぐらいには思っている。


「私たちの本来の部署は別々だが、ミオのアイディアを形にする部署を設立してしまった。恐らく、期間限定になるだろう。今の部署からの出向扱いで処理すると思われる。祭りが終わるまでだと思うから、そのつもりで頼む。祭りの催事の業務は、今までどおりマットが行う。私たちは、商品券や印刷機等の仕事内容になると思う。今から、ミオにガリ版の詳細を聞く。その後、今日の夕方から明日の午前は引き継ぎに充ててくれ。本格始動は明日の午後!」

「「「はい!」」」


 サブマス……ややこしいからサミーさんで通そう。サミーさんの言葉に、三人は揃って返事をした。ピリッと空気が引き締まる気がした。いやぁ、会社を思い出しますなぁ。先にサミーさんにガリ版について話そうか。

 私はマットさんを探すと、彼はギルマスと話し込んでいた。マットさんだけじゃなく、リアさん達を始めとした三人も一緒だ。多分、私の話を纏めて、進捗内容を話し合ってるんだろうな。 

 先に、ガリ版を済ませてしまおうか。


「それで、ガリ版だったかな?持ち運べる小・中型印刷機の仕組みと必要な材料を教えてくれるかい?」

「はい。本当に簡単な仕組みなんですよ?材料としては、鉄製のヤスリ板と私が作る紙を材料としたロウ原紙と、鉄筆、それとインク。ローラーも必要ですね。印刷機は、今回は商品券の印刷を目的にしていますので、小型で十分ですね。大きさとしては、20x20の板を準備します。後は木枠の2cmの小割を5つ必要です。あっ、木枠に貼る網と蝶番が二つ要ります」

「なるほど。確かに持ち運びも可能な大きさだな。次は簡単な設計図を描いてくれるかい?」

「はい」


 私はサミーさんから渡された羊皮紙に、覚えている限りの設計図を書く。そうしていると、私の内容を書き留めていたリカルドさんが、私の横にやってきた。


「「……」」


 なんだろう?なにか不明な点でもあったかな?声をかけてくれないと、気になるんだけど。私からかけていいか迷うやつ。


「リカルド、なにかあるなら言いなさい」


 私がチラチラと気にしているのを見かねたサミーさんが、リカルドさんに声をかけてくれた。


「設計図描いてる途中だよ?」

「大丈夫ですよ。なんですか?」


 私は筆を止め、リカルドさんに向き直る。彼は、軽く目礼すると口を開いた。


「…ありがとう。鉄筆が分からないんだ。教えてくれる?」

「ペン先は、鉄製です。手縫いの針よりは太さがあり、先端は刺さらない程度の丸みがある細さです。それを、持ち手に取り付ければ出来上がりです。線を書くので、鉄筆の先はペン先ぐらいは欲しいです」

「なるほど。針よりは太く……羽の軸では駄目か?羽ペンの切っ先をいくつか試作してみようかな?」


 リカルドさんは、既に頭の中に構想が出来上がっているみたいだ。流石、たくさんの商品を把握しているだけはある。色々な物を見てきたんだろうな。


「鉄のヤスリ板の上にロウ紙を置いて、それを削りますから。鉄のヤスリ板に負けなければいいと思います」

「なるほど。試してみる価値はあるか。分かったよ、ありがとう」


 納得がいったリカルドさんは、サミーさんになにか告げてから、会議室を出ていった。設計図がまだだが、先に材料を揃えに行ったんだろうか?


「設計図が出来ましたよ」


 はい!とサミーさんに手渡せば、彼はそれにざっと視線を通していた。私の稚拙な図案では分かりにくいから、使い方も書いた。これで、職人さんもやりやすいはずだ。


「ふむ、なるほどな。大体分かった。では、アイディア登録申請の草案はこちらで作成しておこう。確認の時に、使いを出す」 

「分かりました」


 そこはマットさんと同じ要領だね。私はサミーさんに頷き了承の意を返した。

 さぁ、次はマットさんたちだね。彼らと共に、商品券の紙を作らなきゃ。今回は、ロウ紙の和紙と普通の紙の二種類だ。


「ミオ様!」


 ちょうど声をかけようとしていたところだったが、向こうも終了したらしい。マットさんたちの方へ振り向けば、リアさんが手を降っていた。 


「マットさん、ギルマスとの話は終わりましたか?」

「はい……そちらも、一段落ついたようですね?」


 サミーさんに視線を走らせたマットさんが、状況を確認した。


「はい。本格的な動きは、明日の午後からだそうです」 


 私がそう言えば、マットさんは苦笑気味に表情を崩した。


「ギルマスの無茶振りでしたからね。引き継ぎなどを考えると仕方ありません」

「ははは、私が言えることはありません」 


 私がその原因だと分かっているけど、敢えて触れない。忙しさに拍車をかけて良心が痛むから、更なる傷は望まないよ。


「とりあえず小会議室の許可は取りましたので、そちらに移りましょう」

「はい」


 マットさんの案内でついて行く……という大袈裟なものはなく、隣の部屋だった。


「こちらをお使い下さい」

「マットさん。遮音と遮像の結界を張りますが、いいですか?」 

「それでしたら、こちらをお使い下さい」

「ありがとうございます?」


 そう言って差し出してくれたのは、一見タダの小石だ。私が鑑定をかけようとするが、ジョウが速かった。身を乗り出し、ふんふんと鼻で嗅ぐ。


(ほぉ。これは、魔石だな。遮音と遮像の付与がかけられている)

(え?魔石も便利だけど、魔道具じゃないんだ?)

(遮音などの付与に耐えうる魔石は、そこまで高額ではない。魔道具は壊れたら修理代も高額だが、魔石は付与代と合わせても、魔道具より断然安い)

(へぇ、そうなんだ。よし!魔石も貸してもらえたし、頑張るぞ!)


「ララさん。マットさんや皆さんも。今日、ここで見たことは秘密ですよ?」


 私は一同を見回し、人差し指を口に当てる。気分は、スレ◯◯ーズの謎の神官プリーストゼ◯スだ。

 彼らはこれに目を瞠るが「職務秘匿義務がありますので、ご安心下さい」と、すぐに真剣に頷いてくれた。ララさんも同様らしく、振り子人形みたいに首が縦に振られている。



「それでは……よいしょっと!」


 鞄に両手をズボッと突っ込み、取り出したるはじゃじゃ〜ん!


「調薬釜〜!」


 薬以外も出来るとお墨付きはあったけど、実際に使うのは初めてだ。確か合成も出来た筈だから、少し時間がかかるけど紙も問題なく作れるね。

          ↓

―――――――――

鑑定〚調薬釜〛

 創造神ガイアの新神具。その名を調薬釜。薬の製作と知識を搭載した道具。

 ガイアが年甲斐もなく、神力全開で、自重なしで製作した神具。

 自動充魔の不壊が付与されている為、未来永劫可動が可能。

 素材の抽出・分解・合成・製薬ボタンがあり、所持者の負担なく製薬も出来る優れもの。


         (第26話 エイルの悪癖 参照)

              ――――――――――


 メニューのボタンをポチッ!

 説明通りに、抽出・分解・合成・製薬の選択ボタンがある。これで実験は必要だけど、順当に行けば紙が出来るはずだ。


「マットさん。山野に生えるつぶつぶとした丸い実のなる卵型の葉っぱがなる、草と木の間の種類なんですけど、名前分かります?」

「つぶつぶとした丸い実ですか。いくつか心当たりはありますが……」

 ふぅむ…と顎に手を当て考えるマットさんを眺めながら、こっちの名前が分からないのが辛いと思っ……ってって、ちょっとジョウ!?貴方、なに勝手に触ってるざますか!?


(別にいいだろう?それより、取扱可能メニューの一覧があるぞ?わざわざ逆算せずとも、これをみればよいのではないか?)


「にゃんですと!?……さすっがガイア様!気が利くぅ!」


 私のガッツポーズに、考え事をしていたマットさんがビクッとする。急に叫んで申し訳ないが、材料を一から探す手間が省けた喜びである。 


「どうされましたか?ミオ様」


 私の様子に、恐る恐るのていで声を掛けるマットさん。


「紙の材料が分かったので、嬉しかっただけですよ。先ほどのことも、忘れてくださって大丈夫ですよ!」


 だから、そんなに慄かないで。


「そうなんですね。てっきり、その未知の物体がなにかあったかと……」


 ホッとした様子で表情を和らげるマットさんに、私はピコッと閃いた。彼らに、これの説明をしていなかったじゃないか!とな。

 ここで起こったことは内緒だ……と脅して?おきながら、真実を話さないのはフェアじゃないよね?


「あの〜、皆さん。この魔道具なんですけど『あっ、間に合ってます!はい!』……ん?」


 なに、そのありがた勧誘の断り方は。私の目が思わず据わっちゃう。それを見たシモンさんが、ビクターさんを小突く。


「あ〜……ミオちゃん、違うのよ?私たちは、別に詳しい性能とかを聞きたい訳じゃないから、ね?」 


 頬をポリポリと掻きながら、目がめっちゃ泳いでますね。リアさん!


「まぁ……しつこく話すのも気が引けるので、望まないのでしたら話しません」

「ありがとう、ミオちゃん。でもそれは自己防衛。お互いの為よ?」 


 ん?お互いの?


「いくら職務上の漏洩禁止と言っても、魔法契約で縛っているわけでもない口約束だもの。酒に呑まれるつもりもないけれど、予期せぬ事故は付きもの。人の口に戸は立てられないとは、よく言ったものよね」

「なるほど。リアさんが、お互いの為といった意味が分かりました」


 もちろんミオちゃんが望むなら、私たちは魔法契約の縛りを受けるのに、抵抗はないわよ?……と付け加えるのは、私が眉尻を下げたからだろう。


 でも、私はリアさんが思っていることとは違う罪悪感を抱いたのだ。彼らが私の嵐に巻き込まれれば(既に巻き込んだ感が否めないけど)、それだけ邪な奴らもおびき寄せてしまう。彼らを危険に晒す度合いが上がってしまうんだ。


(ねぇ、ウルシア様の祝福を彼らに使えるかな?)

(それは構わんが、それこそ魔法契約の出番だぞ?彼らをいざという時に守る手札にはなるが、本末転倒な気がするぞ?一度、エイルに相談してはどうだ?手紙の件もあるだろう?)

(そうだね。祭りの催事については、まだ表に出てないし。エイルさんに、相談する時間はあるよね)


「ミオちゃん?」


 急に黙り込んだ私を心配して、リアさんが覗き込んできた。


「あっ!すみません。考え事をしていました」

「そう?なら、良いんだけど」

「ちょっと待ってて下さいね!今、紙の製作に必要な材料を検索しますから」 


 一覧の画面を紙、紙、紙……と呟きながらスクロール。


「……あった!」


 私はお目当ての物が見つかり喜んだのだが、それは一瞬で冷めてしまう。


[♪植物紙(A4サイズ20枚)……♪和紙(葉書サイズ100枚)♪ロウ紙(A5サイズ30枚)♪わら半紙(A4サイズ20枚)]


「……色々あるけど、これは本当に反則技では?」


 私が言う台詞ではないのは重々承知しているが、思わず突っ込んじゃうよね。更にスクロールすれば、出てくる出てくる。流石、ガイア様肝いりの神具だ。


「ミオ様、ありましたか?」

「はい!先に和紙から材料を読み上げますね!材料は……精製水 コンゾー 灰汁 山芋 美白の実ですね。量の指定はありませんが、一通り揃えて頂けますか?」

「畏まりました。すぐにご用意致します」 


 マットさんは、シモンさんに目配せをする。そうすれば、シモンさんはビクターさんを連れて退室していった。


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